24.地下迷宮 その3
隠し通路の先にあったのは、妙に広い空間だった。
まるで神殿のような作りで、その天井は高く、地上まで続いているような気さえした。
「……信じられません。このような場所があったなんて」
ルミア先生が驚きの表情を浮かべ、近くの壁に触れる。その壁は自ら光を放っていた。
「……ねぇ。あれ、何かな」
その時、シェリアが奥の壁を指差す。
そこには巨大な魔法陣があり、その中に二つの首を持つ黒い竜の姿が描かれていた。
「壁画……ってやつだよな。この竜はなんだ?」
おそるおそる近づいたあと、ヨハンが問うも……俺たちは揃って首をかしげる。
本が貴重な世界だし、かつての出来事を壁画に残す……なんてこともあったかもしれない。
だけど、この壁画には物語性がなさすぎる。これではまるで、何かをここに封印しているような……。
そんな考えに至った次の瞬間、強い衝撃とともに地面が揺れた。
思わず振り返ると、そこには巨大な竜の姿があった。
「な……!?」
おそらく頭上から降ってきたのであろうその竜は、四本の足で体躯を支え、首と尾が長かった。
それこそ、恐竜図鑑に載っていた首長竜を彷彿とさせる。
唯一違うのは、その全身がトゲの生えた鱗で覆われているということだ。
そして時折、そのトゲとトゲの間を電気らしきものがバチバチと走っている。
「これは、グロームドラゴン……? 伝説級の魔物が、どうしてこんなところに」
そうつぶやいたルミア先生は顔面蒼白。声は震えていた。
そんな彼女の様子から、目の前の竜が生半可な相手ではないことは、すぐに理解できた。
というか、これだけ巨大な魔物なら、先生の探索魔術に引っかかっていたはず。
見るからに神々しいし、特殊な存在なのは明白だった。
「み、皆さん、逃げましょう! 今の私たちがかなう相手ではありません!」
続いてルミア先生が叫び、俺たちは駆け出すも……それと同時に竜が咆哮する。
「わああああっ!?」
次の瞬間、無数の雷撃が周囲に撒き散らされる。
ルミア先生が防御魔術で守ってくれたが、俺たちは思わず足を止めてしまう。
「雷を操る力……思った以上に厄介ですね」
その攻撃をなんとかやり過ごしたあと、ルミア先生は重苦しい口調で言った。
そうこうしていると、再び雷の雨が降る。
「……ルミナス・シールド!」
今度はシェリアが防御魔術を発動し、俺たちを守ってくれた。
……何気に無詠唱だった。
思わず感心したものの、危険な状況に変わりはない。
何より、出口は奴の後ろだ。なんとかして気を逸らさないと、このままではとても逃げられない。
「……先生、俺が囮になりますから、その隙にシェリアたちを連れて逃げてください」
父からもらった剣を握り直しながら、俺はそう口にする。
「何言ってんだよ。死ぬぞ!?」
「そ、そうだよ。危ないよ!」
ヨハンとシェリアは叫ぶように言うも、俺の決意は揺るがない。
「……こんなことになったのは、俺がこの場所に足を踏み込んだせいだしさ。皆を危険な目にあわせた責任は取らないと」
「……ライフ君、それは違いますよ」
俺の言葉に反論するように、ルミア先生が声を上げた。
「どんな危険があるかもわからない未踏部分への侵入を止められなかった、私にも責任があります」
「そうだね。わたしやヨハンだってついて行ったんだから。同じだよ」
「ああ、ライフ一人に責任を負わせられるかよ」
……気がつけば、皆が真剣な表情で俺を見ていた。
「それにさ、あんなでかいドラゴンと戦えたら、それこそ小説のネタになるんじゃね?」
「え?」
「あはは、そうだね」
「間違いありませんね。グロームドラゴンをお話に落とし込むためにも、何が何でもここから脱出しなければ」
続く仲間たちの言葉に、俺は呆気にとられる。
それは虚勢なのかもしれないけど、俺の気持ちを奮い立たせるには十分だった。
「……そうだよな。皆、必ず生きてここから出よう!」
大きく息を吐きながら言って、俺は巨竜と対峙する。
「ライフ君、雷を操るグロームドラゴンに風属性の魔術は相性が悪いです。魔力の性質が似ている光属性も同様です」
その時、ルミア先生がそうアドバイスをくれる。
つまり、先生の得意属性はどちらも通用しないわけか。それなら絶望するわけだな。
「そこで鍵となるのが、ライフ君の地属性魔術です。地の力は雷の力を受け流すと言われています」
いわゆるアース的なやつだろう。地属性が弱点なら、俺でもなんとか戦えそうだ。
「……わかりました。やってみます」
先生の言葉にうなずいて、俺はストーンブラストを発動。
放物線を描きながら飛んだ無数の岩塊は、雷の雨を突き破ってグロームドラゴンに命中した。
まさかの反撃に、グロームドラゴンは怯む。
それを皮切りに、俺たちは一気に動き出す。
「現状、グロームドラゴンに接近したほうが雷撃を受けずに済みそうです。近づきましょう」
ルミア先生はそう言うと、シェリアとヨハンを杖に乗せて空中に浮遊する。
「先生、俺は!?」
「定員オーバーです。風の魔術で身体能力を上げて、ついてきてください」
言い終わる前に、先生は杖に乗って高速で飛んでいく。
俺も自身を風魔術で強化したあと、三人に続いた。
「……ストーンブラスト!」
前方のルミア先生たちの背を追いながら、俺は地属性魔術を無詠唱で発動しまくる。
グロームドラゴンはその体の大きさゆえに動きは鈍いが、予想通りにタフだ。
いくら岩をぶつけたところで、大したダメージは与えられていない。むしろ怒らせてしまっている気さえする。
……そんなことを考えていると、頭上に稲光が走る。
やばい。また雷撃が来る。
あれを生身で受けたら、ひとたまりもないぞ。
さすがに俺を狙ってきたか……なんて考えるも、防御魔術を使える二人は少し離れた場所にいる。
これは……まずいかもしれない。




