11 後悔先に立たず②(sideロナルド)
あれだけ気合を入れて準備したにもかかわらず、パーティーでは思いもよらないことが起きてしまう。
いや、これはもう、今まで好き勝手やってきた俺自身のせいだ。自業自得だ。でもだからこそ、俺はずっと激しい後悔に苛まれている。
パーティーの最中、俺がちょっと目を離した隙に、カレンは俺の遊び相手の一人だったリースベットに因縁をつけられていた。
カレンに心を奪われ、エルランドにダメ出しを食らってから、俺はそれまでつきあいのあった女性たちとの関係をすべて断ち切っていた。ほかの女たちなんかもう目に入らないほどに、カレンがほしくてほしくてたまらなかったから。
でも、リースベットは俺との関係が切れることに納得していなかったらしい。だからカレンに突撃し、直接言いがかりをつけていたのだ。
騒ぎに気づいて駆けつけたとき、カレンはリースベットにこう切り返した。
「私がロナルド様に愛されることはありませんし、それを望むこともありません」
……愕然とした。
俺に愛されることはないし、それを望んでもいないだと? なんで勝手に決めつけてんだよ。俺はもう、カレンが好きで好きでたまらないのに。なんでそうなる?
自分の気持ちがカレンに一ミリも届いていないことが、歯がゆくてもどかしくて、そして腹立たしい。
その直後、今度は関係を切ったはずのユリア・シェルマン伯爵夫人にも突撃される羽目になる。数年前に卒業している未亡人が、まさかパーティーのどさくさに紛れて学園内に現れるとは誰も思わない。ユリアは俺との関係を維持しようとしてあけすけな誘い文句で俺に媚びを売り、カレンを挑発した。
ユリアとの関係が切れる前から、俺は前シェルマン伯爵夫妻がユリアのことを調べていたのを知っていた。子どももいないのになぜ嫁であるユリアを実家に帰さなかったかと言えば、彼らはユリアと実家の折り合いが悪いことを知っていたからだ。息子を看取ってくれたユリアに恩義を感じて、そのまま伯爵邸に留まることを許してくれた義理堅い義父母を裏切ったユリアの行く末がどうなろうが、知ったこっちゃない。
ただ、ユリアを追い払ったあとカレンが泣いていることに気づいて、俺は打ちのめされてしまう。
……全部、俺のせいだ。
これまで数多くの女性と浮名を流し、無責任に遊び歩いてきたツケがとうとう回ってきたのだ。
俺がいい加減な気持ちでたくさんの女性と関係を持ってきたせいで、誰よりも大事なカレンを傷つけることになってしまうとは。カレンが不当に貶められ、無駄な挑発を受けることになったのは、軽率で浅はかだった俺のせいだ。
そんな俺がどんなにカレンを好きでも、それをほのめかしても、まったく信用してもらえないのは当然のことだった。これまでの素行が悪すぎて、俺が何を言っても本気にされないし信じてももらえない。カレンは俺に愛されているだなんて、夢にも思っていないだろう。
自責感と罪悪感で合わせる顔がなかった俺は、パーティーのあとしばらくカレンを避けていた。
そして昨日、帰り際に俺たちのところに立ち寄ったミュリエルからとんでもない話を聞かされる。
「ロナルド様。このままだと、別の男に盗られちゃうかもしれないけどいいんですか?」
「は? 何が?」
「最近、妙にカレンと距離の近い令息がいるんですけど」
「なんだって!?」
「向こうがどう思ってるのかはわからないけど、カレンのほうはだいぶ心を許してるみたいで――」
ミュリエルが全部言い終わらないうちに、俺は走り出していた。
そうして図書室でカレンを見つけて、知らない令息に何か褒められて頬を赤らめているのを見た瞬間、俺の中で何かがブチっと切れた。
嫉妬と怒り、気持ちが届かない悔しさと激しい後悔でぐちゃぐちゃになった俺は、心にもない暴言を吐いてカレンを傷つけた。
そうして、今に至る。
「はあ……」
「ほんと、鬱陶しいな」
エルランドは読みかけの本をぱたりと閉じて、俺のほうに体を向ける。
「だから言ったよな? そんなことばかりしてたら、いつか後悔することになるぞって」
「……確かに、言ってたな」
「俺のありがたい忠告に聞く耳を持たなかったお前が悪い」
「そんなことはわかってるよ」
「いや、お前はなんにもわかってない」
エルランドは不意に真剣な顔つきになって、真っすぐに俺を見据える。
「お前がここでぐずぐずとくすぶってたって、何も解決しないんだよ。カレン嬢の気持ちを考えてみろ。昨日のお前の暴言のせいで、理不尽に責め立てられたカレン嬢は今頃ずたボロで泣いているだろうよ」
「……うるさいな」
「いいか? 態度や行動で察してくれなんていうのは、横暴で傲慢な愚か者の戯れ言でしかないんだよ。本気で手に入れたいと思うなら、いい加減覚悟しろ」
「……覚悟? 何をだよ」
「お前の人生を賭けて、信用を取り戻す覚悟だ。心と言葉を尽くして誠意を見せ続ける覚悟だよ」
エルランドの言葉は、痛いくらいにずしりと響く。
ようやく目が覚めたような気さえして、俺はすぐさま立ち上がる。
「……やっぱり、行ってくるわ」
「おう」
口元をほころばせた幼馴染は、「健闘を祈る」とだけ言って、もう一度本を開いた。
◆・◆・◆
ルイネ伯爵邸に到着した俺は、ひとまず応接室でカレンを待つことになった。
廊下を歩く途中、俺が来たと聞きつけたレイフがとことこと駆けてくる。
「あにうえ!」
「おう、レイフ」
遊んでほしそうな無邪気な目をしながらも、その表情は少し暗い。
「あのね、今日あねうえはがくえんをお休みしたんだよ」
誰に話を聞いたのかは知らないが、レイフなりに姉を案じているらしい。俺のせいだとは、とても言えない。
「なんかね、すごくかなしいことがあったんだって。昨日かえってきたときも、すごく泣いてたんだって」
「……そうか」
「ごはんも食べてないんだよ。でも庭師のハンスが、今日はそっとしておいてあげましょうって」
ぎゅうっと、心臓を鷲掴みにされる。
罪悪感と自責感と激しい後悔と愛おしさで、なんだか俺のほうが泣きたくなってきた。
「……あ、あねうえ!」
レイフの声で、廊下の向こうに姿を現したカレンに気づく。
「ロ、ロナルド様……」
遠目でもわかる、泣き過ぎて腫れたまぶた。生気を失った蒼白い顔。弱々しい声。
たまらなくなった俺は駆け寄って、カレンを抱きしめていた。
次回はカレン視点に戻ります。
ロナルドが本領を発揮し始めます……?