17 三人寄れば文殊の知恵①
翌日。
学園の休日を利用して、私たちは王城の王太子執務室に集められた。
「私たち」というのは、私とロナルド様、ミュリエル様とステファン様、そしてアイリーンである。
「みんな、よく集まってくれた」
招集をかけたのは、この部屋の主である王太子エルランド殿下。なぜ集められたのかは、言わずもがな、である。
ちなみに、ミュリエル様とステファン様は、ここへ来る前にリースベット様の妊娠疑惑について殿下から話を聞いているらしい。つまり、この話はすでに王家にまで届いている、ということになる。
騒動の渦中にあるロナルド様は、珍しく意気消沈していた。
昨日の話し合いが終わったあとも、見たことがないくらい暗い顔で項垂れていたロナルド様。
『結局は、俺の不始末のせいってことなんだな……』
見境なく数多の女性と浮名を流し、「王国一のモテ男」の名をほしいままにしてきた過去がこんな形で自らの行く手を阻むことになろうとは。
ブランディル公爵は、ヴィカンデル侯爵に対してひとまず一度話し合いの機会を設けてほしいと申し入れるつもりらしい。
いきなり息子の不手際の責任を取れと言われたところで、俄かには信じがたい話でもある。リースベット様の妊娠が事実かどうかも含めて、探りを入れてみると話していた。
ただ、公爵はこうも言っていた。
『ランヴァルド殿下の弄した策が我々の予想通りだったとしても、殿下とヴィカンデル侯爵家とのつながりを暴いてすべてを白日の下にさらすのは難しいだろう』
『なんでだよ?』
『留学してきて短期間でこのような策をめぐらす相手だ。ヴィカンデル侯爵とのつながりを示すものなど何一つ残してはいないだろうし、証拠になりそうなものは片っ端から処分しているに違いない』
両者のつながりを暴くことができればこの危機を乗り越えられるのでは、と期待した私たちは、がっくりと肩を落とすしかなかった。
「さて」
みんながソファに座ったのを確認して、エルランド殿下がすっと右手を上げる。
「話を始める前に、まず確認しておきたいのだが――」
そう言って、私の隣に座るロナルド様に容赦のない鋭利な視線を向ける殿下。
「リースベット嬢の妊娠に関して、子どもの父親はお前か? ロナルド」
「は?」
問われたロナルド様は、不愉快そうに語気を強める。
「そんなわけねえだろ? お前まで俺を疑ってんのかよ」
「お前とリースベット嬢が懇意な間柄だったのは、誰もが知っていることだ。あの親密そうな様子を見る限り、妊娠に至るような行為に及んでいたとしても不思議ではないと思うが」
「そんなことしてねえって言ってんだろ! 俺は今まで、誰ともそういう――」
そこまで言いかけて、ロナルド様は慌てて口をつぐむ。
その不自然な反応を目の当たりにした全員の頭の中に、恐らく同様の疑念――いや、むしろ確信――が浮かぶ。
「あれだけ親密そうにしておきながら、どなたともそういう行為に及んだことがなかったってこと?」
さすがはミュリエル様。ツッコミがキレッキレである。誰も言葉にできなかったことを、あえて直球で投げつける。
「……う、うるさいな!」
途端に真っ赤になったロナルド様は狼狽えて、何か言い返そうとして口をパクパクと動かした。でも結局は諦めたのか、両手で顔を覆いながらうぅ、とうめく。
「お、俺だって、『初めて』はほんとに好きな相手とって、思うじゃん……」
最後は消え入るような声になる、ロナルド様。
――――「王国一のクズ男」が、意外に乙女だったと暴露されてしまった瞬間だった。
「なるほど、そうか。じゃあ、リースベット嬢の相手はお前ではないんだな」
動揺するロナルド様には見向きもせず、あっさりと言い放つエルランド殿下。
ああ。殿下は多分、知っていたのだろう。知っていて、わざとロナルド様に言わせたに違いない。だって殿下ったら、笑いたいのを必死でこらえているのだもの。
「と、いうわけでだ。みんなに集まってもらったのは、ほかでもない。ロナルドの潔白を証明するためだ。このままでは、ロナルドはカレン嬢との婚約を取り消され、責任を取ってリースベット嬢と婚姻する羽目になってしまう。友人の幸せな未来を守るためにも、みんなの協力を求めたい」
ちょっと真面目な顔に戻った殿下の言葉に、ロナルド様以外の全員がうんうんと頷いている。
なおロナルド様は、まだ動揺から立ち直れていない。
「一番手っ取り早いのは、リースベット様が本当は妊娠なんかしていないって証拠を掴むことじゃないかしら」
口火を切ったミュリエル様に、エルランド殿下がすかさず尋ねる。
「ではミリーは、リースベット嬢がそもそも妊娠などしていないと思っているのか?」
「ええ、そうよ。だってロナルド様以外に相手なんかいないでしょ。リースベット様はロナルド様にぞっこんだったし、それ以外の男に体を許そうなんて思わないはずよ。まあ、振られて自棄になって行きずりの男にって可能性もなくはないでしょうけど、あの方にそこまでの度胸はないと思うわ」
ミュリエル様のわりとあけすけな物言いに、リーンが恥ずかしそうに目を泳がせる。ちょっと、刺激が強すぎたかもしれない。
「妊娠は事実だが相手が誰かということは偽っている、という可能性も考えられますが、今回はロナルド様やブランディル公爵家を陥れるための真っ赤な嘘と考えたほうが自然でしょうね」
ステファン様も、ミュリエル様の考えにすんなり同意する。
「でも嘘だとしたらいつかはバレてしまうでしょうし、嘘をついたことで逆に責任を追及されるのではないですか?」
冷静さを取り戻したリーンが疑問を呈すると、ステファン様が諭すように答える。
「流れてしまったといえば、恐らく責任は免れると思うよ。心労がたたったとかなんとか、いくらでも理由は作れるからね」
「バックにランヴァルド殿下がついていることもあって、ヴィカンデル侯爵は気が大きくなっているのだろう。リースベット嬢とロナルドとの婚姻が叶えば、あとはこっちのものだとでも思っているだろうしな」
「しつこい狸親父め……」
あ、ロナルド様が少し浮上してきたらしい。殿下が吹き出しそうになるのをこらえている。
「だとしたら、リースベット様の妊娠は事実無根である、ということが証明できればいいのですか?」
「そうね。でもそこが難しいと思うの。伝え聞いたところでは、リースベット様は学園を卒業して以降、公の場にはまったく姿を見せていないそうなのよ。だから今現在どうしているのか誰もわからないし、箝口令が敷かれているのか侯爵家の中の様子がちっともわからなくて」
「妊娠による体調不良を理由にして、嘘がバレないよう引きこもって出てこないというわけですか。そういう状況なら、リースベット嬢の周辺を探るのはなかなか難しそうですね」
うーん、とみんなが頭を抱えてしまう。
その様子を見たロナルド様の表情が、どんどん罪悪感に縁取られていく。陽が翳るように、光を失っていく。
「……あ、あの……!」
澱んで沈殿していく空気を一掃するように、リーンが突然、張りのある声を上げた。
「実は私、まだみなさんに言ってないことがあるんです……!」