6.シェリアの回復魔術
「うおおお、体が重いっ……」
さんざん魔術練習をした翌朝。俺はベッドの上でのたうち回っていた。
何度か起きようとしたのだが、そのたびに全身に鈍い痛みが走って無理だった。まるでひどい筋肉痛のようだ。
「……昨日の疲れが出たのかしらねぇ」
朝食の時間になって俺を起こしに来たカミラ母さんが、首をかしげる。
たぶん魔力の使いすぎとかそんな理由だと思うが、魔術に関してはグランフォード家の人間は素人だ。
とりあえずルミア先生を呼んでもらうことにして、彼女がやってくるまで、俺は二度寝を決め込む。
くそっ……初めて使う魔術に興奮し、羽目を外しすぎた結果がこれだ。大人げない……。
いや、体は10歳の子どもだから、まだギリセーフなのか……?
そんなよくわからない自問自答をしつつ、俺の意識は遠のいていった。
「……ねぇライフ、大丈夫ー?」
「昨日、調子に乗って魔力を使いすぎたんですね。ぷくく」
どのくらい時間が経ったかわからないが、そんな声がして俺は目を開ける。
そこにはルミア先生と……なぜかシェリアの姿があった。
「話は聞きました。それは魔力痛ですね」
澄まし顔でルミア先生は言う。この筋肉痛みたいな症状がそうなのか。
「魔術を何度も使っていれば、そのうち起こらなくなります。シェリアさんもそうでした」
「うん……わたしも初めて魔術を使った次の日は、半日ベッドから動けなかったよ」
ウェーブのかかった赤髪をいじりながら、どこか恥ずかしそうにシェリアは言う。
「そうなんだな……ところで、なんでシェリアも一緒に? お見舞いに来てくれたのか?」
「いえ、今日はシェリアと一緒に、光魔術の授業をしようと思ったのですが……状況が状況ですし、また明日にしましょうか?」
「いや、頑張ります」
俺はそう言って、ベッドから体を起こす。
少し休んでいたのもあって、痛みも多少マシになっている気がした。
「ライフ、そこまでするんだ。すごいやる気」
「リアリティのある小説を書くため、一日も無駄にしたくないしさ」
「もしかして、わたしが言ったこと、ずっと気にしてるの? 無茶はしないでね」
とたんに心配顔になるシェリアにうなずいて、俺は身支度をする。
光魔術といえば、闇に対抗する属性の代表格だ。小説執筆にも大いに役立つこと間違いないし、これを習わない手はない。
準備を整えた俺は、用意されていた朝食のパンをヤギのミルクで流し込むと、ルミア先生やシェリアとともに、街はずれの空き地へと向かった。
「それでは、本日の授業を始めます」
凛とした表情のルミア先生の前にシェリアと並び立ち、一礼する。
ちなみに、シェリアの持つ杖は先端に青色の宝石がはめ込まれていた。
俺のものと似ているし、練習用の杖なのかもしれない。
「光属性の魔術にはいくつかの種類がありますが、シェリアさん、覚えていますか?」
「はい。攻撃魔術と回復魔術、それと補助魔術です」
「……正解です。よく覚えていますね」
よどみなく答えたあと、ルミア先生に褒められたシェリアは安堵の表情を浮かべていた。
「攻撃魔術はその名の通り、相手を攻撃する魔術です。回復魔術は傷の治療や解毒など、実生活で活用できる場面も多いですが、消費魔力が大きいのが欠点です。補助魔術は……」
そんな感じに、ルミア先生の講義が続く。
幸いなことにこの体は記憶力がよく、一度聞いたことは一発で覚えられる。
それが異世界転生によって授かったチートスキルなのか、ライフが生まれ持った才能なのかはわからなかったが、メモすら取れないこの世界では、大いに役立っていた。
「……ライフ君、見たところ傷だらけですし、まずは回復魔術を見せてあげましょう」
そんなことを考えていた矢先、ルミア先生が俺の全身を見ながら言った。
言われてみれば、俺の手足は傷だらけだった。
間違いなく、昨日できたものだろう。魔術の訓練に夢中になりすぎていたし。
「あの、先生、わたしが回復魔術を使ってみてもいいですか」
その時、シェリアがおずおずと挙手した。
「いいですよ。シェリアさんの回復魔術も、だいぶ安定してきましたから」
「ありがとうございます! じゃあライフ、服を脱いで」
「え、服を!?」
続いた言葉に、俺は反射的にズボンを抑えた。
「あっ、上だけ。上だけね。肌に直接触れたほうが、回復魔術の効きが良いの」
シェリアは顔を赤くしながら言って、杖を左手に持ち替えた。
手を握るとかじゃダメなのかな……なんて考えつつ、俺は二人の前でシャツを脱ぐ。
……なんか、無性に恥ずかしい。
それでも、回復魔術は小説では鉄板ネタだ。聖女やヒーラーが回復魔術を使うシーンは多々あるし。リアリティを求めるうえで、実際に体験しておくに越したことはない。
……次の瞬間、シェリアが俺の背中にそっと触れた。
彼女の手のひらのぬくもりが伝わってきて、俺は体が熱くなるのを感じた。
「ふぅーー……」
続いて、シェリアは大きく息を吐く。
その吐息がむき出しの背中や首に触れ、ゾクゾクとした謎の感覚が俺を襲う。
「我が手に宿りし生命の泉よ、痛みと苦しみを癒やし、安らぎをもたらさん……ファースト・ヒール!」
「お、おお!?」
直後に温かい光が背中を包み込み、俺の全身へと広がる。
すると手足の傷はみるみるふさがっていき、やがてきれいさっぱり消え去った。
「おおっ、すげぇ」
信じられない光景に、俺は思わず振り返ってシェリアの手を握る。
「シェリア、もう一回やってみせてくれ」
「えっ、その、えっと……」
当の本人は顔を赤らめたまま、戸惑いの表情を見せる。
だけど、ここで諦めるわけにはいかない。
回復魔術なんて俺からすれば奇跡みたいなもんだし、今度は正面からしっかり見ないと……。
「……消費魔力が大きいと言ったでしょう。怪我をしていない人に使うほど、彼女の魔力に余裕はありません」
ところが、俺たちの間にルミア先生が割って入り、ぴしゃりとそう言い放った。
「そ、そうなの。今は一日に一回から二回が限界なの。ごめんね」
「そうだったのか。俺のほうこそ、無理言ってごめん」
申し訳なさそうな顔のシェリアに、俺は頭を下げる。
こういう時はきちんと謝っておかないと。彼女は幼馴染である以上に、数少ない読者でもある。関係を悪くしたくない。
「さあ、次はライフ君の番ですよ。昨日の属性判定によると、君は攻撃魔術が得意なようですし。頑張ってもらいましょう」
ルミア先生は両手をパンパンと叩いたあと、仕切り直すように言う。
俺はうなずいて、杖を握り直したのだった。