7.初戦闘
「……聖なる矢よ、我が手に力を宿し、全てを浄化せしめん。ホーリーアロー!」
俺が呪文を唱えると、杖の先から光の矢が現れ、空の彼方へと飛び去っていった。
「……初級魔術とはいえ、一度呪文を教えただけで習得されてしまうと、私としても自信がなくなってしまうのですが」
その様子を見て、ルミア先生は呆れ顔をしていた。
そう言われても、使えてしまうものは仕方がない。本来はもっと苦労するものなのか?
「光の矢を飛ばすだけの単純な魔術ですが、鍛えれば鍛えるほど飛距離と矢の数が増えます。鍛錬を怠らないように」
「先生、魔術の鍛錬ってどうやるんですか?」
「ライフ君の場合は魔力があるので、同じ魔術を繰り返し使うことで感覚を研ぎ澄ますことができるでしょう」
気になったので尋ねてみると、そんな言葉が返ってきた。
……なるほど。要するに使い慣れろってことか。
なんとなく理解した俺は、もう一度ホーリーアローを発動する。
……今度は光の矢が二本に増えた。
「だから、なんですぐに習得しちゃうんですかもー!」
なんかルミア先生の叫び声が聞こえたが、ここは気にしないことにしよう。
ホーリーアローは動きが直線的だが、狙った場所に飛んでいく。
上下の動きに弱いウィンドカッターや、放物線のような軌道を描くストーンブラストに比べ、圧倒的に扱いやすい。
消費魔力は大きいと言われたが、主力にするなら圧倒的に光魔術だな。
その後もルミア先生の指導のもと、いくつか光属性魔術を試してみたが……俺は補助魔術と回復魔術の才能はからっきしだった。
「くそっ、ライフの回復魔術でライフを回復! とかやりたかったんだけどな」
「意味のわからないことを言わないでください。少し休憩にしましょう」
そう言うと、ルミア先生はどこかへと出かけていった。
心なしか、俺たちよりも彼女のほうが疲れているような気がした。
残された俺とシェリアはその場で腰を下ろし、他愛のない話をする。
「それにしても、ライフはすごいよ。魔術、昨日習い始めたばかりなんだよね?」
「そうだけど……シェリアだってすごいぞ。俺は攻撃魔術以外からっきしだし。ゆくゆく聖女とかなれるんじゃないか」
「せ、せーじょ!? な、なれないよっ。わたしには無理」
シェリアに褒められるのが妙にくすぐったい気がして、そう切り返すも……彼女は顔を真っ赤にして、わたわたと両手を振って否定した。どこまでも可愛いんだけど。
「それに、聖女は洗礼で選ばれるんだよ? わたしには縁のないことだから」
はにかむように笑って、シェリアはそう続ける。
洗礼の儀式があるのは15歳になってからだし、まだまだ先の話だ。
ちなみにシェリアの魔術は回復魔術がメインだが、防御障壁を発生させる補助魔術も使えるらしい。攻撃一辺倒の俺とは正反対だった。
……それからは会話が途切れ、俺は前方の空を見る。
すると、明らかに異質なものが目に飛び込んできた。
それは鳥より遥かに大きく、巨大な生き物だった。
時折、背中の翼を羽ばたかせて、こちらに向かってくる。
「……ねぇライフ、あれ何かな」
シェリアもその存在に気づいたようで、空を見ながら立ち上がる。
「……ガーゴイルだ」
その正体に気づき、俺は小さな声で言う。
……以前、ベールから聞いたことがある。
背中に巨大な翼を持ち、硬い鱗と鋭い爪が特徴的な、強力な魔物だ。
普段は街から離れた森の中に生息していて、人里に出てくることはない。
そんな奴が、どうしてここに。
「う、そ……ライフ、逃げよう!」
シェリアもガーゴイルの存在は知っているのだろう。青ざめた顔で、俺の服を引っ張る。
けれど、ガーゴイルはすでに俺たちの存在に気づいている。
子どもの足で走ったところで、空を飛ぶ相手から逃げ切れるとは到底思えなかった。
「……俺が足止めするから、シェリアは逃げてくれ」
そう口にしながら、俺は杖を構えるも……背後のシェリアは恐怖のためか、一歩も動かなかった。
……こうなったら、俺がなんとかするしかない。
大きく息を吸い込むと、そのまま呪文詠唱を行う。
「……聖なる矢よ、我が手に力を宿し、全てを浄化せしめん。ホーリーアロー!」
一直線にこちらに向かってくるガーゴイルに向けて、光の矢を二発動時に放つ。
……くそ、外れた。
もう一度撃ち放とうとするも、呪文詠唱が間に合わない。
「うおおおおっ!」
俺は呪文詠唱を中断。シェリアを押し倒すように地面に伏せる。直後、鋭い爪が俺の右肩をかすった。
驚愕の表情で固まるシェリアの無事を確認したあと、俺はすぐさま上空に視線を送る。
ガーゴイルは急旋回して、再びこっちに向かってきていた。
俺は地面に座り込んだままのシェリアを守るように立ち、杖を構える。
「……ホーリーアロー!」
奴の動きを先読みして、そこに向けて光の矢を放つ。
今度は命中したものの、大したダメージは与えられていない。むしろ怒らせてしまった気さえする。
「聖なる矢よ、我が手に……」
再度呪文を唱えるも、奴のほうが早い。くそっ、ここに来て、呪文詠唱をわずらわしく感じるとは。
攻撃を避けようにも、俺がどいたらシェリアが危ない。どうすれば。
「―― 貫け、ホーリーランス!」
……次の瞬間、眼前に迫っていたガーゴイルが、巨大な槍に翼を貫かれて横に吹っ飛んでいった。
「……二人とも、大丈夫ですか」
「ルミア先生!?」
俺とシェリアは声を重ねる。
「……まさか、お手洗いに行っているスキに魔物が襲ってくるなんて思いませんでした。よく耐えましたね」
先生は杖を構えたまま、地面に転がったガーゴイルを睨みつける。
奴はもがいているものの、その翼には大穴が空いていて、飛べそうにない。
「まったく。私の生徒たちを襲うとは、いい度胸ですね。ウィンドブレード!」
続いて怒りを抑えたような口調で言い、ルミア先生は杖を振り下ろす。
その動きに合わせるように上空から巨大な風の刃が振り下ろされ、ガーゴイルを一刀両断する。
この一撃はさすがに効いたようで、奴は地面に突っ伏し、動かなくなった。
「……もう大丈夫ですよ」
ルミア先生がそう口にすると、それまで呆けたようになっていたシェリアがはっと我に返り、先生に抱きついた。
「せ、先生っ……」
そして、その腕の中で泣きじゃくる。
突然魔物に襲われたのだし、本来なら俺もあんなふうに怖がるべきなのだろうが……どこか冷静な自分がいた。
それに、さっきのルミア先生の魔術……呪文詠唱してなかったよな。この人、無詠唱魔術が使えるのか。
「こ、これは……何事だ?」
そんなことを考えていた矢先、背後から声がした。
見ると、そこには俺の両親が驚きの表情で立っていた。