ただのクラスメイトでした
夕焼けでほんのり赤く染まる教室。
もう明日からは見ることができない光景。
そしてあの人のことも見ることはない。
ただクラスメートという理由だけで毎日会うことができたが明日からはその理由は消滅する。彼氏でもなければ友達にすらなれなかった。ただのクラスメート。だけどこの先何十年先も彼の笑顔を忘れることはないだろう。
ゆう子は誰もいない彼の席にそっと腰を下ろした。
席に座ってから、ふいに思い出した。
一度だけ、彼と席が隣になったことがある。
そして一度だけ、言葉を交わした。
きっかけは、ピンクのシャープペン。落とした私のペンを、彼が拾ってくれた時だった。
「俺も持ってるよ、このシャーペン。色違いだけど。使いやすいよなあ」
青いシャープペンをくるくる回しながら、彼は笑っていた。
「そうだよね……使いやすいよね」
私は、それしか言えなかった。
忘れていたのは、きっとうまく話せなかった記憶だから。
苦くて、ほろ苦くて、直視したくなかったのかもしれない。
もっと話せばよかった。そう思っても、もう遅い。
「そろそろ帰らないと」
ゆう子は椅子から立ち上がろうとした。
そのとき、膝が机にぶつかり、中から何かが落ちた。
床に転がったのは、あの青いシャープペンだった。
「なんで……」
ゆう子は少しためらったあと、そっとペンを拾い上げた。
夕日に照らされたシャープペンが、彼の笑顔を思い出させる。
なんでここにあるのかは分からない。
だけど、これは——
「運命のいたずら……?」
そんなはずない。けれど、そうであってほしい。
その気持ちのほうが強かった。
ゆう子はペンを握りしめ、勢いよく教室を飛び出した。
卒業式が終わってから、もうだいぶ時間がたっている。
でも彼は、バスケ部だから——
もしかしたら、体育館で後輩たちと最後のバスケをしているかもしれない。
そう思った瞬間には、もう足が走り出していた。
ゆう子の、最初で最後の青春が、今始まろうとしていた。