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9 会うは別れの始め

 問答無用で私を休憩室に連れてきたロナルド様は、無言のまま乱暴にドアを閉めた。


 そして振り返り、私の前に立つ。


「カレン」

「は、はい」

「なんで泣いてんだよ?」


 怯えたような暗い目をしながら、ロナルド様は瞬きもしない。


「……泣いてませんけど」

「堂々と嘘をつくな」

「……ついてません」

「おい」


 怒っているのか困っているのかわからない平坦な声で突っ込んで、それからロナルド様はふわりと私を抱きしめる。


「……悪かった」

「え?」

「……嫌な思いをさせた」

「それは……」


 嫌だったのかと聞かれたら、確かに嫌だったのかもしれない。


 でも私には、よくわからなかった。自分が泣いていることにも気づかなかったくらいだし。


 なんだか今日は、いろんなことがあり過ぎた。褒められて浮かれまくって、甘い言葉をささやかれて勘違いしそうになって、現実を突きつけられて勝手に落ち込んで。上下する感情の波に揺さぶられすぎて無駄に消耗していたから、多分キャパオーバーになったのだ。


 そう。ただ、それだけ――――。


「頼むから、もう泣くな」


 そう言って顔を上げたロナルド様は、罪悪感の滲んだ瞳で切なげに微笑む。


「……お前に泣かれると、思った以上にきつい」

「え……」

「ほんとに悪かった」


 掠れた声でつぶやくと、ロナルド様は親指で私のまぶたを優しくなぞる。私を見下ろすラズベリーレッドの瞳が、心なしか揺れている。


「だ、大丈夫です。多分、びっくりしただけです」


 取り繕うように、私はわざと、明るい声を出す。


「え?」

「だって、まさか立て続けに突撃されるなんて思わないじゃないですか? こういうのは、一日に一人って決めてほしいですね。そうじゃないと、私もなかなか対応しきれませんし」


 はは、と薄く笑って、誤魔化してみる。


 王国一のモテ男が婚約したとなれば、いくら王命であっても納得できない令嬢はたくさんいるだろう。だから今日みたいなことは、これからも起こるかもしれない。


 だってロナルド様は、誰にでも簡単に愛をささやく王国一の女たらし。甘いセリフもお姫様みたいな特別扱いも、ロナルド様にとってはお手の物。そこに深い意味などあるはずもなく、本気にするだけ野暮というものである。


 そう頭の中でうそぶいて、私は自分の心の奥底から目を背けた。そうしないと、淡い想いが芽吹いてしまいそうで怖かったから。


 本当はもう、とっくに気づいていたのに。


 はぐらかす私の中途半端な薄笑いに、ロナルド様は少しだけ顔を歪ませる。


 でもそれきり、何も言わなかった。






◇・◇・◇



 



