ボールペンひとつで仲良くなる方法(もみじ視点)
大学の入学オリエンテーションは、大きな講義室で行われていた。
相田もみじは、その中の一席に静かに座りながら、心の中で何度も深呼吸していた。
(緊張する……けど、大丈夫。昨日の練習通りにやれば)
もみじの右手には一本のボールペンが握られている。
高校の卒業記念にもらった、ネイビーの軸に名前がローマ字で刻まれたペン。
「MOMIGI」――それを見た誰かが、名前を尋ねてくれるかもしれない。
(話すきっかけって、こういう小さなことから生まれるんだよね)
机に肘をつき、さりげなくボールペンを指の先で転がす。何度も家で練習した動作。
落としすぎても不自然だし、わざとらしさは絶対NG。でも、今なら自然にいける。
(よし、いまだ!)
コトン、と狙い通りにペンが足元に転がった。
もみじは視線をさっと落とし、すぐには拾わず、ほんの少しだけ探してみせる。
すると――
「これ……落としましたよね?」
隣から、優しげな声が聞こえた。顔を向けると、やわらかい雰囲気の女の子が、ペンを差し出してくれている。
「あ、うん! ありがとう!」
受け取った瞬間、彼女の目がボールペンに留まった。そして、次の言葉が出てくる。
「……もみじちゃんって言うの?」
(……きた!)
作戦、大成功。
「えっ、なんで分かったの?」
「このペンに書いてあったから」
さくら、と名乗ったその子は春を思わせる穏やかな雰囲気で、名前の話から、季節の話へと自然に会話がつながっていく。
(このボールペン、もしかしたら……この瞬間のためにもらったのかも)
もみじは胸の中でそうつぶやいた。
不安だったはずのオリエンテーションが、少しだけ楽しいものに思えてきた。




