26.迷宮探索を終えて
グロームドラゴンとの戦いで満身創痍になった俺たちは、必死の思いで第五階層まで戻り……見張りの騎士たちによって地上へと助け上げられた。
地下迷宮の近くに建てられた宿泊施設で数日休み、ようやくアゼレアの街に戻ったのは……街を出発してから、実に一週間後のことだった。
当然、両親も心配していたが……事情を話すと納得し、思いっきり抱きしめてくれた。
そしてその夜は、久しぶりに家族と同じベッドで眠ることになった。
◇
その翌日、俺はルミア先生やシェリア、ヨハンとともに騎士団の宿舎へと向かった。
地下迷宮での出来事を、騎士団長のグランツさんに報告するためだ。
「……まさか、あの迷宮に未踏区域が存在していたとは」
「私たちも偶然見つけたのです。その通路の先には謎の壁画と、それを守護するかのようにグロームドラゴンがいました」
「グ、グロームドラゴンだって!?」
「伝説級の魔物が、あんなところに……!?」
ルミア先生がそう説明すると、周囲の騎士たちがざわついた。
あの地下迷宮はすでに探索し尽くされている……というのが常識のようだし、騎士たちが驚くのも無理もない。
「騎士の皆さん、安心してください。そのグロームドラゴンは、ここにいるライフ君によって討伐されました」
続く先生の言葉に、騎士たちの視線が一斉に俺に集まる。
「……ルミア殿、今、なんと申された?」
「グロームドラゴンは、ここにいるライフ君の手によって討伐されました」
目を見開いたグランツ騎士団長に、ルミア先生は同じ台詞を繰り返す。
「そんなまさか。相手はグロームドラゴンではない、別の魔物だったのではないか?」
「いいえ。私たちはその一部始終を見ています。あれは確かにグロームドラゴンでした」
「そうです。わたしも見ました!」
「俺もです!」
堂々とした先生の声に、シェリアとヨハンが続く。
それによって、再び騎士たちがざわついた。
ルミア先生ならともかく、まだ年端もいかない10歳の少年が伝説級の魔物を討伐したとなれば、それこそ前代未聞だろう。
俺自身、よく勝てたと思う。もう一度倒してみろと言われても、まったく自信はない。
「信じられないというのなら、騎士団長も隠し部屋へ足を運んでみてください。グロームドラゴンの死体が転がっているはずです」
「いや、ルミア殿の言葉を疑っているわけではないのだ。ただ……にわかには信じられぬと言うだけでな。お前たちも、静まらんか」
いまだに動揺しっぱなしの騎士たちを、グランツさんは一喝する。
「……新たに見つかった場所については、アゼレア聖騎士団が責任を持って調査を引き継ぐ。何かわかった場合、逐次ルミア殿に報告しよう。それでよろしいか」
グランツさんは一度咳払いをしたあと、そう口にした。
「ええ、それでよろしくお願いします」
先生がうなずき、報告はこれで終了となる。
それからグランツさんが立ち去ると、俺たちは騎士たちから質問攻めにされることになった。
「ライフ、お前本当にグロームドラゴンを倒したのか!? 俺は信じられないぞ!?」
「ほ、本当だって!」
俺の頭をぐしゃぐしゃに撫で回しながら言うのは、ミゲル兄さんだった。
賞賛の意味も込められているのだろうが、正直痛い。やめてほしい。
「奴を倒せたのは、俺だけの力じゃないんだ。ヨハンだって協力してくれたんだぞ!」
「おっ、そうなのか? ヨハンもありがとうな! 弟が世話になった!」
俺がそう伝えると、ミゲル兄さんはヨハンの頭も同じようにぐしゃぐしゃと撫で回した。
「い、いえっ……とんでもありません……!」
その行動が予想外だったのか、ヨハンは目を白黒させる。
憧れの人から褒められたのだし、さぞかし嬉しいのだろう……と一瞬思ったが、よく考えればヨハンは女性だ。
まさかヨハン、ミゲル兄さんに対して好意を抱いている……なんてことはないよな。
わずかに頬を染めるヨハンを見ながら、俺はなんともいえない気持ちになったのだった。
◇
それから自宅へと戻った俺は、一人机に向かっていた。
その手には、数枚の真新しい羊皮紙があった。
これは俺が地下迷宮に行っている間に、イグリア伯爵から届いた手紙だ。先日の約束通り、ベールが俺にくれたのだ。
今回は枚数に余裕があるということで、俺はその一枚をネタ帳として使うことにした。
グロームドラゴンとの戦いを忘れないよう、その外見や挙動について、細かくメモしておく。
「……ふぅ。こんなもんかな」
一気に羊皮紙の半分ほどを埋めてしまってから、俺は机から顔を上げる。
……その時、机の端に置きっぱなしになっていた宝珠が目についた。
これは先日の戦いで、グロームドラゴンの口から転がり出たものだ。
つい、持ち帰ってしまったが……これも騎士団に報告しておくべきだったかな。
今更ながらそんなことを考えつつ、宝珠を持ち上げる。
子どもの俺の手のひらにすっぽりと収まるくらいの大きさで、半透明な琥珀色をしている。
完全な球体で、よく見れば中で光がうごめいているような気もする。見れば見るほど不思議な物体だった。
これもいつか、小説のネタにしてやるかな。
……そんなことを考えていた矢先、宝珠が急に光を発した。




