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19 虎穴に入らずんば虎子を得ず

「とっておき情報? なんなの、それは」


 興味津々のミュリエル様に、リーンは意気揚々と胸を張る。


「実は、クリスティーナと話せたんですよ」

「あら! やるじゃない」

「それが、向こうのほうから話しかけてきたんです。あの話し合いの、次の日です」


 リーンの話によると――――。


 王城での話し合いの翌日、登校するや否やリーンはクリスティーナ様から話があると言われ、廊下の片隅に引っ張り込まれたのだという。


「てっきり、姉のことで糾弾されると思ったんですよ。あんたの兄はなんてことをしてくれたんだとか、早く責任を取れとか」

「まあ、そうよね」

「ところが、その真逆だったんです」

「真逆?」


 私が思わず聞き返すと、リーンはニヤリとほくそ笑む。


「クリスティーナはいきなり頭を下げて、『お父様とお姉様が迷惑をかけてごめんなさい!』って謝ってきて」

「え?」

「どういうことなの?」

「クリスティーナって、父親と姉とはちょっと折り合いがよくないらしいんですよ。父親のことは『あの強欲親父』って言ってたし、リースベット様のことは『性根の腐った意地悪女』って言ってたし」



 あらあら。クリスティーナ様ったら。身内に対する悪口が、だいぶひどいわね。



「ヴィカンデル侯爵家にはリースベット様とクリスティーナ、それにクリスティーナの三つ年下の弟がいるんだそうです。弟はそれなりにまともだからいいけど、父親は金と欲に目がくらみ、リースベット様とクリスティーナを自分の利益につながるような資産家の貴族に嫁がせることしか考えてないらしくて」

「……そういえば、そんなようなことを前にロナルド様が言ってたわね。リースベット様は最初、ヴィカンデル侯爵に言われてロナルド様に近づいたって」

「そうなんです。だからクリスティーナはそういうところにずっと反発していて、今回のこともきっと二人が何か企んでのことに違いない、ブランディル公爵家に申し訳ないと言っていて」

「……なるほどねえ」


 ミュリエル様が面白いものでも見るかのように、悪い顔を覗かせる。


 それにしても。これはちょっと、予想外の展開だった。


 まさか敵陣に、こちらの味方になりそうな人間が潜んでいたとは。


「それで、クリスティーナにリースベット様の様子について聞いてみたんです。そしたら、この数週間リースベット様は体調不良を理由に自室から出てきていないそうで」

「自室から出てきてない?」

「はい。はじめのうちは、クリスティーナと弟には単なる体調不良としか説明がなかったそうなんです。でも何日か前に、リースベット様は実は身ごもっていて子どもの父親はうちのお兄様だということ、今は悪阻がひどくて部屋から出てこれないことなんかを聞かされたそうです」

「悪阻……」


 なんだかここへ来て、リースベット様の妊娠話が俄かに現実味を帯びてきた。


 頻繁に訪れる医者の存在と、自室から出てこれないほど悪阻がひどいという状況説明。


 妊娠が嘘なら、そこまで手の込んだことをするだろうか……?


「それで、ひとまずクリスティーナとは共同戦線を張ることにしたんですよ」

「共同戦線?」


 言葉の意図がわからずそのまま聞き返すミュリエル様に、リーンは満面の笑みで答える。


「はい。クリスティーナをこっち側の味方に引き入れて、逐一情報を流してもらおうかと」

「え、ちょっと。そんな簡単に信用してしまって、大丈夫なの? その話自体が罠という可能性だって……」


 ミュリエル様が眉を顰めても、リーンは一向に気にする様子がない。


「いえ、大丈夫です。実はクリスティーナのほうから、交換条件を出されたんですよね」

「交換条件? どんな?」

「さっきも言った通り、ヴィカンデル侯爵はクリスティーナを資産家の貴族に嫁がせようと躍起になっているんですけど、クリスティーナ自身は侯爵の思惑通りにはなりたくないと言っていて。私に協力する代わりに、ヴィカンデル侯爵の影響下にない貴族家の令息と婚約させてほしいと」

