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14 君子危うきに近寄らず

 春になった。


 私たちは学園の四年生になり、相変わらずの日々を過ごしている。


 と思いきや――。


「そんな大役、私たちに務まるのでしょうか……?」

「まあ、ほかに適任者もいないし、引き受けるしかないわよね」

「でも恐れ多いというか、ちょっとでも失敗したら一族郎党に迷惑をかけることになるんじゃ……?」

「ステファン様、そこまでことはないから安心していいわよ。たかが王族の案内役じゃない」


 ミュリエル様の言葉に、ステファン様がわかりやすくドン引きしている。


 まったくもって、「たかが」ではない。相手は王族である。しかも、我が国ではない。近隣国の王族である。


 近隣国の王族に、そんな態度で対峙できるのは恐らくミュリエル様だけである。


「去年の授業でガーシュ王国について調べたことが、高く評価された結果なのよ? 二人とも、もっと自信をお持ちなさいな」


 事もなげに言い切るミュリエル様とは対照的に、私とステファン様は不安げに顔を見合わせる。


 何が起こったのかというと。


 私たちが進級するタイミングで、近隣の友好国であるガーシュ王国から第二王子のランヴァルド・ガーシュ殿下が半年間の短期留学をすることになったらしい。


 ランヴァルド殿下は私たちと同い年。というわけで、去年の授業でガーシュ王国について調べた私たちが、殿下の留学生活をサポートする案内役に抜擢されてしまったのである。


「先方の国について何も知らない人が対応するより、それなりの知識を持つ人間が対応したほうが学園としても国の上層部としても安心なのよ」

「それは、そうでしょうけど」

「エルが言うには、ランヴァルド殿下は温厚で穏やかなお人柄だそうよ。妙な無理難題を吹っかけてくることはないでしょうし、そんなに心配することないわよ」

「いや、そもそも王族の案内役ってだけで、十分プレッシャーなんですよ?」


 幼い頃から王族に準ずる扱いを受けてきたミュリエル様には、私たちの緊張がどうにも伝わらないらしい。


 ちなみに、この大抜擢について一番納得していないのは、現在宰相補佐として絶賛活躍中のロナルド様である。


「なんでカレンなんだよ……!」


 この話を聞いたときの第一声が、これだった。


「しかもステファンの野郎がまた一緒なんだろ?」

「野郎って……。でもまあ、そうです」

「くっそ面白くない」


 完全にへそを曲げている。仏頂面である。


「ほかに適任者はいないそうですし、ミュリエル様も含めて三人でランヴァルド殿下をサポートすることになっていますから。心配するようなことはないと思いますよ?」

「お前って、しっかりしているようで変に無防備なところがあるからな。簡単につけ入る隙を与えそうで、気が気じゃないんだよ」

「なんですかそれ」

「……お前が俺のものだっていう印をつけておかないとな」

「……印?」


 ニヤリと悪い笑みを浮かべるロナルド様の顔が近づいてきて、もう一度「カレンは俺のものだろ?」なんて甘くささやいて――――。


「あにうえー! あねうえー!」


 無邪気なレイフの声が突然聞こえて、私たちは反射的にバッと体を離す。


 レイフは気づいているのかいないのか、頬を上気させて駆け寄ってくる。


「あにうえがつくってくれた巣箱に、ことりが来てるんだよ!」

「お、おう、そうか」


 取り繕うようにわざとらしく微笑んで、ロナルド様はパッと立ち上がる。


「じゃあ、見に行ってみるか?」

「うん!」


 ロナルド様が学園を卒業して以降、実は「二週間に一度のお茶会」という取り決めはなくなった。


 というか、「二週間に一度なんて足りなさすぎる」と言い出して、その後は週末になると必ず訪れるようになったロナルド様。


「ほんとは週に一度でも足りないんだけどな。ついこの間まで、毎日会えてたってのに」


 最近のロナルド様は、会うとそんなふうに嘆いている。


 宰相補佐という役職は相当な激務らしく、更にブランディル公爵からも散々こき使われているようで、ロナルド様は毎日くたくたらしい。それでも週末になると、律儀に我が家を訪れる。


「お疲れなら、無理などせずに公爵邸でゆっくり休んでも……」


 あまりのクマのひどさにそう言ったら、いきなり手首を掴まれて引き寄せられた。


「俺はお前に会いたくて来てるのに、お前は違うのか?」

「で、でも……」

「俺は週末お前に会えることだけを励みにして、毎日親父にこき使われてんだよ。俺の幸せを奪うな」


 不貞腐れたように言ったかと思うと貪るようにキスをするから、私は何も言えなくなってしまった。






◇・◇・◇






 それからしばらくして、いよいよランヴァルド殿下とのご対面の日がやってきた。


「ガーシュ王国第二王子、ランヴァルド・ガーシュだ。右も左もわからぬ若輩者だが、半年間よろしく頼むよ」


 にこやかに微笑むランヴァルド殿下は、陽の光を編み込んだようなまばゆいばかりの金髪に魅惑的な琥珀色の瞳を持つ、華やかな印象の王子だった。


 この日ランヴァルド殿下の初登校に同行していた黒髪のエルランド殿下と並ぶと、まさに「陽」と「陰」。あるいは「光」と「闇」といった趣がある。


 ついでに、多分私の顔見たさに無理やりエルランド殿下についてきたと思われるロナルド様とランヴァルド殿下とを見比べると、「月」と「太陽」といったところだろうか。もちろん、私は冴え冴えとした月の光のほうが、好きだけど。


「三人とも、ランヴァルド殿下がこの学園でつつがなく過ごせるよう、しっかりとサポートしてくれ」


 今回の留学については、エルランド殿下がメインになって取り仕切っているらしい。卒業して初の本格的な公務だからか、「エルもなんだか張り切っているみたい」とミュリエル様がこっそり教えてくれた。


 初顔合わせを終え、ランヴァルド殿下はそのまま学園の授業を見学することになった。今日一日は、エルランド殿下とその側近の方々がランヴァルド殿下に対応してくれるらしい。最低限必要な約束事を説明したり、学園内を案内したりするんだとか。


 ひとまず錚々たるメンバーから解放され、ホッと胸をなでおろした瞬間、不意に袖の辺りを掴まれる。


「カレン」

「……え? あ、ロナルド様」

「昼になったら、教室に迎えに行くから。待ってろ」

「え? あの、仕事は……?」

「俺が何のために無理言ってわざわざエルランドについてきたと思ってんだよ」

「でも、仕事……」

「いいんだよ。ちゃんとエルの許可も取ってんだから」


 それだけ言い残して、さっさと殿下たちの集団に戻っていくロナルド様。


「……あらあら、べた惚れね」


 ふふ、とミュリエル様が茶化すように笑う。


「ほんとにねー」


 ステファン様もニヤニヤしている。


「二人とも、やめてくださいよ……」

「『王国一のクズ男』がこうも豹変するとは思わなかったわ」

「意外に愛が重い人だったんだね」


 教室に戻るまで、面白がる二人にずっと揶揄われ続けていた私だったけれど。



 この直後、思いもよらない大騒動が勃発することをまだ知る由もなかった。










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