18 三人寄れば文殊の知恵②
「言ってないこと? なんだよ?」
ロナルド様が尋ねると、リーンは一瞬怯みながらも思い切ったように話し出す。
「あの、リースベット様って、妹がいるんです。クリスティーナっていうんだけど……」
「なんでお前が知ってるんだよ?」
「実はクリスティーナ様とは、同じクラスなのよ」
「は!? お前それ、なんで今まで言わなかったんだよ?」
「だって言う機会もなかったし、そもそも別に関係ないかって思ってたし……」
「まあ、そうよね。こんなことでも起こらなきゃ、わざわざ言う必要のない情報でしょう? 兄の元カノの妹と同じクラスになった、だなんて」
ミュリエル様が事もなげにそう言うと、ロナルド様は微妙にバツが悪そうな顔をする。
「クリスティーナ様とは、同じクラスとはいえあえて距離を置いていたんです。お兄様とリースベット様のことがありましたし、向こうも気まずいかなと思っていて。実際、クリスティーナ様のほうからも接触してくることはありませんでしたし」
「……もしかして、直接突撃して情報を引き出そうと思ってるの?」
ステファン様が、少し心配そうに眉根を寄せる。
「はい。うまく近づけば、ヴィカンデル侯爵家の内情を探ることができるかなと……」
「確かにそれは願ってもない好機だけれど、確実に向こうからは警戒されるわよ? うまくいったとしても、あとになって利用されたと逆恨みされることだってあるでしょうし。あなたの今後の学園生活に波乱を招く可能性だってあるのよ?」
ミュリエル様も、はっきりと眉間に皺を寄せている。
「でもほかに手立てはなさそうですし、現状としてはそこから探りを入れてみるしかないと思うんです。お兄様とお姉様が窮地に立たされていて、しかも私にしかできないことがあるのですから、私が動くしかありません」
「アイリーン……」
ロナルド様は感動のあまり、瞬きすら忘れたかのようにリーンに見入っている。二人の関係がここまで修復したことに安堵して、私も救われる思いがする。
「要するに」
それまでずっと話し合いの成り行きを見守っていたエルランド殿下の声に、みんながすっと背筋を伸ばす。殿下はそれを見回しながら、ゆっくりと口を開く。
「リースベット嬢及びヴィカンデル侯爵家について、もう少し詳細に調べる必要がある、ということだな」
「そうですわね」
「では、ひとまずアイリーン嬢はクリスティーナ嬢と接触し、ヴィカンデル侯爵家内部の情報について探ってみてくれるか? ただし、くれぐれも無茶はしないように」
「はい、承知しました」
「俺も王家の人脈を使って、なんとかヴィカンデル侯爵家に探りを入れてみよう」
「私もオルクリスト侯爵家の総力を挙げて、リースベット様の動向を調べてみるわ」
「じゃあ僕は、学園にいる間カレン嬢にちょっかいを出そうとするランヴァルド殿下を阻止することに専念しますね」
ステファン様がちょっとおどけた調子でそう言うと、ロナルド様はハッとした表情になる。
「ステファン……」
これまでのあれやこれやのせいで、いまだにステファン様には複雑な心境を抱くロナルド様も、この申し出にはさすがに感じ入るものがあったらしい。
「……助かるよ」
真面目な顔でそれだけ言ったロナルド様に、自信たっぷりの笑顔を見せるステファン様。
「ちょっと待て。カレン嬢は、学園へ行くつもりなのか?」
慌てた様子のエルランド殿下が、がばりと私に視線を向ける。
「……そのつもりですが」
「いや、君は学園を休んだほうがいいんじゃないか? ランヴァルド殿下はここぞとばかりに君にアプローチしてくるだろうし、もはや自分のものになるのは時間の問題と思っている以上、あからさまな接触を求めてくることだってないとは言い切れない。それに君が学園を休んでいれば、ロナルドの失態でショックを受けているとランヴァルド殿下に勘違いさせ、油断させることもできると思うのだが」
「私もはじめはそう思っていたのですが、みなさんが私たちのために動いてくださる以上、私だけ家にこもってじっとしているわけにはいきませんから」