「え、縁談を持ってきてほしいってこと……?」

「だいぶちゃっかりした子なのね……」

「とにかく、一刻も早くヴィカンデル侯爵家から逃げ出したいそうです」


 抜け目のないしっかり者の言い分に呆然とする私の横で、なぜかミュリエル様は少し難しい顔をしていた。






◇・◇・◇






 週末、私たちはまた王城の王太子執務室に集まっていた。


 この一週間で集められた情報をまとめ、精査・吟味するためである。


「今の話からすると、リースベットは本当に妊娠している可能性があるってことか?」

「そういうことになるな」


 当初の予想を覆し、リースベット様の妊娠は事実であるという可能性が高まっていることに、ロナルド様もエルランド殿下も素直に驚いている。


 だとしたらお相手は誰なのか? という疑惑も生じるけれど、今はそれよりも。


「妊娠が本当だとしたら、ちょっと話が面倒くさくなってくるよな?」


 だいぶ復調してきたロナルド様、私を隣に座らせて手を握ったまま、ずっとすりすりしている。


 さっきも顔を合わせた瞬間、有無を言わさず抱きしめられて、ところかまわずキスされそうになって、慌てて押し返したらムッとされて、「キスさせろ」と迫られた。



 強引に拍車がかかっている……!



 このところ、王城でもリースベット様の噂が広まって、ロナルド様は毎日針のむしろらしい。一切反論せずに受け流すようブランディル公爵から言われていることもあって、ただひたすら耐え忍んでいるらしいロナルド様。ちょっと不憫である。


「リースベット嬢が本当に妊娠しているとなれば、子どもの父親はロナルド()()()()ということを証明する必要がある。それがどれほど難しいことか、みんなもわかるだろう? 子どもが生まれてからなら調べることもできるだろうが、ヴィカンデル侯爵はそれまで待ってはくれないだろうしな」

「相手の男が正直に名乗り出てくれたらいいですけど、そんなことは期待できないでしょうね」


 ステファン様も、思惑が外れて困惑ぎみである。


「クリスティーナの話では、ここ数週間ほどリースベット様を見ていないそうなんです。なので悪阻がどれくらいひどくて今どんな状態でいるのか、まったくわからないと言っていて……」

「そのことなのだけど」


 リーンの報告に、ミュリエル様がおっとりとした口調で割って入る。


「リースベット様の妊娠が真実かもしれない可能性が浮上してきた今、もっと広範囲な情報を集める必要があると考えたの。それで、オルクリスト侯爵家の手の者をヴィカンデル侯爵家の使用人として忍び込ませてみたのよ」

「え?」

「ほんとですか?」

「いつの間に……」


 私とエルランド殿下以外の三人は、目を見開いて驚いている。


 私は事前にミュリエル様から話を聞いていたし、殿下も恐らくそうなのだろう。


 ミュリエル様は、リーンがクリスティーナ様を味方に引き入れた話を聞いたあと、私にこう言ったのだ。


『クリスティーナ様の話を信じないわけではないけれど、あの情報はなんだか作為的なものを感じるのよね』

『作為的? クリスティーナ様が嘘を言ってるということですか?』

『というより、嘘を信じ込ませられているというか。わざと真実ではない情報を聞かされているというか』

『……なんですか、それ』

『敵を欺くにはまず味方から、と言うでしょ?』

『ああ、そういう……』

『一方聞いて沙汰するな、という言葉もあることだし、こちらはこちらでリースベット様の状況を探ってみようと思うの。まあ、はじめからそのつもりではいたのだけど』


 そうして、ミュリエル様はすぐにオルクリスト侯爵家からとあるベテラン使用人を送り込んだらしい。


 満足げに微笑んでいる殿下を見れば、ミュリエル様のこういう意外に策略家な一面も気に入っているのだろうな、と思わずにはいられない。


「で、何かわかったのか?」


 前のめりになるロナルド様をちらりと見返して、ミュリエル様がふふ、と笑う。


「それはもう。面白いことがわかりましたわよ」












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