机の向こうの君にまだ言えない
放課後。
かけるは忘れ物を取りに教室へ戻り、静かにドアを開けた。
夕日が差し込む教室の奥、ひとりの生徒が机に向かっていた。
彼女だった。
「どうして教室で?」
つい口をついて出た問いに、彼女は鉛筆を止め、
「集中できるから」
と、いつもの調子で微笑んだ。
かけるの胸が音を立てる。
今しかない――そう思えた。
ずっと言えなかった言葉を、このタイミングなら届けられるかもしれない。
彼は自分の席へ向かい、プリントを取り出し、鞄にしまった。
そのまま立ち尽くす。視線は、彼女の横顔に吸い寄せられた。
(邪魔しちゃいけないよな…)
でも、それはただの逃げ口上だと、どこかでわかっていた。
「どうしたの?」
彼女が顔を上げた。
かけるは咄嗟に言葉を探した。
「いや、その…」
(言え、今しかない)
「今日の宿題、大変だよな」
(何言ってんだ、俺…)
右手が自然と拳をつくり、太ももをポンと叩いた。
「そうだよね。今やってるけど、けっこう難しいよ」
彼女は楽しそうに笑ってくれた。
そのあと、沈黙が教室を包んだ。
もう一言が、どうしても出てこない。
「じゃあ、また明日」
そう言って、かけるは教室を出た。
扉を閉めた瞬間、背中を預けるようにしゃがみ込む。
言えなかった。やっぱり今日も。
深いため息が、廊下にひとつ、落ちていった。




