表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/27

9.空を駆けるライフ


 窓の外を見ると、そこには杖に乗って空中に浮遊するルミア先生の姿があった。


「……先生、なんでそんなところにいるんです? 俺の部屋、二階なんですけど」


「街の見回りをしていたんです。ちょうど近くを通りかかったら、馬鹿でかい声が聞こえてきまして」


 先生は杖の柄を掴んだまま、左右に揺れる。ものすごい笑顔だった。

 ……聞かれていたのか。恥ずかしい。


「ところでその杖、なんで浮いてるんです? それも風魔術ですか?」

「いえ、これはこの杖の力です」


 そう言うと、彼女は窓から俺の部屋に入ってくる。

 そして杖から降り立つと、それを俺に見せてきた。


 ……年季は入っているが、立派な杖だ。

 よく見ると、無数の文字が彫られている。全然読めないが。


「古代エルフ語で、周囲の風を操る力が込められています。それで浮かんでいられるんですよ」


 ルミア先生は嬉々として言う。その様子は、どこか子どもっぽい印象を受ける。


「それで、ライフ君はさっきから何を悩んでいるんです?」


「ええ、小説の執筆が進まないんですよ」

「またそれですか。よくわかりませんが、ライフ君も好きですねぇ」


 再びため息まじりに言うと、ルミア先生は呆れ顔をした。

 ……この世界の人々には、なぜか小説の良さがわかってもらえない。


 小説が俺にとって、どれだけ大切か……それを熱く語る手もあったが、百聞は一見にしかず。俺は書きかけの小説を先生に差し出した。


「……せっかくですし、読んでみてくださいよ」

「えー、文字を読むのは苦手なのに……ちょっとだけですよ」


 あからさまに嫌な顔をしたあと、先生は羊皮紙を受け取る。それからその大きな瞳で、文字を追い始めた。


「どうですか? 俺なりに、色々勉強して書いたつもりですが」

「……」


「……先生?」


 たいした期待もせずに声をかけるも、羊皮紙を見るルミア先生の目は輝いていた。

 ……これは、がっつり読んでいる。というか、明らかに楽しんでいる。


「あの、先生?」

「ちょっと黙っていてください。今、いいところなんですから」

「あ、はい……」


 立ったまま小説を読みふけるルミア先生を放置して、俺はベッドに腰を下ろす。

 こうなったら、彼女が読み終わるまで待つしかない。


「……これ、続きはないんですか」


 しばらくして、先生は羊皮紙から目を上げてそう言った。


「その続きを書くのが大変なんですよ。それこそ、紙を生み出す魔術とかありませんか?」


「紙を……? 知りませんね。地の魔術で粘土板を生み出して、そこに刻んだ文字を火の魔術で焼き付ける方法もありますが……」


 一瞬、その手があったかとも思ったが……仮に100ページの長編小説を粘土板に書き記した場合、どれだけの重さになるかわからない。少なくとも、運ぶのに荷馬車は必須だ。


 ……まぁ、火の魔術が使えない俺には関係のない話か。


「……それにしても、いいものを読ませてもらいました。何かお礼がしたいですね」


 俺に羊皮紙を返しながら、ルミア先生は上機嫌で言う。


「お礼と言われても……」


 俺は視線を泳がせる。すると、彼女の隣で直立したまま、空中に浮き続ける杖が目についた。


「じゃあ、俺をこの杖の後ろに乗せて、空を飛んでくれませんか」

「え?」


「小説の次の場面のヒントになるかもしれないんですよ。お願いします」

「そういえば、風の魔術師が出てきていましたね……わかりました。いいですよ」


 先生は一瞬考えるような仕草をしたあと、杖に腰を下ろす。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 彼女の横にスペースを見つけ、俺は腰を落ち着ける。

 ……その直後、杖は俺たちを乗せたまま、窓から飛び出した。


「おおお、すげぇ」


 元の世界でジップラインに乗ったことがあるが、スピード感や浮遊感はあれに近い。


 杖がぐんぐん上昇していく中、全身に風を感じる。そして眼下を見ると、そこにはファンタジー感溢れる建物や広大な畑が広がっていた。これは感動するなというほうが無理だ。


「え、ルミア先生と……ライフ!?」

「なんであいつ、ルミアさんと一緒に空飛んでるんだ?」


「いいなぁ。わたしも乗せてもらったことないよ」


 その時、地上から声がした。見ると、シェリアとヨハンが羨ましそうな視線を俺に向けている。


 せっかくだし、手でも振ってやろうとしたその時、杖が急に方向転換した。


「おわぁ!?」


 俺はその動きについていけず、杖から振り落とされた。


「あ、しまった」


 どこか間の抜けたような声のあと、頭上のルミア先生が高速で動く。

 彼女は一瞬で俺の真下へと移動すると、風のクッションを生み出して受け止めてくれた。


「……大丈夫ですか」

「また死ぬかと思いました」


「混乱しているのはわかりますが、落ち着いてください。ほい」


 ルミア先生は呆れ顔のまま、俺を再び杖に乗せてくれた。


「私とこの杖は一心同体なので、振り落とされることなんてありませんが……ライフ君はそうはいかないみたいですね。今度は振り落とされないよう、しっかり掴まってください」


「は、はい」


 俺は冷や汗を拭ったあと、ルミア先生の腰に手を回す。


「……ちょっと、どこ触っているんですか」


 すると、ルミア先生がジト目で睨んできた。

 ……俺なんかやっちゃいましたか?


「私ではなく、杖を掴んでください。レディの体に触れるなんて、もってのほかです」

「す、すみません」


 俺は謝ってから、杖の柄をしっかりと握る。今度は落ちませんように。


 ……その後はルミア先生も考えてくれたのか、先ほどより若干スピードが落ちた気がした。

 それでも空を飛ぶ爽快感に変わりはなく、俺はひとときの空の旅を楽しんだのだった。


 ◇


 ……やがて楽しい時間は終りを迎え、杖は俺の家の前に着陸した。


「少しは小説の参考になりましたか?」

「ええ、すっごく」


「それはよかったです。執筆、頑張ってください。そして完成したら、また見せてくださいね」


 地面に降り立った俺に、ルミア先生はわずかに声を弾ませながら言った。

 この人、明らかに俺の小説のファンになってくれている。やったぜ。


 内心喜びを爆発させながら、俺は去っていく先生を見送る。


「あ、ルミア先生!」

「……はい?」


 その背を見ていて、あることを思い出した。俺は慌てて彼女を呼び止める。


「昼からの授業なんですが、無詠唱魔術を教えてください!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