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22 策士策に溺れる

 数日後。


 いつものように、私たちは王城の王太子執務室に集まっていた。


 事の顛末について、話を聞くためである。


 あの決戦の日以降、身の潔白が証明されたロナルド様はようやく息を吹き返した。今回の件はまったくの濡れ衣であり、リースベット様の相手はロナルド様ではないと王家が公式に発表してくれたこともあって、噂は鎮静化しつつある。


「結局、リースベット嬢は妊娠してなかったんですね」


 拍子抜けした、という様子で、エルランド殿下に尋ねるステファン様。


「そうらしい」

「じゃあ、医者が頻繁に出入りしていた話とか、クリスティーナや使用人が聞いていた説明というのは……」


 リーンが呆気に取られたような顔をすると、殿下はちょっと苦笑する。


「それはだな、リースベット嬢が身ごもったという話に信憑性を持たせるための、いわば作戦だったようだ。敵を欺くにはまず味方から、と言うだろう?」


 殿下が答えると、リーンは納得したようなそうでもないような、なんとも言えない顔をする。


 秘密を共有するのはごく限られた人たちだけに留め、ほかの者には知らせず事を進めるよう指示したのは、ほかならぬランヴァルド殿下だったらしい。まったく、小賢しいというかなんというか。


 そういえば、ミュリエル様はわりと早い段階からその可能性を指摘していたっけ。さすがはミュリエル様である。


 ちなみに、悪阻がひどくて食事もとれない、というのは完全な作り話だった。料理人が作った「悪阻で食欲のない妊婦に優しい食事」にまったく口をつけなかったのは、侍女がこっそり持ち込んでいたフルコースのメニューを三食きっちり食べていたからである。


 そんなわけで、嘘がバレて自室から出てきたリースベット様はだいぶ体重が増えていたらしい。そりゃそうだ。食べてばかりで動かなければ、誰だってそうなる。


「卒業してすぐにどうこう、なんてふざけたシナリオを考えたのもランヴァルド殿下だったのか?」

「いや、それはリースベット嬢の発案だったらしいぞ」


 ロナルド様のちょっと尖った口調に、エルランド殿下はやれやれと言った顔をする。


 そもそもリースベット様には、ガーシュ王国の貴族との間に縁談が持ち上がっていたらしい。


 でも、いまだにロナルド様への想いを拗らせていたリースベット様は、その縁談をずっと拒んでいたという。


 そんな中、留学してきたランヴァルド殿下が私に一目惚れしたとか言って、婚約者であるロナルド様の周辺を調べ始めた。その際リースベット様の存在を知り、自国の貴族との縁談を白紙に戻してやる代わりに、自分の考えた筋書き通りに動いてくれないかと持ち掛けたらしい。


 リースベット様にしてみれば、意に沿わぬ縁談をなかったことにしてくれるだけでなく、長年恋い慕ってきたロナルド様と婚姻できる絶好の機会である。これを逃す手はないと、ヴィカンデル侯爵をも巻き込んで大立ち回りを演じることにしたのだという。


「ランヴァルド殿下からは、ロナルドの子を身ごもったということにして婚姻を迫ってもらいたいという話があっただけだったそうだ。ロナルドの女遊びが激しかったという噂を聞いたランヴァルド殿下としては、当然そういう行為に及んでいるものと思い込んだのだろうな。妊娠をちらつかせれば、焦ってヴィカンデル侯爵の話を受け入れるに違いないと考えたらしい」

「まさか、王国一の女たらしが誰よりも乙女思考だったなんて、思いもしなかったでしょうね」


 ミュリエル様の言葉に、ロナルド様は何も言うことができない。ただ決まり悪そうに目を逸らして、耳まで真っ赤にしている。ちょっと、可愛い。


「卒業を機に身を捧げただの真実の愛がどうのこうのだのといったくだりは、リースベット嬢自身の願望に近い、ドラマティックなシナリオのつもりだったのだろう。その願望が次第に妄想めいて、どんどん肥大化していったようだが」

「まったく、はた迷惑な話だよ」

「まあ、そう言うな。リースベット嬢が肥大化した妄想を垂れ流してくれたおかげで、勝利をつかめたようなものだからな」


 ずっと自室に閉じこもって暇だったせいなのか、リースベット様はロナルド様と結ばれる自身の物語をより劇的に、そして運命的な内容に仕上げていったらしい。


 自室に引きこもる理由を「単なる体調不良」から「ひどい悪阻のせい」にしたのもそうだし、もし本当に妊娠していたとしたら生まれるのはいつ頃になるのか医者に確認し、「そのつもりで動いてちょうだい」とわざわざお願いしていたというから、ちょっと驚きである。


 だって、なんのために?


 そもそも身ごもってもいないし、いずれは「流れた」とかなんとか言って有耶無耶にするつもりだったはず。それなのに、そこまで詳細な筋書きを考える必要って、なに?


