27.謎の声
「なっ……なんだ!?」
急に光を発した宝珠を放り投げ、椅子から立ち上がる。
俺の手を離れた宝珠は光をまとったまま、空中に浮遊していた。
―― よくぞ我を倒した! そなたこそ、邪竜を倒す勇者なり!
その直後、そんな声が俺の頭の中に響く。
「あの、勇者ってどういうことですか?」
声の主の姿は見えないので、俺はとりあえず目の前に浮かぶ宝珠に話しかける。
―― そのままの意味だ! 我を倒した汝は、勇者としてふさわしい! 名をなんという!?
声の主は熱血タイプなのか、大きな声がガンガン頭に響いて、すごくやかましい。
「ライフですけど……あの俺、勇者じゃなくて小説家になりたいんですが」
―― ショウセツカ? なんだそれは!?
その口調から、前のめりになって聞いてきた気がしたので、俺は小説家とはなんたるかを熱く語ってみせる。
それはもう、実際の原稿を片手に身振り手振りを交えながら、熱烈に。
―― うーむ、よくわからんな。
「わかんないのかよっ! わかれよっ!」
けれど、謎の声はわかってくれなかった。俺は思わずツッコミを入れる。
―― まぁ、なんでもよい。我はライフ、お前を選んだ。今からお前の武器となり、ともに戦おう。
別に戦ってくれなくてもいいんだけど……なんて言葉が喉元まで出かかるも、なんとか飲み込む。俺は空気を読むタイプだ。
まぁ……この謎現象も、ゆくゆく小説のネタになってくれるかもしれないし。
「えーっと、武器ってことは、剣とか杖になってくれるんです?」
―― 形状は問わん。お前の望むものなら、どのようなものにもなれる。
「じゃあ……羽根ペンになれますか?」
俺は少し考えて、そんな言葉を口にする。
小説家にとっての武器はペン。この世界だと、羽根ペンということになる。
―― 羽根ペン、だと? 人が文字を書く時に使う、あの道具か?
「はい。インクが決して尽きることのない、書き心地最高の羽根ペンになってくれませんか。念じた時に文字を消せる機能もつけてくれたら、なお良しです」
―― わかった。ライフがそれを望むのであれば! 我は羽根ペンへと姿を変えよう!
そんな声がこだますると同時に、宝珠はより一層強烈な光を放った。
その光が収まると、俺の目の前には琥珀色の羽根ペンが浮かんでいた。
「おおお、まさか本当に羽根ペンになってくれるとは!」
俺は嬉しさをこらえつつ、空中に浮かぶ羽根ペンを手に取る。初めて触るはずなのに、手にしっかりと馴染んできた。
それから試しに羊皮紙に筆を走らせてみる。まるで高級な万年筆でも使っているかのような、見事な書き心地だった。
「すげぇ。これまで書きづらかったのが嘘みたいだ」
俺は感動のあまり、涙が出そうになる。
加えて、いくら書いてもインクが尽きることがない。これは素晴らしい。
そして俺の注文通り、一度羊皮紙に書いた文字も念じるだけで消すことができる。
これで書き損じても、羊皮紙をナイフで削る作業とは無縁になった。やったぞ。
「いや、マジで使いやすい。本当にありがとうな!」
「……うわ、羽根ペンに話しかけてる」
手元の羽根ペンに全力でお礼を言ったところで、窓の外からルミア先生が顔を覗かせていた。
「ライフ君、いいお話が書けたのもしれませんが、羽根ペンにお礼を言うのはどうかと思いますよ?」
呆れ顔で言いながら、先生はいつものように窓から俺の部屋に入ってくる。
「違うんですよ。この羽根ペンは特別で……ほら、話してくれ」
俺は声を弾ませるも、先ほどまでやかましいほどに聞こえていた声は、まったく聞こえなかった。
「……まだ迷宮探索の疲れが残っているんじゃないですか? 回復魔術、かけてあげましょうか?」
「そんなんじゃないですから! 急に優しい口調にならないでください!」
俺は叫ぶように言って、これまでの経緯をルミア先生に話して聞かせた。
「……その宝珠とやらが、羽根ペンになったのですか? そんなまさか」
先生は驚きの表情で羽根ペンに視線を送る。
「本当なんですよ。声が聞こえた時は驚きましたが、便利な道具が手に入って嬉しいです」
「便利な道具って……それは竜の宝珠ですよ。いわば竜の命そのもので、認めた人間には強大な力を授けると言われています」
ルミア先生は興奮気味に言うが、俺にとってはどうでもいいことだった。
書き心地のいい、最高の羽根ペンが手に入った。それだけで大満足だ。
「エルフ族の間で伝説と語られる宝珠を、羽根ペンにしてしまうなんて……信じらんない……」
頭を抱えるルミア先生をよそに、俺は琥珀色の羽根ペンを高々と掲げる。
こいつのおかげで、今後の執筆活動が捗ることは間違いない。
……さぁて、次はどんな物語を紡いでやろうか。
俺は胸が高鳴るのを感じながら、窓から降り注ぐ光に羽根ペンを透かす。
琥珀色のそれは、これからの明るい未来を暗示させるかのように輝いていた。
……俺の異世界小説家としての道は、まだ始まったばかりだ。
異世界小説家ライフ 第一章【少年時代編】 完
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
お話が面白かったり、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや広告下部から★を入れて応援していただけると嬉しいです!
何卒よろしくお願いします……!




