ボールペンひとつで仲良くなる方法(さくら視点)
大学の入学オリエンテーションは、大きな講義室で行われていた。
坂下さくらは教室の後方の席に腰を下ろし、周囲をそっとうかがっていた。
知らない人ばかりの空間。ざわめく声のなかに、自分の居場所はまだない。
胸の奥が、じんわりと落ち着かない。
(友達、できるかな……)
そんな不安を抱えていたとき――
カラン、と軽い音がして、足元にボールペンが転がってきた。
隣の席を見ると、女の子が困ったようにペンを探している。
「これ……落としましたよね?」
さくらはペンを拾い、そっと差し出した。
「あ、うん! ありがとう!」
さくらはペンに刻まれた文字に目を留める。
「……もみじちゃんって言うの?」
「えっ、なんで分かったの?」
「このボールペンに書いてあったから」
さくらが指さすと、ボールペンにはローマ字で「MOMIGI」と刻まれていた。
「あっ、それ、高校の卒業記念でもらったやつなんだ……。えっと、私、相田もみじ。よ、よろしく!」
「私は坂下さくら。よ、よろしく!」
「さくら? じゃあ春と秋だ!」
「あっ、ほんとだ!」
ふたりは思わず顔を見合わせて笑った。
「なんかいいね、それ。季節が横に並んで座ってるみたい」
もみじがふんわりとうなずいた。
「ね。あとは夏の子が間にいれば、つながるのにね」
「ほんとそうだね!」
そうして始まった会話は、思ったよりも自然に続いていった。
初対面の緊張が、少しずつほどけていくのを、さくらははっきり感じた。
(ボールペン、拾ってよかったな)
ちいさな偶然が、自分の世界をやわらかく開いてくれた気がした。