「しかし……」
「わがままなのは、十分承知しています。でも守られるだけでは、性に合わないんです」
真っすぐに言葉を返すと、エルランド殿下は困ったような顔をしてロナルド様に視線を移す。
「……ロナルドはいいのか? お前、ほんとは行かせたくないんだろう?」
その気持ちは、私だってわかっていた。ランヴァルド殿下の恋情を知って、あれほど激昂していたロナルド様だもの。私が学園に行けばランヴァルド殿下と接触することは避けられないし、きっと、ものすごく嫌なはず。
でも顔を上げたロナルド様は、思ったよりもすっきりとした表情をしていた。
「いや。俺はカレンを信じるよ」
「ロナルド……」
「リースベットの話を聞いたとき、カレンは俺のことをちゃんと信じてくれた。だったら俺だって、カレンを信じる」
力強いその言葉とは裏腹に、ロナルド様の手は少し震えていた。
私はそっと自分の手を重ねて、微笑んでみせる。
「こんな汚い策略に私たちが負けるはずないじゃないですか。私がお慕いするのはロナルド様だけ。私たちの関係は決して揺らがないと、ランヴァルド殿下に見せつけてやりますから」
「……心強いな……」
ロナルド様の目は、心なしか潤んでいた。口の辺りを右手で覆い、俯き加減で声を絞り出す。
「みんな、ほんとにありがとう……。すまない……」
震える声に、空気までしんみりと震えるようだった。
「……しおらしいロナルド様なんて、らしくないですわ」
「そうですよ。ロナルド様はもっとこう、不遜で傲慢な感じでいてもらわないと」
「……は?」
「横柄なお兄様じゃないと、私も張り合いがないし」
「ロナルドのいいところは、俺様気取りで偉そうなところだからな」
「……それ、全然褒めてねえだろ」
ロナルド様がいつもの元気を取り戻すのに、それほど時間はかからなかった。
◇・◇・◇
数日後。
リースベット様がロナルド様のお子を身ごもっているらしいという噂は、貴族社会にじわじわと広がりつつあった。
事が事だけに、ブランディル公爵家にとってもヴィカンデル侯爵家にとっても、大きな打撃となり得る醜聞である。こちらサイドがいくら口を閉ざしていてもまことしやかにささやかれているところを見ると、誰が噂を広めているかは一目瞭然だった。
「お父様が言うには、ヴィカンデル侯爵に話し合いの機会を設けてほしいと申し入れたものの、とにかく責任を取れの一点張りで聞く耳を持たなかったそうです」
私たちのほかには誰もいない学園の王族専用談話室だというのに、リーンは辺りを見回しながら声を潜める。
「まあ、そうでしょうね。その辺は想定の範囲内よ」
ミュリエル様は驚いた様子もなく、一切表情を変えることもない。
定期的な情報交換の場が必要だろうということで、エルランド殿下がミュリエル様に王族専用談話室の鍵を貸してくれたのは、あの話し合いのすぐあとだった。
ちなみに、私たちが密かに集まっている間、ステファン様にはランヴァルド殿下にぴったりと張りついてもらっている。
ランヴァルド殿下は自分の策略に余程自信があるらしく、すでに私の婚約者気取りだった。やけに馴れ馴れしいし、すぐ触ろうとするし、まったく油断も隙もない。ぞわりと鳥肌が立つのを、我慢できない。
でもステファン様が上手にそれとなくガードしてくれるから、だいぶ助かっている。
「エルは王家の人脈を使って、ヴィカンデル侯爵家に出入りしている医者を突き止めたらしいの。そしたらその医者が、ここ数週間頻繁にヴィカンデル侯爵家を訪れているという話が聞こえてきて」
「……え? それってもしかして……」
「リースベット様を診るためかもしれないわね」
「じゃあ、リースベット様はもしかして本当に身ごもっていらっしゃる……?」
「わからないわ。でも、そうかもしれないという可能性が浮上してきたわね」
「となると、ちょっとこれは……」
「……お姉様がた」
思わぬ状況に頭を悩ます私たちを前に、リーンは勝ち誇ったような目をして笑っていた。
「大逆転が期待できそうな、とっておき情報がありますよ」