20.急襲
「ウィンドカッター!」
俺は呪文詠唱をスキップして、風の刃で先制攻撃を仕掛ける。
しっかりとコントロールされた一撃は、一体の魔物の首を切り落とす。
……それでも、まだ三体残っている。
生き残った魔物たちは、臆することなく俺に飛びかかってきた。
その動きをしっかりと見極めて、鋭い爪と牙の一撃を回避する。
子どもらしからぬ身のこなしに俺自身が驚くが、これは風魔術を応用した身体能力強化魔術だ。
以前、一度だけルミア先生が見せてくれたものだが、やってみると意外と楽に習得できた。
「そこだっ! ストーンブラスト!」
ひらりひらりと攻撃をかわしつつ隙をうかがい、目の前で動きを止めた魔物の横っ腹に人の頭ほどの岩をお見舞いしてやる。
軽々と吹き飛ばされた魔物は地面に横たわり、動かなくなった。これで残り二体。
そこまでくると彼らも俺の実力がわかったのか、無闇に飛び込んでくることはなくなる。
その代わり一定の距離を空け、俺の周囲をゆっくりと回り始める。
……これは、背中を見せた瞬間襲われるな。
片方がやられても、もう片方が……なんて考えているのかもしれないが、俺には魔術がある。
「……我が手に強大な風を操る力を授けよ! テンペスト!」
簡単な呪文詠唱をすると、俺は拳を叩きつけ、地面に魔力を注ぎ込む。
直後に風属性の中級魔術が発動し、周囲の魔物たちはまとめて上空へと打ち上げられた。
さすがに中級魔術となると、まだ呪文詠唱が必要だが……これでもだいぶ呪文を短縮させたほうだ。
一旦発動すれば魔術は強力だが、呪文詠唱中は隙だらけだ。詠唱はできるだけ短くしたい。
「……我が敵を打ち貫け、ホーリーランス!」
それから上空から落下してくる魔物たちに向け、俺は光属性の中級魔術を発動。二本の光の槍が寸分の狂いもなく魔物たちを貫き、一撃で息の根を止めた。
「よしっ……!」
流れるような魔術攻撃が決まり、俺は思わずガッツポーズをする。
その後、息絶えた魔物たちは上空から落下してくるも、地面に叩きつけられる直前に霧散し、消え去った。
「……あれ?」
その光景に違和感を覚えた俺は、先に倒した二体の魔物に目をやる。どちらも跡形もなく消え去っていた。
「……そこまでです。合格です」
不思議に思っていると、ルミア先生が拍手をしながら立ち上がる。
その傍らに立つシェリアとヨハンは、なんともいえない顔をしていた。
「せ、先生……合格って、どういうことですか?」
「突然魔物に襲われた時、ライフ君がどう対処するか試したんです」
思わず尋ねると、そんな言葉が返ってきた。
そしてその手には、大きめの真珠のような石が三つ握られていた。
「これは、自由に使役できる魔物を生み出す魔道具です。まぁ、素早いだけで大した強さはありませんが」
言いながら、先生は魔道具を見せてくる。使い切りの道具なのか、無数にヒビが入っていた。
「つまり、さっきの魔物は先生が生み出したもの……?」
「そうです。気絶したフリをして、ライフ君の動きをずっと見ていました」
ルミア先生はドヤ顔でいい、シェリアとヨハンは苦笑いを浮かべる。
その反応からして、二人は先生に駆け寄った時、すぐに演技に気づいたのだろう。
「……それにしても、予想以上に見事な戦いっぷりでしたね。もう少し苦戦してくれたほうが、私としても楽しめたんですが」
冗談なのか本気なのかわからないことを言いながら、先生が近づいてくる。
「てっきりホーリーアローを使うとばかり思っていましたが、まさかのホーリーランスでしたか。しかもほぼ無詠唱って、どういうことです?」
ホーリーランスはホーリーアローの上位魔術で、以前ルミア先生が使っていたやつだ。
「ホーリーアローはガーゴイル相手に通用しなかったので、今回はより上位の魔術を使ってみたんです」
「使ってみたんです……って、数回見せただけの魔術をすぐに使いこなされたら、教師としての面目丸つぶれなんですが」
はぁぁ、とルミア先生は大きなため息をつく。そして続けた。
「……わかりました。これだけの実力を見せられては仕方ありません。地下迷宮、連れて行ってあげてもいいですよ」
「え、本当ですか?」
「本当ですよ。エルフ族に二言はありません」
「やったーー!」
思いもしなかった言葉に、俺は全身で喜びを爆発させる。
これでダンジョンに行ける! また小説で使える描写が増えるぞ!
「もちろん、私も同行しますが。それで、二人はどうしますか」
そんな俺をよそに、ルミア先生はヨハンとシェリアに尋ねた。
「え、わたしたちもいいんですか?」
「私とライフ君がいますし、半分、観光地のような場所なので。久しぶりに遠出をするのもいいかもしれません」
続く先生の言葉に、シェリアとヨハンは顔を見合わせた。
本来、俺たちのような子どもは成人を迎えるまで、一人で街の外に出ることはできない。
基本、保護者として大人がついていくことになる。
「二人とも、こんな機会めったにないぞ。一緒に行こうぜ?」
「うーん、たぶん大丈夫だと思うけど……お父様に訊いてみるね」
「俺は……たぶん、許可はもらえるだろうけど……」
微妙な表情のシェリアに対し、ヨハンは明らかに怖気づいている。
「ヨハン、心配すんなよ。俺と先生が守ってやるからさ」
「べ、別にお前なんかに守ってもらわなくていいし!」
俺がそう言うと、ヨハンは顔を真っ赤にして叫んだ。
最近はヨハンの剣の腕も上がってきているというし、それこそ家族に相談したら『男を上げる良い機会だ』なんて言われそうな気もする。
なんにしても楽しみが増えた俺は、嬉々として帰路についたのだった。
◇
その日の夕食時。俺は家族に地下迷宮に行くことを伝えた。
「丘の上の迷宮か……まぁ、ルミア先生がいるなら大丈夫だろう」
もしかしたら反対されるかも……なんて考えもあったが、両親はあっさりと認めてくれた。
「地下迷宮……懐かしいです。ベールさんと一緒に潜りましたね」
エマにパンをちぎってあげながら、ルーナ母さんが言う。
「あら、その話知らないわよ? 私が家でヴァンスの子守りをしている間、二人は迷宮で何をしていたのかしら」
すると、カミラ母さんがそう言い、ジト目で父さんを睨んでいた。
「うっ……いや、それはほら、ただの素材採取だよ」
ひと睨みされたベールは視線を泳がせると、わざとらしく咳払いをした。
「ライフ、あとで渡すものがある。食事が済んだら、書斎に来るように」
続いてそう言うと、ベールはスープを口に運ぶ。
俺もうなずいたあと、食事を再開した。
……渡したいものって、なんだろう。