3 三つ子の魂百まで
宣言通り、ロナルド様がその態度を改めることはまったくなかった。
むしろ、ぶっちぎりの通常運転。
一応、私たちの婚約が王命によって結ばれたことは公になったのだけど、ロナルド様の横には常に華やかな令嬢が侍っている。しかも目にするたび、毎回別の人。
だから私たちが婚約したなんてガセネタでは? 的な噂話もちらほら聞こえている。
「……ロナルド様も、困った人ね」
人目も憚らずいちゃいちゃしながら通り過ぎるロナルド様と見知らぬ令嬢を見送って、ミュリエル様が項垂れる。
「ごめんなさいね、カレン様」
「ミュリエル様が謝ることでは……」
「でもあなたに嫌な役割を押し付けたのは、私たちだし……」
それは、そう。とは思うけど、言えるはずもない。
ミュリエル様と私は、あれから行動をともにすることが多くなっている。
エルランド殿下とミュリエル様は、どうにかして私とロナルド様の距離を縮めようと画策しているのだけど、ロナルド様にはいつも逃げられてばかり。むしろロナルド様の放蕩ぶりは、輪をかけてひどくなっているような気さえする。当てつけなのかも、とは思うけど、殿下とミュリエル様はここまで反発されると思っていなかったらしい。
「エルとロナルド様は、いわば幼馴染のようなものなの。父親同士が旧知の仲でしょう? だからごくごく自然に仲良くなったそうよ」
ミュリエル様は、ロナルド様に関して知っていることを出し惜しみすることなくあれこれ教えてくれる。
ちなみに、殿下とミュリエル様はお互いのことを「エル」「ミリー」と呼び合うくらいには相思相愛である。というか、どちらかというと殿下のほうがミュリエル様を溺愛している。
「ロナルド様は、四歳の頃にお母様を亡くされているの。公爵夫人はもともとお体があまり丈夫な方ではなかったらしくて」
「そうだったのですね」
「カレン様も、お母様を亡くされているでしょう? 似たような境遇の二人なら、きっとわかり合えるものがあるんじゃないかしらと思ったのだけど」
わかり合えるとか何とか言う以前に、まったく会えてないんですけどね。王命の婚約だから、二週間に一度のお茶会とか学園での交流とか、いろいろと取り決めがあったのだけどことごとくすっぽかされている。あの初対面以降、ロナルド様とは一言も言葉を交わしていない。
「ブランディル公爵は、ロナルド様のお母様が亡くなってわりとすぐに再婚されたの。まわりの勧めもあったと思うし、何より幼いロナルド様を考えてのことよ。そして現夫人との間に生まれたのが、五歳年下のアイリーン様なの」
「ロナルド様には妹がいらっしゃるのですか?」
「そうよ。でも兄妹仲はあまりよくないらしいわ。そもそもロナルド様は公爵の再婚を快く思っていなかったようだし、現夫人にもあまり懐かなかったみたいだし。夫人はロナルド様のことを心配しているようだけど、アイリーン様はロナルド様のよくない噂を聞いて拒否反応を示しているそうよ」
「難しい年頃ですもんね」
「そうねえ。いくら見目麗しい兄とはいえ、女性をとっかえひっかえしているなんて聞いたらいろいろ拗れちゃうわよねえ」
無理もない。とは思いつつ、母親を亡くした幼いロナルド様が、四年前同じように母親を亡くした弟のレイフと重なってしまう。
母を失った喪失感と寂しさが癒えないままに新しい家族を迎えることになったロナルド様は、妹が生まれたことでかえって疎外感を抱くようになったのだろうか。そしてその寂しさを埋めるために、たくさんの女性との戯れの恋にうつつを抜かすようになったのだろうか。
ブランディル公爵とは違って、うちのお父様はいまだに再婚していないしする気もないらしい。まだ小さいレイフのことを考えたら、再婚すべきだと親族に何度も説得されていたのは知っている。今更ながら、お父様が再婚していたらどうなっていただろう、と思う。私はそれを、受け入れられただろうか。
「カレン様」
