4.魔術教師ルミア
友人たちに小説を読んでもらった日の夜。
父の書斎に魔術の教本があったことを思い出した俺は、さっそく目を通す。
……しかし、書いてある内容の半分も理解できなかった。
「この世界の言語はわかってるつもりだが、専門用語が多すぎるのか……?」
俺は首をかしげる。
それ以前に、どうして元騎士団の父の書斎に魔術の教本があるのか。
二人の母親も、魔術が使えるなんて話は聞いたことはないし。謎だった。
「お? どうしたライフ。勉強か?」
その時、ベールが書斎にやってきた。俺はどうして魔術の教本がここにあるのか、尋ねてみる。
「いやー、実は父さんも、魔術剣士に憧れた時期があってな。その時に買った本だ」
すると、そう教えてくれた。魔術剣士……俗に言う、魔法剣士のようなものだろうか。
「それって、いつくらいの頃?」
「そうだなぁ、カミラ母さんと出会った頃だから、俺が18歳の時か。思い切って半年分の給料払ったんだが……結局、俺に魔術の才能はなかった。ははは」
頭を掻きながら父は笑う。
そうなると、彼の血を思いっきり継いでいる俺にも、魔術の才能はないのかもしれない。
「ライフは魔術に興味があるのか?」
そんなことを考えながら魔術教本に視線を落としていると、ベールが訊いてくる。
「まぁ……それなりに」
「そうか。子どものうちは何でもやってみるといい。魔術の才能があれば、ショウセツカじゃなくて魔術師を目指すのもいいかもな」
「いや、魔術の才能があっても小説家を目指すことに変わりはないから」
「頑固だよなぁ、お前も」
思わず素の自分になって、そう口にする。ベールはからからと笑っていた。
それから真面目な顔になり、俺に訊いてくる。
「……本当に魔術を学ぶ気があるのなら、良い教師を知ってるぞ。声をかけてやろうか」
「お願い!」
次の瞬間、俺は即答していた。
この世界において、他者を指導できるほどの上級魔術師は希少な存在だ。
だからこそ、騎士に並んで憧れの存在となっているわけだが。
「わかった。ちょうど、ヴォハールさんとこに来てる魔術師の先生と知り合いでな。明日にでも頼んでやるから、楽しみにしとけよ」
ヴォハールというと、シェリアのところか。
「まぁ、子どもの夢は変わりやすいもんだ。あの人の魔術を見たら、次の日から『俺、魔術師になる!』とか言い出すに決まってる」
どこか楽しげに言い、ベールは書斎から去っていった。
俺の夢は小説家。それは何があっても変わらないのだが……魔術の先生が来てくれるというのなら、ありがたい話だ。
百聞は一見にしかずと言うし、楽しみにしていよう。
◇
それから数日後の朝。俺の家に一人の女性がやってきた。
どうやら彼女が、父の言っていた魔術の教師らしい。
「初めまして。サエルミアと申します。ルミアと呼んでください」
玄関先にやってきた女性は落ち着いた口調で、深々と一礼した。
その瞳は鳶色をしていて、銀髪のショートヘアは朝日を反射し、キラキラと輝いていた。
そしてその髪の左右からは、特徴的な尖った耳が覗いている。
「初めまして。ライフ・グランフォードです。今日からよろしくお願いします」
「思った以上に礼儀正しい子ですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
一瞬驚いた顔をしたあと、サエルミア―― ルミア先生は微笑む。
その見た目は女性というより少女に近く、身長も俺より少し高いくらい。
白と緑を基調としたローブ姿も、どこか幼く見える原因だろうか。
「あの、先生はエルフ族なんですか」
「そうです。よく知っていますね」
エルフ族は、かつてこの世界について学んだ時に出てきた。
主に森の中に集落を作り、魔術や弓の扱いに長けた種族だが、閉鎖的というわけではなく、彼女のように人間の生活圏で暮らす場合もあるらしい。
「ベールさんから話は聞いています。魔術を学びたいそうですね」
「そうなんです。俺、魔術に興味があって。できたら使ってみたいんです」
正直なところ、俺に魔術の素質があるかもわからないし、本物の魔術を見せてくれるだけでもいいのだが。ここは父の顔を立たせる意味も込めて、そう言っておく。
「……貴族のお坊ちゃんがどこまでできるかわかりませんが、やれるだけやってみましょうか」
「……はい?」
「なんでもありません。こっちです」
手に持っていた杖をくるくると回しながら、彼女は外へ向かって歩き出す。
……もしかしてこの人、毒舌エルフだったりするのか?
見た目は可愛いのに……なんて思いながら、俺は彼女に付き従ったのだった。
それから場所を移動し、街外れの空き地にやってきた。
「それでは授業を始める前に、ライフ君の魔力量を測ります」
ルミア先生はそう言うと、小さなガラスポットを取り出した。中には透明な液体が入っている。
「先生、それは?」
「潜在的な魔力量を調べる魔道具です。これによって、素質の有無を判断します」
言いながら、先生はポットを自分の手のひらに置く。
すると、中に溜まっていた液体が色づきはじめ、青色から紫色を経て、最終的に赤色へと変化した。
「……このように、魔力量が多いほど赤に近くなります。紫色になれば十分な魔力量があるとされ、魔術の素質があることを意味します」
もっとも、人間で紫色以上になるのは、百人に一人くらいですが……とも、先生は付け加えた。
「もし、魔術を扱えるほどの魔力がなかった場合、どうなるんですか?」
「そうですね。魔術と無縁の生活を送るか、魔道具に頼ることになります」
「ああ……」
魔道具とは、魔術の知識がなくても所持者の魔力を消費して様々な効果を発揮する道具のことだ。
確か、屋敷の中で使われているランプが魔道具の一種だった気がする。
「その魔道具の中に、インクが尽きない魔法の羽根ペンや、無限に大きくなる羊皮紙はありませんか」
「……ライフ君が何を言っているのか、よくわかりません。そんな道具、何に使うんですか」
思わず願望を吐き出してみるも、呆れ顔をされた。
小説家を目指す俺としては、夢のような道具なんだが……残念だ。
「とにかく、この道具を手のひらに乗せてください」
促されるがまま、俺はポット型の魔道具を手のひらに乗せる。
すぐさま水の色が変わりはじめ、青色から紫色を経由して赤くなり……爆発した。
「……は?」
真っ赤な液体を全身に浴びながら、俺とルミア先生は声を重ねる。
「そ、そんな。魔力量が多すぎて、この魔道具では測れなかった……!?」
バラバラになって地面に落ちた魔道具と俺の顔を交互に見ながら、先生は驚きの表情を見せる。
「……身内に魔術師はいないと言ってましたよね?」
「はい、おそらく……」
「そうなると……突然変異でしょうか。やだ、この子の魔力、私より多い……」
……なんかルミア先生、急におろおろし始めたんだけど。大丈夫かな。
「こ、こほん。ライフ君は、すごい魔力の持ち主のようですね。ですが、魔術は魔力量が大きいだけでは扱えません」
わざとらしく咳払いをしたあと、ルミア先生は六枚のカードを取り出した。今度はなんだろう。