25.地下迷宮 その4
次の瞬間、頭上から雷の雨が降ってきた。
「……大地の脈動よ、堅牢な盾となれ! ガイアシールド!」
俺はその攻撃を見越し、自身を包み込むようにドーム状の土の障壁を作り上げる。
無数の雷はその土壁に沿うように、地面に流れていった。
「……さすが、防いでしまうと思っていました」
雷の雨をしのぎきり、移動を再開した直後……ルミア先生がそう言って微笑む。
正直、かなりギリギリだった。この人は弟子の実力を過大評価しすぎだぞ。
やがてグロームドラゴンの巨体が目の前に迫る。それはさながら、小山のようだった。
これだけでかいと、その図体にいくら攻撃を加えたところで効果は薄いだろう。
狙うとすれば……その体を支える足だ。
「まずは足を狙って、動きを止めよう!」
「わかった!」
俺が叫ぶように指示を出すと、地面に降り立ったヨハンが反応してくれた。
「この……やろっ!」
彼はグロームドラゴンの足元へ全速力で駆け寄ると、無防備にさらされた前足に向けて、全体重を乗せて剣を突き立てた。
「ギャオォォ!」
……その直後、グロームドラゴンは苦しそうな声を上げる。
足には体を支えるため、無数の神経が通っているものだ。
人がタンスの角に足の指をぶつけて激しく痛がるように、そこを切りつけられれば相当な痛みを感じるだろう。
痛みに悶えたあと、グロームドラゴンはヨハンを踏み潰そうと前足を持ち上げる。
「……やべ」
「ヨハン!」
その動きを見て、俺は風の塊をヨハンに向けて撃ち放つ。
それはヨハンにぶつかると同時に弾け、猛烈な風を起こして彼を遠くへ吹き飛ばす。
次の瞬間、強靭な前足がさっきまでヨハンがいた場所へと振り下ろされ、地面が大きく揺れた。
「……悪い。助かった!」
ヨハンに軽く手を上げて返事をし、俺は再びストーンブラストを発動する。
左右の後ろ足を狙った岩塊は見事に命中し、グロームドラゴンの体がぐらりと揺れた。
「……やばい。皆、離れろ!」
そう叫び、俺は慌てて距離を置く。直後、奴は地響きを立てながら地面に座り込んだ。
「ライフ君、お見事です。この隙に脱出しましょう!」
それを見て、ルミア先生はシェリアとヨハンを杖に乗せて再び飛翔。出口に向かって飛んでいく。
急いでその後を追おうとするも……グロームドラゴンは俺たちを逃がすまいと、そこら中に雷撃を飛ばし始める。
「うわっ!?」
俺はとっさに土の障壁を展開して防いだものの、とても動ける状況じゃない。
「きゃああっ!?」
その時、シェリアの悲鳴が聞こえた。
反射的に視線を送ると、三人のすぐ近くの壁に落雷があり、崩れた壁が瓦礫となって降り注いでいた。
「……皆!」
張り上げた俺の声をかき消すような轟音が響き渡り、三人の姿は土煙の中に消えていった。
「う、うそだろ……!?」
急いで駆け寄ろうにも視界が悪く、まったく動けなかった。
そんな中、ゆらりと身を起こすグロームドラゴンのシルエットが見えた。
……その姿を捉えた時、怒りの感情がふつふつと湧いてくる。
「……お前、絶対許さないからな!」
俺は歯ぎしりをしつつ、奴を睨みつける。
それから左手を掲げ、手のひらに風と地の魔力を集めていく。
風属性の魔術はグロームドラゴンと相性が悪いとルミア先生は言っていたが、今から使うのは、あくまで地属性魔術の火力を底上げするためのものだ。
「くそっ……お前ら、混ざれってんだ」
頭の中には、すでに暴風の中を飛び交う無数の鋭利な岩がイメージできているのだが……本来、風と地は反発しあう属性。なかなかまとまってくれない。
「言うこと聞けっ……このやろっ!」
そんな二つの属性を、俺は怒りの感情で抑え込み……強引に融合。圧縮する。
予想以上の反動が来て、一瞬意識が飛びそうになったが……なんとか耐えた。
そこにきて、ただならぬ気配を察したグロームドラゴンが咆哮する。
……また雷撃を放つ気か。そうはさせない。
二つの属性の魔力が融合した魔力の塊を、俺はすぐさま剣に移す。
すると、その剣身は緑と黄色のオーラを纏う。
それと同時に、柄にはめ込まれた緑色の宝石が光り輝いた気がした。
「……てりゃああぁぁっ!」
俺は全力で駆け出すと、魔力が宿った剣を渾身の力で振り下ろす。
直後に緑色の閃光が走り、無数の岩塊が暴風とともにグロームドラゴンへと向かっていく。
それは奴の体を遥かに凌ぐ巨大な刃となって、強靭な鱗に覆われた胴体を真っ二つに切り裂いた。
「……皆は!?」
グロームドラゴンが断末魔すらあげずに地面に倒れると、俺は我に返る。
「相反する属性の複合魔術……ライフ君、あなたはどこまで規格外なんですか」
「しかも、今度は正真正銘の魔術剣かよー」
「あのドラゴンを倒しちゃうなんて、すごい……」
とっさに瓦礫の山に視線を向けると、その脇に佇む三人の姿があった。
「三人とも無事だったんだな……よかった」
安堵感からか、俺はその場に座り込んでしまう。
すると、息絶えたグロームドラゴンの口から、琥珀色の宝珠が転がり出てきた。
「なんだこれ……うわっ!?」
その宝珠を拾い上げ、呆然と眺めていると……不意にシェリアが抱きついてきた。
「ライフのくれた髪留めのおかげで助かったんだよ。本当にありがとう!」
続いて、シェリアは涙ながらにそう口にする。
言われてみれば、彼女がつけていた髪留めがなくなっていた。
持ち主の危機を察し、守りの魔術を発動してくれたらしい。
「はぁ……複合魔術なんて教えてもいないのに、どうして使えるんですか」
「えっと、皆を傷つけたあいつを倒そうと、必死になって……」
「いくら感情的になっても、そうそう発動するものでもないと思いますが」
その時、近くにやってきたルミア先生がため息まじりに言う。俺はとっさに宝珠を懐にしまった。
「あんなすげー技、いつの間に習得したんだ? ライフ、お前やっぱ魔術剣士の学校にいけよ」
「いや、俺は小説家になるんだって!」
続くヨハンの言葉にそう反論すると、誰ともなく笑いが漏れる。それと同時に、俺の緊張感もようやく解けた気がした。
「ともかく、皆さん無事で良かったです。この隠し部屋のことも報告しないといけませんし、一旦地上に戻りましょう」
ルミア先生がそう言うと、俺に抱きついていたシェリアが体を離して立ち上がる。
俺も立とうとするも、気が抜けてしまったのか、足に力が入らなかった。
「おいおい、大丈夫かよ」
「きっと安心しちゃったんだね」
そんな俺を見て、ヨハンとシェリアは笑顔で手を差し伸べてくれる。
俺は二人の手を取って立ち上がり、出口へ向かって歩き出したのだった。