ミュリエル様は意を決したような顔をしながら、その愛らしい瞳をキラキラと輝かせる。
「ロナルド様は今でこそあんな人ですけど、本当は優しいところもあるし悪い人じゃないんです。エルと私の婚約が決まってからは、私のことも妹のように可愛がってくれたんですよ。エルはロナルド様のことを昔から知っていることもあって、『あいつは不器用すぎて、なんだか放っておけない』なんていつも言っているんです」
「はあ」
「ですから、まずはロナルド様のことを知っていただきたいのです。そうすればきっと、カレン様にもロナルド様のよさがわかっていただけるのではと」
そう言って、ミュリエル様はしばらくロナルド様の長所を力説していた。でもそのエピソードの数々は今のロナルド様と少しかけ離れていて、残念ながらちょっと説得力がなかった。
そんな、ある日のこと。
図書室で借りた本を返しに行った帰り、聞き覚えのない冷たい声に呼び止められる。
「あなたが、カレン・ルイネ伯爵令嬢?」
振り返ると、見覚えのあるようなないような令嬢が、刃のような鋭利なまなざしで立っていた。
「そうですが、何か?」
「ずいぶん野暮ったい方なのね」
「はい?」
「あの方の婚約者に収まったというから、どんな方かと期待していたのだけど。ただの冴えない田舎令嬢じゃない」
見下したような物言いに、ようやくピンと来た。
この人、ロナルド様とよく一緒にいた人だわ……!
確か、ロナルド様と一番親密だと噂されていた令嬢だったはず。私との婚約が決まるまでは、この人が本命では? と聞いたことがある。
でも、誰だっけ……?
これまでロナルド様にまったく興味がなかったせいで、この人が誰なのかてんでわからない。ほんと、申し訳ないくらいまったくわからない。
というわけで、ここは素直に白旗を上げる。
「失礼ですが、どちら様でしょう?」
「え?」
私の問いに、令嬢はわずかに怯んだ。まさか自分のことを知らないとは、思わなかったらしい。
「あ、あら、私のことを、ご存じないとでも言うの?」
「はい。申し訳ございません。存じ上げません」
素直に謝ったというのに、何が気に障ったのか令嬢の顔つきがみるみる変わっていく。
「あ、あなたみたいな無神経で世間知らずな地味令嬢が、ロナルドの婚約者だなんて信じられないわ! 身の程知らずだとは思わないの!?」
「え?」
「たかが伯爵令嬢のくせに生意気なのよ! 自分の立場を弁えたら、婚約は辞退すべきだということがわからないの!?」
「え……?」
……驚いた。
この人、言ってることが無茶苦茶じゃない……? 要はロナルド様との婚約を辞退しろって言ってるんだよね……?
黙って令嬢を見返すと、敵意を含んだ目に挑むような光が走る。
私は小さく息を吐いて、呼吸を整えた。
「婚約は、辞退しません」
「な……!」
「そもそも辞退なんてできるわけがありません。王命ですから」
「でもあなたがさっさと辞退すれば――!」
「あなたのほうこそ、『王命』の意味がわかってないんですか?」
呆れたような口調で言い返すと、目の前の令嬢は明らかに狼狽える。
「この婚約は王命、つまり陛下のご意志です。王命に異を唱えるということは、陛下のご意向に背くということ。違いますか?」
「え……」
「つまりあなたの言っていることは、陛下のご意志に反旗を翻し、王家に弓引く覚悟がおありという――――」
「そ、そんなわけないでしょう!」
令嬢は慌てて否定して、興奮のせいかふーふー言っている。
「なんだ、違うんですか」
「当たり前じゃない! 何なのよあなた……!」
「その前に、あなたこそほんと誰ですか?」
「は!?」
「そもそも、はじめに名乗るべきだと思うのですが」
「そ、そんなのどうだっていいでしょう!?」
「いやいや、そういうわけには……」
無意味な問答が果てしなく続くかと思われたとき――――
「待たせたな、カレン」
満を持して、王国一の色男が現れた。
でも、一つだけ言っておこう。待ってはいない。




