21 論より証拠(sideロナルド)
みんなのおかげで身の潔白を証明する手はずが整ったことを、俺は親父に報告した。
「……良い友を持ったものだな」
珍しく、褒められたらしい。いや、褒められたのはエルランドたちか? どっちでもいいか。あいつらのおかげであることに変わりはないんだし。
「正攻法では、ここまでたどり着けなかったかもしれんな。まあ、今回はお前がどれだけやれるのか、腕試しの意味もあったが」
「え?」
「公爵家の嫡男であり、将来的にはエルランド殿下の側近となることを期待されているお前なら、降りかかる火の粉を自分で払うのは当然のことだ。そうだろう?」
「……まあ、はい」
「しかし力を貸してくれる友がいるというのも、お前の才能の一つにほかならないからな。それも、かけがえのない才能だ。肝に銘じておけよ」
「……はい」
それからすぐに、陛下立ち合いのもと、ヴィカンデル侯爵とリースベットを王城に呼び出して今回の騒動の決着をつけることになった。
頑なに話し合いを拒んでいたヴィカンデル侯爵も、陛下が立ち合うとなったらさすがに出てこないわけにはいかないらしい。そろそろ俺たちが抵抗を諦める頃合いだと、手ぐすねを引いて待っていたという話もある。ただ、リースベットは体調不良のため、参内を見送りたい旨の知らせがあった。まあ、想定の範囲内である。
話し合いの前日。
柄にもなく少し緊張していた俺だったが、カレンは思いのほかけろりとしていた。
「大丈夫ですよ、ロナルド様。多分うまくいくと思いますし、もしうまくいかなかったとしても次の手を考えればいいだけですから」
本当に、いざというときほど肝が据わっている。
カレンを手放すなんて、考えたくない。もう絶対に、手放せるわけがない。
少し強引に抱き寄せると、カレンは抵抗もせずすっぽりと俺の腕の中に収まった。いつもの甘い匂いが鼻腔をくすぐり、くらくらする。胸いっぱいに吸い込んで、カレンの艶めく色香を堪能して、ため息をつく。あー、たまんねえ。
「カレン」
名前を呼んで、顎先に右手を添えて少し上を向かせ、左手を髪の間に滑り込ませて少しとろけた顔を味わい尽くしていよいよ――――
「あにうえー!」
ぎくりとして顔を上げると、中庭のほうから全速力で走ってくるかわいい義弟の姿が。ああああああ。もう……!
「あれ、きょうはリーンちゃんいないの?」
しかも俺しかいないのを見て、あからさまにがっかりしている。なんでだよ……。
「きょ、今日は来てねえよ」
「そっかー。あにうえは、元気になってよかったね!」
リースベットの妊娠騒動のせいで、ここ数週間俺はルイネ伯爵家に来ることを控えていた。親父に言われていたのもあるし、カレンにこれ以上迷惑をかけたくなかったというのもある。レイフには、俺が風邪をひいて寝込んでいるとか話していたらしい。
何も知らない外野からの誹謗中傷は日に日にひどくなる一方で、王城での日々は本当に息苦しかった。
「なんて無責任なの」とか「婚約者がいるのに最低だな」とか「一人で耐え忍んでいる某令嬢がかわいそう」とか、みんな本当に好き勝手言っていた。しかもわざと、聞こえるように。誰が何を言っていたのかは、逐一覚えている。あとでどうやり返そうか考えながら気を紛らわして、毎日を過ごしていた。
「レイフ」
いつのまにか俺の腕の中から抜け出していたカレンが、何食わぬ顔で言う。
「兄上と姉上はちょっと大事な話があるから、先に部屋に行って待っていてくれる? あとでみんなでお茶にしましょう」
「わかった!」
言われて一目散に駆けていくレイフを見送ってから、カレンに視線を移す。
「いいのか?」
「……だって、さっきの続きが……」
真っ赤になって俯くカレンが、本当にもう、可愛すぎてたまらない。
なお、このあと遠慮なく、カレンの唇は貪り尽くした。
◆・◆・◆
決戦当日。
王城の一室に現れたヴィカンデル侯爵は、やけに上機嫌だった。親父は無表情でそれを一瞥し、軽くジャブを入れる。
「リースベット嬢は、悪阻がひどく参内できないというお話ですが」
「ええ、残念ながら」
ニヤリと笑いつつ、でっぷりと肥えた侯爵が答える。
「あなたがたが一向にこちらの話を受け入れてくれないものですから、娘は心労が絶えず悪阻もますますひどくなるという塩梅でして」
どこか勝ち誇ったように話す様子を見て、内心ほくそ笑んでいるのはこちらのほうだった。
今回の件の当事者は俺とリースベットだが、妊娠や婚姻が絡んでくるとなれば、当主同士の話し合いが必要になる。
陛下の「今日は立ち会うのみで邪魔はせぬゆえ、存分に話し合うがよい」という言葉を合図に、試合開始のゴングが鳴った。
「リースベット嬢が身ごもっているという話についてだが」