 まあやっぱり、多分閉じこもり生活が暇すぎたのだろう。うん。



 リースベット様が身ごもった時期を「卒業直後」に設定していると気づいた時点で、ロナルド様の身の潔白を証明できると確信はしていた。


 でも、念には念を入れて、その言葉を補強するような状況証拠や証言を集めておこうと提案したのはエルランド殿下である。


 こういう慎重さや抜け目のなさ、万全の備えを怠らない注意深さといったところが、ランヴァルド殿下にはない部分よねと感心してしまう。



 リースベット様も、まさかその時期ロナルド様が王都にいなかったとは思わなかったらしい。


 ロナルド様が卒業後最速で公爵領に行くことにしたのは、ただただ私といちゃいちゃしたかったからにほかならない。リーンもレイフも連れて行ったのは、単なるカモフラージュである。


 これ以上ない不純な動機が、ロナルド様自身を救ったのだからなんとも因果なものである。





 そして、ランヴァルド殿下はどうなったのかというと――――。


 王城での決戦の翌日、私とロナルド様はこの王太子執務室でランヴァルド殿下と対峙していた。ロナルド様が、直接ぶっ飛ばさないと気が済まないと言い張ったためである。


「残念ですが、ランヴァルド殿下の目論見はすでに露見しています」


 立会人を買って出てくれたエルランド殿下がそう言ったとき、ランヴァルド殿下は何の話かピンと来なかったらしい。


 それくらい、自分の仕込んだ策に自信があったのだろう。だいぶ自信過剰な感は否めないけど。


「ヴィカンデル侯爵とリースベット嬢が、すべて話してくれましたよ」

「え?」

「カレンの魅力に気づいたことに関しては褒めてやってもいいが、俺から奪おうなんて百万年早いんだよ」


 鋭い視線を投げつけるロナルド様の言葉に、ランヴァルド殿下は一瞬顔を引きつらせる。それでも平静を装って、なんとか言い返す。


「……何の話か、僕にはさっぱり……」

「往生際の悪いやつだな」


 間髪入れず、舌打ちをするロナルド様。だいぶキレぎみである。いやいや、相手は王族ですからねと言いたいところだけど、エルランド殿下は何も言わないし、私もあえて気づかないふりをする。


「あなたがヴィカンデル侯爵たちにしょうもない話を持ちかけたことは、とっくにバレてるんですよ。カレンを自分のものにしたいからって、よくもまああんな卑劣な策を思いついたもんだ」

「は……?」

「リースベットは最初から妊娠なんかしてなかったってことも、ヴィカンデル侯爵がきっちり白状しましたからね。妊娠を装って俺に責任を取れと迫ったことも、全部殿下にそそのかされてやったことだと言ってましたよ?」

「そ、それは……」

「今回の一件で、俺とブランディル公爵家はまったく身に覚えのない、不当な理由で著しく名誉を傷つけられ、また社会的な評価を落とすことにもなりました。殿下としては、この責任をどう取ってくださるつもりなんですかね?」


 畳みかけるような怒涛の攻撃にさらされて、ランヴァルド殿下のポーカーフェイスはもはや風前の灯である。


 それでも、ヴィカンデル侯爵たちの証言以外に一切の証拠はない。そのことに気づいたのか、ランヴァルド殿下はなおも知らぬ存ぜぬを貫こうとする。


「いや、本当に、僕には身に覚えのない話で……」

「は!?」

「その、ヴィカンデル侯爵とかいう方にお会いしたことはありませんし、そのような話を持ちかけた事実も――」

「……そうですか」


 返ってきたのは、エルランド殿下の凍てついた声。


 その一言で、部屋の空気が一瞬にして凍りつく。


「まあ、そうでしょうね。あなたがヴィカンデル侯爵たちをそそのかしたという確たる証拠はありませんし、知らんぷりを決め込めば逃げ切れるとでもお思いなのでしょうが」

「……え?」

「そもそもランヴァルド殿下。あなたはどういう理由でこの国に留学することになったのか、もうお忘れなのですか?」

「え」


 わかりやすいほど、ランヴァルド殿下の血の気がサーっと引いていく。顔に怯えのような色が走る。


「あなたの母国、ガーシュ王国王太子のジークヴァルド殿下に改めて問い合わせてみたのですよ。今回の留学に至った経緯と、あなたの人となりについて」

「な、何を……」

「あなたは幼少の頃から頭の切れる優秀な王子だったそうですが、表面的には温厚で人当たりのよい人間を演じながら、己の非凡さを鼻にかけた傍若無人な振る舞いが多かったようですね。そしてジークヴァルド殿下の立太子が決まった際、自分のほうが王太子に相応しいと主張して国王陛下の逆鱗に触れてしまったとか」

「あ……」

「人望のないあなたを擁護する貴族もいなかったことでガーシュ王国に居づらくなり、急遽留学という形で出国することを思いついた。あれこれ策を巡らすのが好きなあなたのことだ、うまいこと逃げ込んだとでも思ったのでしょうが、他国(ここ)でも厄介な騒動を引き起こされてはねえ」

「いや、その……」

「今回の一件、証拠はないながらもヴィカンデル侯爵らの証言もあることから、ガーシュ王国にすべて報告させていただきました。ジークヴァルド殿下からは、即刻連れ戻すための使者を遣わすとの知らせが届いておりますよ」


 さっきとは打って変わって和やかな笑顔を見せる、エルランド殿下。


 その言葉に、ランヴァルド殿下はただ黙ってがっくりと肩を落とした。













次回、最終話です……!

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