人生を変える自販機
午後9時。
会社を出た男は、家までの道のりをとぼとぼと歩いていた。
顔はうつむいたまま。時折、深いため息をつく。
無理もない。
今日も上司から、強烈なパワハラを受けたのだ。
「明日も仕事か……。もう、あんな上司の顔なんて見たくもない!」
男はぼやいた。
しばらく歩いていると、ふとなぜか足が止まった。
何気なく振り返る。
そこには――自販機があった。
「えっ? なんで?」
男は首をかしげた。
さっきまで、確かに何もなかったはずだ。
しかし、それ以上に男の目を引いたのは、自販機のメニューだった。
ボタンは、たった二つ。
その上には、飲み物の名前ではなく文字だけが書かれている。
『安定』
『挑戦』
どちらも、500円。
「……なんだこれ?」
男はしばらく自販機を眺めた。
疲れていた。
だからこそ、思った。
これは運命なのかもしれない。
これを買えば、何かが変わる。
そんな気がした。
男は財布から500円玉を取り出した。
投入口に入れる直前、一瞬だけためらう。だが入れた。
「……さて、どうするか」
『安定』か。
『挑戦』か。
男は少し考えた。
「俺は今まで、ずっと安定を選んできた」
男は自嘲気味に笑った。
「その結果が、このざまだ」
そして――
「だったら……」
男は勢いよく、人差し指で『挑戦』のボタンを押した。
ゴソッ。
何かが落ちる音がした。
「おっ……?」
男は取り出し口に手を突っ込んだ。
「なんだ? 箱?」
取り出したのは、細長い白い箱だった。
男は恐る恐る箱を開ける。
中に入っていたのは――
ハリセンだった。
「……ハリセン?」
男はしばらく黙っていた。
そして、妙に納得したようにうなずいた。
「そうか……」
ハリセンを握りしめる。
「これで明日、パワハラされたら上司を叩く」
そして男は、晴れ晴れとした顔で言った。
「これこそが……挑戦か!」
男はやはり疲れていた。
ハリセンを手にしたまま、スキップしながら夜道を去っていった。
その背中を、自販機だけが静かに見送っていた。
――ところで。
『安定』を選んでいたら、いったい何が出てきたのだろうか。
(おわり)




