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13 立つ鳥跡を濁さず

「俺にはもうカレンだけだってお前が信じてくれるまで、嫌ってほど誠意を見せ続けるから覚悟しとけ」


 などと宣言したロナルド様の行動は、見事に一変した。


 朝は家まで迎えに来てくれるし、帰りも当然送ってくれるし、お昼時になると必ず教室まで迎えに来てくれて、一緒にランチを食べる。なんなら、教室移動のときにはわざわざ私の教室の前を通って、顔を見に来る。


「君子豹変とは、このことよね」

「まったくだ」


 自分たちの目論見通りになったとほくそ笑み、ミュリエル様とエルランド殿下はだいぶご満悦である。なんせ、あれだけ女遊びの激しかった宰相家の令息が王命の婚約によって一途な愛に目覚め、不埒な関係をすべて断ち切って婚約者を溺愛するようになったのだから。


 いきなり溺愛されるようになった身としては、まだまだこの状況に慣れないのだけど。いや、慣れないよね、すぐには。こっちがあたふたしてしまう。


「僕の存在が、いいきっかけになったみたいだよね」


 グループ学習で一緒の班になったステファン様には、あの日ロナルド様に連れ去られたあと何があったのかざっくりとは伝えてあった。私が一向に戻ってこないことを、だいぶ心配してくれていたらしいから。


 でも不思議なことに、自分の存在がロナルド様を焚きつけたと知って、なぜかステファン様は上機嫌になっていた。理由は、よくわからない。


 ミュリエル様は「ステファン様ってほんとに食えない人よねえ」などと言って、いまだに訝しげな目を向けている。ロナルド様は今でもちょっと面白くないみたいだけど、ただのクラスメイトだからとしつこく説明したらなんとか納得してくれた。でも気がつくと、事あるごとに睨みつけているから困ったものである。



 二週間に一度のお茶会もそのまま続いているけど、ロナルド様が毎日学園の送り迎えをしてくれるようになったこともあって、レイフは大喜びである。遊ぼう遊ぼうとせがまれるとロナルド様も断れないらしく、かなりの頻度でレイフの相手をしてくれる。


「無理しなくてもいいんですよ? ロナルド様だって、お忙しいでしょう?」

「レイフと遊ぶくらいの時間はあるし、俺がレイフと遊んでるとカレンもうれしいだろ?」

「え? ええ、まあ」

「カレンを喜ばせることが、俺にとっては最優先なんだよ」


 そう言って、ロナルド様は当たり前のようにこめかみにちゅ、とキスをする。



 ……は、は、恥ずかしい……!!



 あれ以降、ロナルド様のスキンシップが確実に増えた。


 学園とか、人前では多少控えてくれるけど、それでもだいぶ距離が近い。さすが、女性の扱いには慣れていらっしゃるのねとちょっと冷めた目で見返したら、慌てた様子でこう言った。


「た、確かに、そういうことに慣れているところはある。それは、否定しない」

「……ですよね」

「でもその、全然意味合いが違うんだよ。今まではなんていうか、息を吸うように女性に触れてはいたけどそこに特別な感情はなかった。まあ、関係を盛り上げるための一種の演出とでもいうか」

「演出」

「でもカレンは違う。触れたくて触れたくてたまらないし、今こうしてる間も引き寄せて抱きしめてキスしまくって全部俺のものにしてしまいたい」

「え」

「カレンのことばかり考えてるくらいには、お前に溺れてるんだよ」


 思い詰めたような表情をしながらも、不敵に笑うロナルド様に私が敵うわけはない。





 そんな中、私は婚約者として初めてブランディル公爵邸に招かれることとなった。


 ロナルド様の父親であり、この国の宰相でもあるブランディル公爵とは、婚約が決まった際に王城へ出向いて顔を合わせている。でもロナルド様は当初この婚約に反発していたし、そもそも家族との関係が希薄なこともあって、公爵夫人や妹であるアイリーン様と顔を合わせる機会はこれまでまったくなかったのだ。


 広大な敷地にそびえ立つ絢爛豪華な公爵邸に恐れおののき、緊張と気後れでガチガチになりながら屋敷の中へと向かうと、玄関ホールでロナルド様が待っていた。


「カレン!」


 自宅だからかいつもより少しラフな格好をしたロナルド様が、満面の笑みで出迎えてくれる。


「よく来たな。……って、緊張してんのか?」

「そりゃ、しますよ。天下の公爵家ですよ? デカいし広いし豪華だし……」

「でもお前だっていずれはここに住むんだぞ?」

「それは、そうなんですけど……」

「大丈夫だよ。今日は母上とアイリーンしかいないから」

「え、そうなのですか?」

「ああ。親父は急に王城から呼び出しがあって出かけたよ。でもまあ、そもそも今日お前を呼んだのは母上なんだけどな」

「え」


 それってもしかして、姑が嫁の力量を見極めるいわゆる面接試験的な……?