 パーティーが終わって、数日後。


「今日からこの授業では、数人で自由にグループを作って他国について調べてもらいます」


 世界情勢を学ぶ授業で、グループ学習が始まった。


「カレンは当然、私と一緒の班でいいわよね?」


 こういうときのミュリエル様の圧がすごい。逃げられない。逃げるつもりもないんだけど。


「いいですよ。でも二人だけだと少なくないですか?」

「まあ、それもそうね」


 ほかに誰かいないかときょろきょろ辺りを見回していると、一人の令息と不意に目が合う。と思ったら、令息はすたすたと近づいてくる。


「よければ、僕も交ぜてもらっても……?」

「構わないわよ」

「どうぞどうぞ」


 物怖じもせず仲間入りを果たした令息の名前は、ステファン・ノシュタット。伯爵令息である。


「どこのグループにも入れてもらえなくて、一人だけ残っちゃったらどうしようかと思ってたから助かったよ」


 なんて言うわりに、そこまで困っていた風でもない。クラスメイトとして眺めていた限りでは、わりといつも飄々とした人、という印象のステファン・ノシュタット伯爵令息。


「これからよろしく頼むよ」

「じゃあ、どの国を調べることにしましょうか?」

「私はどこでもいいわよ」

「多分、みんなに人気があるのは武力に秀でた強大な帝国ベレガノアだろうね。物づくりの盛んな工業国ローダム公国も興味深いし、東方の小国シェイロンも捨てがたい」

「あなた、結構詳しいのね」

「好きなんですよ。将来はあちこち旅してみたいなと思ってて」


 ステファン様は、思いのほか強力な戦力になりそうだった。


 その後三人で話し合った結果、最終的には近隣の友好国ガーシュ王国を調べようということになる。


「でも私、王太子妃教育でどの国のこともほとんど学んでしまっているのよね……」


 ぼそりとつぶやいたミュリエル様の一言は、聞かなかったことにしたい。





 それから、世界情勢を学ぶ授業では三人であれこれ話し合う機会が増えた。それは授業の外でも同様で、私たちは急速に仲良くなっていった。


 ステファン様は世界の国々について詳しいだけでなく、多方面にわたって博識だった。おまけに気さくで、気遣いができて、正直で話しやすい。


「最近、ステファン様との距離が近くない?」

「はい?」


 ある日の午後、帰り支度をするミュリエル様はそこはかとなく疑わしげな表情で私に尋ねる。


「なんだか私より仲良くしている気がするんだけど」

「そんなわけないじゃないですか」


 思わず吹き出すと、あからさまに不満そうな顔つきになるミュリエル様。


「だって、今日もこれから二人で図書室に行くんでしょう?」

「グループ学習の調べ物をするだけですよ?」

「私だけ仲間はずれだわ」

「ミュリエル様は、王城で王太子妃教育があるじゃないですか。すっぽかすわけにはいかないでしょ?」

「そうだけど……」

「私たち、今回のグループ学習でミュリエル様のすごさを痛感したんですよ。ミュリエル様はすでに王太子妃教育でいろんなことを学んでいるから、その膨大な知識量に追いつくためには私たちもがんばらないとって」

「私たち、ねえ……」


 ミュリエル様は何やら言いたげな顔をして、でも諦めたようにそのまま教室を出て行った。


 入れ違いで戻ってきたステファン様に「そろそろ行こうか?」と声をかけられ、私も立ち上がる。


「あとは何を調べるんだっけ? ガーシュ王国の地理的な特徴や特産品は調べたし、経済状況も押さえたし」

「歴史とか文化について調べるのはどう?」

「いいね、それ」


 屈託のない笑顔を見せながら、「さすがはカレン嬢、目の付け所がいいよね」なんて手放しで褒めてくれるステファン様。その言葉には嘘がないと信じられるから、照れながらもなんだかホッとしてしまう。



 今は他意のない、真っすぐな言葉だけに触れていたかった。



 本当かどうかわからない、飾り立てた賛辞や甘い言葉は、しばらくご免被りたかった。ああいうのは、自分を疲弊させるだけ。弱ったままの今の自分では、太刀打ちできない気がしていた。


 だからパーティー以降、ロナルド様には会っていない。


 まあ、学年も違うし、次のお茶会までには日もあるから会う機会もない。


 そう思っていたのだけど。




 図書室のいつものテーブルに陣取った私たちは、早速お目当ての本を探して手当たり次第に調べ始める。


「へえ、ガーシュ王国って、最先端ファッションの発信地なんて言われてるんだね」

「織物とかレースとかの繊維工業が発展していて、世界有数の服飾材料生産国だからっていう理由もあるみたいよ」

「確かに、ガーシュ王国には有名なドレスメーカーが多いって聞いたことがあるかも」

「そうなの? よく知ってるわね」

「……そういえばさ」


 ガーシュ王国の文化について書かれたページを開いたまま、ステファン様が少し前のめりになる。


「この前のパーティーのときのカレン嬢、すごくきれいだったよね」

「……え?」

「ああいう繊細な刺繍を散りばめたドレスが今流行ってるらしいんだけど、カレン嬢にすごく似合ってた。僕が見た中では、一番きれいだったと思うよ」

「え……」


 突然予想外の褒め言葉にさらされて、全身がカーッと熱くなる。顔がどんどん赤く染まっていくのを、止められない。


「あ、ありがとう……」


 辛うじてそんな言葉しか返せずに、私は俯いてしまう。なんだか妙に恥ずかしすぎて、顔を上げられない。



 そのときだった。



「なにいちゃついてんだよ」



 顔を上げると、ぞっとするほど尖った目をしたロナルド様が立っていた。












次回はロナルド視点の話が続きます。


ロナルドの真意はいかに……?

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