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4 袖振り合うも多生の縁

「ロナルド!」


 さっきまでの鬼のような形相をいち早く引っ込めた令嬢は、媚びを含んだ声でロナルド様に擦り寄っていく。


「来てくれたの?」

「まあな。俺のせいで令嬢たちが揉めてるなんて聞いたら、来ないわけにはいかないだろ?」


 しなだれかかる令嬢の肩に馴れ馴れしく触れながら、ロナルド様も甘ったるい声で応える。


 令嬢は勝ち誇ったような目をして、にやりとほくそ笑んだ。自分こそがロナルド様に愛されているのだと主張するその強い視線が、はっきり言って鬱陶しい。


 ちらりと二人を一瞥して、踵を返そうとしたときだった。


「待てよ、カレン」

「え?」

「お前を迎えに来たんだから」

「……はい?」


 ロナルド様は自分にもたれかかる令嬢をべりっと引っぺがし、無造作に放っぽり出すとぐいぐい近づいてくる。


「だから、お前を迎えに来たんだよ」

「……えっと、頼んでませんけど?」

「困ってる婚約者を迎えに来るのは、当然のことだろ?」

「え?」


 そこまで困ってなかったんだけど。なんて言える雰囲気では、もちろんない。


 いきなりの展開に状況を整理したくて頭の中をフル回転させていると、ロナルド様は可笑しそうに笑って私の腰に手を回す。そしてわざとらしくその麗しい顔をずい、と近づける。


「いいから行くぞ」

「え? なんで?」

「ちょっと! ロナルド!」


 放っぽり出され、その場で唖然としていた令嬢が我に返ったように食い下がる。


「私のために来てくれたんでしょう!?」

「違うけど」

「何よそれ!? どういうこと!?」

「リースベット。悪いけど、今日はこっち(カレン)のほうが優先だから」

「は!?」


 はは、と軽く笑いながら歩き出すロナルド様に、思わず怪訝な顔を向けてしまう。



 いきなり出てきて、なんなの、この人。助けに来てくれたってこと……?





 わけがわからないまま学園の裏庭に連れ出された私は、花壇の前で立ち止まる。


「そんなに警戒すんなよ」


 ロナルド様はそばにあったベンチに座ると、私にも座るよう促した。


 一歩二歩とゆっくり近づくと、伸びてきた手に間近まで引き寄せられる。なんかもう、こういう動作の一つひとつに手練れな感じがしてしまって、妙に落ち着かない。


「取って食ったりしないから、安心しろ」

「あ……」

「今日の俺は、機嫌がいいからな」

「それはどういう……?」


 わけがわからないながらも、そのまま恐るおそるベンチに腰かける。


 少し離れた場所に座ったのに、ロナルド様は素知らぬ顔で距離を詰める。


 身動ぎ一つできずに固まっていると、ロナルド様の纏う空気が不意に鋭くなった。


「お前、この婚約が不服じゃないのか?」

「え……?」


 思わず顔を見上げると、予想外に真剣な表情のロナルド様と視線がぶつかる。


「こんな俺と婚約させられて、不服じゃないのかよ?」


 その声は突き放すようでいてどこか気遣わしげでもあり、そして切実でもあった。


 だから私も、素直に答える。


「……不服では、ないですね」

「は?」

「もちろん、だいぶ驚きはしましたけど。でも不服ということはないです」

「なんでだよ」


 なぜか怒ったように、ぶっきら棒な口調になるロナルド様。


「俺みたいな女癖の悪いやつと婚約だなんて、普通は嫌がるだろ」

「女癖が悪いという自覚はおありなんですね?」

「……うるさいな」


 ロナルド様は気まずそうに数秒目を逸らし、「何なんだよこいつ」とか「そこはツッコむなよ」とか、ぶつくさ言っている。


 その様子がなんだか可笑しくて、私の強張った心も少しだけほどける。


「不服でも不満でもないですよ。むしろありがたいと思っています」

「伯爵家の負債を肩代わりしてもらえたからか?」

「もちろんそれもありますし、弟の教育費を支援してくれるというお話もありがたいですし」

「結局は家のためってことか?」

「まあ、そうですかね」

「自分を犠牲にしてまで没落寸前の家を守ろうってか? 殊勝なことだな」


 心なしか馬鹿にしたような物言いに、ロナルド様の苛立ちが見え隠れする。皮肉めいた言葉たちは、私を気遣ってのことなのだろうと容易に推測できる。


 ミュリエル様が以前言っていた「本当は優しいところもある」という言葉を、唐突に思い出す。


「自分を犠牲にしているとは、正直思っていません」


 真っすぐに前を向き、きっばり言い切るとロナルド様は弾かれたように語気を強める。


「何言ってんだ? こんなの自己犠牲以外の何物でもないだろ?」

「そうでもないですよ。私自身にもそれなりにメリットはありますし」

「メリット? 何だよ?」

「将来的に、私は公爵夫人になれるじゃないですか? 公爵夫人なんて、なりたいと思ってもそう簡単になれるものではありませんからね」

「夫には外に何人もの愛人がいて、決して愛されることのない公爵夫人でもいいってのか?」

「まあ、そこは仕方ないですね。貴族の婚姻なんて、そんなものでしょう?」


 ふふ、と小さく笑うと、ロナルド様は面食らったように絶句する。


「私にとって、家を守り父を守り弟を守ることは、亡くなった母に託された使命なんです。私がロナルド様と婚約することでそのすべてが叶うのであれば、喜んでお引き受けいたします。不服でも不満でもありませんし、自分が犠牲になっているとも思いません。何を『犠牲』と感じるかは、私が決めることですから」


 その言葉にロナルド様は虚を衝かれたような顔をして、しばらく押し黙る。


「お前って……」


 ロナルド様は何か言いかけ、どういうわけか途中で逡巡し、結局は言おうとしていた言葉を飲み込んだ。


 そして――――


「わかった」


 からりとそう言ったかと思うといきなり私の顎に手を添えて、クイッと引き上げる。


 端正すぎる顔がすぐ眼前まで迫っていて、心臓が跳ねる。


「そこまで言うなら、お前を俺の婚約者として認めてやるよ」

「え?」

「カレン。お前は今日から俺の婚約者だ」

「……はい?」


 ふてぶてしいほどの晴れやかな笑顔を前に、私は困惑の表情を隠せない。


「……あの、ロナルド様」

「なんだよ?」

「あなたが認めようが否定しようが、私はとっくにあなたの正式な婚約者なんですけど」

「は?」

「王命で決まったことですからね。認めるとか認めないとか以前の話なんですよ?」


 さらりとそう言うと、一瞬呆気に取られたような顔をするロナルド様。


 さっきの令嬢にしろロナルド様にしろ、「王命」の意味がわかってないのかしら。ほんと、みんな大丈夫?


 これはいろんな意味で先が思いやられるわ。なんて苦笑しながら、それでも少しだけ縮まった距離に私は胸をなでおろしていた。












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