 と、ビクビクしながら裁きのときを待っていたのだけど、実際は全然違った。


「今日は、よく来てくれましたね」


 公爵夫人はたおやかな笑みを浮かべながら応接室に入ってきて、ソファの向かい側にゆっくりと座った。


 アイリーン様と思しき見目麗しい少女も、何やら硬い表情で公爵夫人のすぐ隣に座る。アイリーン様はロナルド様の五つ年下だから、ロナルド様の卒業と入れ替わりで学園に入学することになる。


「ご挨拶が遅くなってしまって、ごめんなさいね」

「い、いえ、こちらこそ……」

「まずは、ロナルド様との婚約を受け入れてくれたこと、心よりお礼申し上げます」


 そう言って公爵夫人が深々と頭を下げるから、私もロナルド様もぎょっとして慌てふためく。


「そんな、あ、頭を上げてください!」

「そうですよ、母上! 何をしてらっしゃるのですか……!」


 義理とはいえ、息子のことを「ロナルド様」と公爵夫人が呼んだこと、そのロナルド様も母親である夫人に対してはっきりと敬語を使っていることに気づいて、私はなんだか居たたまれない気持ちになる。


 それはまさに、長い間この親子の間に横たわってきた溝が、どれほど深いかを物語るものだから。


「これまでのロナルド様に関する醜聞の数々、カレン様も当然お聞き及びのことと思います。陛下と旦那様が苦肉の策で王命による婚約を考えついたときには、私もどうなることかと案じておりました。でもあなたのおかげで、ロナルド様は人を愛するということを知ってくれたようです」

「そ、そんなことは……」

「母として、本当に感謝の言葉もありません。これからも末永く、ロナルド様のことをよろしくお願いいたします」


 公爵夫人はそう言って、もう一度深々と頭を下げる。


 きっと、この家に嫁いできてからずっと、この人はロナルド様のことを心から案じてきたのだろう。実母を亡くしていろいろ拗らせてしまったロナルド様には、なかなか伝わらなかっただけで。


 夫人の言葉を聞いて、ロナルド様も珍しく神妙な顔をしている。何かしら、心に残るものがあったのだろう。


 実際、このあと少しずつではあるけれど、公爵夫人とロナルド様との関係は様変わりしていくことになる。


 そして、もう一人。


「ねえ」


 帰り際、公爵夫人とロナルド様が同時に席を外した一瞬の隙をついて、それまで借りてきた猫のように大人しくしていた伏兵のアイリーン様が口を開いた。


「あなた、本当にいいの?」

「はい?」

「お兄様の噂は知っているんでしょう? そんな人と婚約だなんて、本当にいいの? お兄様の浮気性は有名なのよ? あなたのことなんか放っておいて、外に何人もの愛人を作ることだって……」


 もしこの場にロナルド様がいたら、すごい勢いで全否定するんだろうなと思った。その様子が想像できてつい吹き出してしまったら、アイリーン様は不愉快そうに眉根を寄せる。


「笑い事じゃないのよ? わかってるの?」

「わかってますよ。ご心配いただき、ありがとうございます」

「別に、心配しているわけじゃ……」

「ロナルド様が本当に心を入れ替えて、この先もずっと誠実に接し続けてくれるのかどうか、私にもわかりません。もしかしたら、どこかで気持ちが変わってしまうことがあるかもしれませんし」

「だったら……」

「それでも私、ロナルド様の言葉を信じてみようと思うんです。信じてみたいと思うくらいには、ロナルド様のことをお慕いしておりますので」

「……カレン!」


 戻ってきたロナルド様が感極まった顔で近づいてきて、有無を言わさず私を抱きしめて「そういうことは俺の前で言えよ」とか「お前が可愛すぎてどうにかなりそうなんだけど」とか言って収拾がつかなくなって、アイリーン様はロナルド様の激変ぶりに唖然としていた。というか、多分ちょっと引いていた。



 その後、ブランディル公爵家と我がルイネ伯爵家は家族ぐるみのつきあいを始めるようになり、学園の長期休暇の時期には幼いレイフを連れてブランディル公爵領を頻繁に訪れるようになる。





 そうして、秋が過ぎ冬が来て、春の足音が聞こえてくる頃、ロナルド様とエルランド殿下は無事に学園を卒業した。


 殿下はこれから本格的な公務に勤しむことになり、ロナルド様も宰相補佐として王城に上がることが決まっている。


「俺がいなくなっても、ほかの男なんかに目移りするなよ?」

「そんなこと、心配しなくても」

「……お前は自分の魅力を全然わかってねえな」


 はあ、と大きくため息をついて、ロナルド様はむすりと浮かない顔つきになる。


「この半年、俺がどれだけの羽虫を追い払ってきたと思ってんだ?」

「羽虫?」

「お前がどんどん可愛くなるから、色目を使ってくる迷惑な羽虫がうじゃうじゃ湧いてきて鬱陶しかったんだぞ」

「え?」

「お前を誰の目にも触れないところに閉じ込めてしまえたら、どんなにいいか……」


 物騒なことをつぶやきながらまた一つ大きなため息をつくロナルド様に、ちょっと苦笑してしまう。


「大丈夫ですよ。目移りする暇なんかないくらい、私はロナルド様に夢中ですから」

「……お前はほんとにさ」


 甘い熱を孕んだ声が、ねだるように耳元でささやく。


「可愛すぎてたまんねえわ」


 熟れたラズベリーレッドの瞳がぞくりとするほど妖しく瞬いたかと思うと、あっという間に私の唇は奪われていた。




 









最終話っぽい雰囲気になってますが、まだまだ続きます!

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