22.地下迷宮 その1
荷馬車から降りた俺は、周囲を見渡す。そこには無数の人がいた。
中には冒険者らしい服装の一団もいたが、そのほとんどは……どう見ても観光客だった。
隅っこには露天や軽食を売る店まで出ていて、とてもこの先にダンジョンがあるという雰囲気じゃない。
ルミア先生が『観光地』と言っていた理由が、今更ながらわかった気がした。
……というか、迷宮に荷馬車で大量の荷物を運ぶという時点で、色々察するべきだった。
「新人冒険者が迷宮の雰囲気を味わいに来るような、そんな場所なんです。ライフ君の想像とはちょっと……いえ、かなり違ったかもしれませんね」
言葉を失う俺を見て、ルミア先生が慰めるように言う。
「でも、迷宮ってことは魔物も出るんですよね? あそこに『迷宮探検ツアー』なんて看板が出てますけど、危なくないんですか?」
少し離れた場所に掲げられた看板を指差しながら、シェリアが問う。
「これを見てください。少なくとも五階層までは魔物は出ないんです」
言いながら、先生は近くに設置された案内図を杖で指し示す。
案内図があるダンジョンなんて嫌すぎる……!
「げ、ここって入場料取られるのか?」
続いて、ヨハンがそんな言葉を口にする。
見ると、前方に立派な入場ゲートがあった。
「当然です。この迷宮はアゼレアの街が管理しているので、入場料は貴重な財源になりますから」
先生はそう言いながら四人分の代金を支払ってくれた。
イメージとかけ離れた地下迷宮の状況に落胆しつつ、俺はゲートを通り抜けたのだった。
◇
地下迷宮に足を踏み入れてからも、状況はそこまで変わらなかった。
いかにもな感じの石壁に、何かの骨。謎の染み……若干のダンジョンらしさは出てきたものの、そこらじゅうに人がいる。
明かりも灯されていて、さながら整備された洞窟探検といった感じだ。緊張感のかけらもなかった。
「これじゃ、全然小説の参考になりませんよ……」
思わずそんな愚痴をこぼすと、ルミア先生は苦笑いを浮かべる。
「こんな誰でも来られる場所に連れてくるために、わざわざ試験を課したりしませんよ。お楽しみはこれからです」
先生はそう言うと、迷宮の下層へとどんどん潜っていく。俺は首をかしげながら、その後に続いた。
……やがて、目の前に厳重に塞がれた扉が現れた。
その扉の前には二人の騎士と、『この先危険地域。一般客立入禁止』と書かれた看板があった。
思わず足を止めた俺たちに対し、先生は物怖じすることなく騎士たちに声をかける。
「皆さん、ご苦労さまです」
「これはサエルミア様、本日はどうされました?」
「この子たちの実地訓練をしようかと思いまして。入ってもいいですか?」
「それは構いませんが……子どもたちも一緒ですか?」
「はい。一人は騎士見習いですし、残る二人は私の優秀な生徒たちなので、実力は保証します」
ちらりと俺たちを見たあと、ルミア先生は続ける。
「わかりました。サエルミア様がそう仰るのでしたら……どうぞ」
それから二人の騎士は同時にうなずいて、その重厚な扉を開く。
その内側からは、これまで嗅いだことのないような匂いが漂ってきた。
「この迷宮には、あまり強い魔物はおりませんが……十分お気をつけて」
「ありがとうございます。ほら皆さん、行きますよ」
唖然としている俺たちに手招きをして、ルミア先生は奥へと進んでいく。
俺たち三人は一度顔を見合わせたあと、彼女に続いて扉をくぐった。
大きな音がして扉が閉められると、とたんに周囲は暗闇に包まれる。
その直後、ルミア先生は手のひらに光球を生み出して周りを照らす。
「そんな魔術があるんですか?」
「ええ。夜道を歩く時にちょうどいいですよ」
見よう見まねで手のひらをかざしてみると、俺も同じような光球を生み出すことができた。
「なんですぐ真似できるんですか……」
ルミア先生は俺をジト目で見たあと、ゆっくりと進んでいく。すぐに階下へと続く階段が現れた。
「……先生、この先って」
「第六階層になります。ここから先に観光客はいませんし、本来の迷宮の姿を見ることができますよ」
その言葉を聞いて、俺は胸が高鳴る。
先生の言っていた『お楽しみ』って、そういうことなのか。
「いざとなったら私が守りますから、安心して探索してください」
澄まし顔でルミア先生が言う。
先ほどの騎士とのやり取りからして、もう何度もこの迷宮に足を運んでいるようだ。
今になって思えば、シェリアもしっかりと杖を持ってきているし、ヨハンも剣を用意している。
ルミア先生もいるし、探索の準備は万全と言っていいだろう。
「よし、それじゃあ、迷宮探索に出発だ!」
「ちょっとお待ちなさい。めっ」
「いてっ!」
先陣を切って階段を降りようとした俺の頭を、先生が杖の先で叩いた。
「探索は許可しましたが、単身突っ込んでいくような無謀な真似はしないでください。ここから先は空気中の魔力が一気に濃くなりますし、濃い魔力は魔物を生み出しますので」
『魔物』という単語に、俺たちの顔がこわばる。
「奥に進むほど魔力は濃くなり、出現する魔物も強力なものになります。同じ種類の魔物でも強さに差が出ることがありますので、それだけは頭に入れておくように」
そう口にしたあと、ルミア先生は俺を追い抜いて階段を下っていく。
一瞬浮かれたことを反省し、俺はベールからもらった剣を抜き放つと、気合を入れ直した。