5 千里の道も一歩から
それから、ロナルド様の行動が改善されたかというと、そうでもない。
常に華やかな令嬢たちを連れ歩いているのは変わらないし、婚約者らしい振る舞いをしてくれることもほとんどない。
ただ、廊下や学園内のカフェで私を見かけると、気安い調子で声をかけてくるようにはなった。
そして、きれいな令嬢たちとわざとらしくいちゃいちゃする姿を存分に見せつけ、気が済むと風のように去っていく。
「何なのでしょう? あれは」
いつものように王族専用談話室に集まると、早速ミュリエル様が不満げに抗議し始める。
「これまでのような完全無視状態も納得できないものがありましたけど、最近のあれは何なのですか? なぜわざわざカレンの前で、ほかの令嬢との仲睦まじげな様子を見せつけるのでしょう?」
ぷりぷりと可愛らしく目を吊り上げるミュリエル様。だいぶ怒っていらっしゃる。
そんなミュリエル様を愛おしそうに眺めながら、エルランド殿下は困ったように肩をすくめる。
「あいつの考えることはよくわからないよ。でもまあ、多分カレン嬢の気を引きたいんじゃないか?」
「気を引く? あれで?」
「ほかの令嬢を連れ歩いていれば嫌でも目立つし、自分はこんなにモテるんだというアピールにもなるだろう? それに、あわよくば嫉妬してくれるんじゃないかという期待もあるんじゃないか?」
「嫉妬? 嫉妬ですって? 嫉妬されるほど好かれているとでも思っているのですか、あの人は。好かれるようなことは何一つしていないくせに」
まったくもって、ミュリエル様の言う通りである。
現状、ロナルド様が複数の令嬢と親しげにいちゃいちゃしていても、あまり気にはならない。今日もおモテになって何よりですね、くらいにしか思わない。
ただ、見知らぬ令嬢に難癖をつけられたあの一件があってから、ロナルド様がどこの誰と懇意なのかはある程度把握しておいたほうがいいような気はしている。だって、この前みたいなことがないとも限らないし。
「先程ロナルド様と一緒だったのは、アマンダ・バーリ子爵令嬢ですよね?」
「え? ええ、そうね」
「昨日はマルティナ・アグレル伯爵令嬢とドリス・エイセル男爵令嬢、でしたっけ?」
「そうだけど。それがどうかしたの?」
「いえ、顔と名前くらいは覚えておいたほうがいいかなと。今後お世話になることもあるでしょうし」
「カレンはもう! あんな雑魚なんか覚えなくていいのよ!」
ミュリエル様は、興奮すると言葉遣いがだいぶ荒れぎみになるということを私は最近知った。そういうところも、エルランド殿下としては可愛くて仕方がないらしい。それと、いつのまにか私のことは堂々と呼び捨てである。別にいいんだけど。
ちなみに、先日の一件の令嬢はヴィカンデル侯爵家のリースベット様らしい。リースベット様はロナルド様と同い年、その他の令嬢たちの学年はバラバラである。
ついでに言うと、どこかの未亡人と関係があるという噂もどうやら本当らしい。ずいぶんマメな人だなあと逆に感心してしまう。
「あいつは見た目もいいし社交的だし、誰にでもあんな調子だから何もしなくても女性が寄ってくるんだよ。でも女性のほうだって、あいつと本気でどうこうなりたいだなんて思っていない。近寄ってくるのは公爵家の跡取りとしてのあいつに何かしらのメリットを求める女性か、あいつを装飾品か何かのように思っている女性くらいだろう?」
「本気じゃないからいいという話ではないのです。女性がひっきりなしに寄ってくるのは、ロナルド様だって来る者を拒まないからじゃないですか」
「それはそうだが、でもこれまでは懇意にしている令嬢に、わざわざほかの令嬢との親密ぶりを見せつけるようなことはしなかったよな?」
「……確かに、そうですね」
「だがカレン嬢には、あえてほかの令嬢との関係をアピールしている。となると、ロナルドにとってカレン嬢はちょっと特別なんじゃないかな」
「だからといって、あんなやり方で気を引こうだなんて発想がお子様すぎます。王国一の色男だの女たらしだのと言われてるくせに、やってることがまるで逆効果だということがわからないのかしら」
ミュリエル様の言うことは、もっともである。
ああいうのは、少しでも好意があるなら何らかの効果があるのかもしれない。でも今の私には、残念ながらほとんど影響がない。もっと嫉妬してあげたほうがいいのかしら? いや、無理だわ。ご勝手にどうぞ、としか思えない。
そんなロナルド様ではあったけど、一つだけ変わったことがある。
それは二週間に一度と決められていたお茶会を、三回に一回はすっぽかさないようになったこと。
今までは完全にスルーされてきたわけだから、この変化は大きい。いや、それでも三回に二回はすっぽかしているのだから、あまり褒めてはいけないのかもしれないけど。
でも、予期せぬ僥倖もあった。
「あにうえー!」
ロナルド様が我が家の玄関に現れると、私の横をすり抜けてレイフが真っ先に駆け寄っていく。
「よう、レイフ。元気にしてたか?」
「うん! あにうえは?」
「もちろん元気だったさ」
足下にまとわりつく小さな弟の頭を、ロナルド様が優しくポンポンとなでる。
「カレン、お前もレイフくらい喜べよ」
「え」
「せっかく来たってのに、うれしくないのか?」
……うれしくは……。うーん、どうだろう。
答えに窮する私を見て、ロナルド様はどういうわけかちょっとムッとしている。
初めてロナルド様が我が家を訪れたとき、まさか来るとは思ってなかった伯爵家の一同は上を下への大騒ぎになった。
お茶会の日取りは予め決められているのだけど、これまで一度も現れたことなどないのだから今日も来ないだろうとみんな高を括っていたのだ。
思わぬ事態に使用人が総出でお茶会の準備をし始め、私も大急ぎで着替えてから中庭に出てみると、知らぬ間にレイフとロナルド様が仲良く遊んでいたから驚いた。
「あ、あねうえ!」
私に気づいたレイフが、一直線に駆けてくる。
「レイフ、もしかして遊んでもらってたの?」
「そうだよ。あにうえが外であそぼうって言うから」
「あにうえ……?」
レイフの後ろからゆっくりと近づいてきたロナルド様は、なぜかドヤ顔を決めている。
「いずれカレンと結婚すれば、俺はレイフの義兄になるだろ?」
「……そう、ですけど……」
「なんだよ。結婚しないのか?」
「え? まあ、いずれは、そうなるのでしょうか……?」
「なんで疑問形なんだよ」
そう言って、ロナルド様は頬を緩める。ご機嫌な様子である。
「あねうえ! あねうえもいっしょにあそぼうよ!」
「え? でも……」
「じゃあ三人で遊ぶか? レイフは何がしたいんだ?」
「おにごっこ!」
結局、レイフはあっという間にロナルド様に懐いてしまった。
レイフは本来、少し人見知りなところがあるはずなのに。ロナルド様って、女たらしと言われているけど本質的には人たらしなのだろう、と思わずにはいられない。
そんなわけで、今ではレイフのほうがロナルド様の来訪を心待ちにしている有り様である。来たら来たで、私と話す時間よりレイフと遊んでいる時間のほうが確実に長いロナルド様。いいんだか悪いんだか。でも毎回汗だくになって遊ぶレイフを見ていると、これはこれでよかったのかもしれないと思う。
そうして、三回に一回がいつのまにか三回に二回になり、決められた日には必ずロナルド様が訪れるようになっていたことに気がつくのは、もう少し先の話である。