先制攻撃を繰り出す親父の口調はあくまで穏やかだが、絶対零度の圧を感じる。
「ちょうど今悪阻がひどいということは、現在は妊娠四か月頃、出産は冬のはじめということで相違ないか?」
侯爵はなぜそんなことを聞くのだろうという顔をしながらも、「そのくらいだと医者から聞いている」などと少し事務的な声で答える。
「なるほど。ではリースベット嬢が身ごもっているとされる子どもの父親は、ロナルドではないということになるな」
親父が急にさらりと結論を言うものだから、侯爵は面食らったままぽかんとして、次の瞬間声を荒げた。
「は!? 何を言っているんだ!? リースベットの子の父親はそこにいるロナルド殿だ! それ以外にあり得ないだろう!」
「あり得ない? なぜ?」
「なぜって……! それは、リースベットが……!」
「ほう。リースベット嬢がね。リースベット嬢の話を、貴公は鵜呑みにしたということかな」
「いや、それは……!」
もうすでに、若干侯爵の旗色が悪い。
おいおい。こっちだって必死で「証拠」を集めたんだから、もう少し粘ってくれよ、と思ってしまう。
「む、娘とロナルド殿が特に親密だったのは誰もが知っていることだ! 娘の相手はロナルド殿以外にあり得ないし、娘だって、その、ロナルド殿が受け入れてくれたと……!」
「そんなはずはない」
「なっ!?」
「現在リースベット嬢は妊娠四か月頃なのだろう? そして出産は、冬のはじめ頃。だとするなら、身ごもったのはいつになる?」
「は?」
「ロナルドとリースベット嬢が事に及んだとするなら、それは具体的にいつ頃のことだったという計算になると思うかね?」
親父の目が、ぎらりと光る。まるで捕食者のように、鈍い光を放つ。
「い、いつって……。それは……」
「逆算してみると、二か月ほど前になるのだよ。リースベット嬢は、学園を卒業してすぐ、と周囲の者に話していたそうじゃないか。具体的には、卒業式の三日後だったと」
「……確かに、言っていたが……」
「それではやはり、お腹の子の父親はロナルドではないな」
またしてもあっさりと言い切る親父に、黙って話を聞いていた陛下のほうが興味津々な様子を見せる。
「ブランディル公爵。どういうことだ?」
「どうもこうもありません、陛下。その時期にリースベット嬢が身ごもったのなら、相手はロナルドではない。断言できます」
「なぜだ?」
「ロナルドはそのとき、この王都にいなかったのですから」
「……え?」
侯爵が間の抜けた声を上げる。
その反応を確認して、親父がそこはかとなく得意げな顔をする。
「ロナルドは学園の卒業式が終わった翌日、婚約者や自身の妹、婚約者の幼い弟を伴って公爵領を訪れているのです。そのまま数週間滞在し、王都に戻ってきたのは学園の新学期が始まる直前。それなのに、どうやってリースベット嬢と接触を?」
「あ……」
「なるほど。そういうことなら、リースベット嬢の相手がロナルドだと主張するのは、確かに無理があるな」
「はい」
親父と陛下が納得したように頷き合うその横で、侯爵は蒼ざめた表情をしながらわなわなと震えている。
「……それにしても」
落ち着き払った親父の声は、追撃の手を緩めない。
「娘の言い分を鵜呑みにしてここまで大騒ぎするとは、侯爵もいささか浅慮が過ぎるというものでは?」
「……は?」
「きちんと調べれば、すぐにわかるようなことだったはず。ヴィカンデル侯爵ともあろう方が、今回はずいぶん軽率だったと言わざるを――」
「わ、私ではない!」
慌てたように言い返した侯爵は、すぐに「しまった」という顔をした。
もちろん、捕食者たる親父が、それを見逃すわけはない。
「私ではない? ではいったい、誰が?」
「え、いや、その……」
「侯爵。ここまで世間を騒がせたのだ。すべてを正直に話す以外に、そなたとそなたの娘の名誉を回復する手立てはないと思うが」
陛下に問答無用で詰め寄られ、侯爵は顔を強張らせる。
そして数秒後、わかりやすくがっくりと項垂れた。
「……ガ、ガーシュ王国のランヴァルド殿下です……。留学中の……」
「ランヴァルド殿下が? どういうことだ?」
「あ、ある日、ランヴァルド殿下が突然我が邸を訪れたのです。そして、自分の筋書き通りに動けば、ブランディル公爵家と縁付くことができるとおっしゃいまして……。む、娘も乗り気になってしまい……」
「ほう」
「では、リースベット嬢の相手とは、いったい誰だったのだ?」
厳しい顔の陛下が問い質すと、ヴィカンデル侯爵はますます小さくなった。
「む、娘は……、身ごもっておりません……」
次回はカレン視点に戻ります。
黒幕もしっかりぎゃふんと言わせますので、ご安心ください(笑)
残り二話で完結です……!