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19.ライフの決意


 ルミア先生とそんなやり取りをしてから、数日が経った。


 その日、俺とシェリアは朝からいつもの空き地で授業を受けていた。


「……光の粒子よ、我が前に集い盾となれ。ルミナス・シールド!」


「いい感じです。そのまま、もう少し盾の形を保てるように頑張ってください」

「は、はいっ……!」


 といっても、ルミア先生が俺に教えることはもうほとんどないらしく、最近はシェリアの授業を見学する時間が増えてきた。


 そのシェリアも、補助魔術の光の盾をかなりの時間維持できるようになっている。

 やはり、彼女もかなりの素質の持ち主なのだろう。


「あー、腹減ったー」


 必死に障壁を維持するシェリアを見守っていると、ヨハンののんきな声が聞こえてきた。

 どうやら少年騎士団の鍛錬も終わったらしい。


「……今日はこのくらいにしましょうか」

「はい。ありがとうございました」


 やがて、シェリアの授業が終了した。

 疲れた表情はしているものの、以前のように息を切らすことはない。彼女の魔力も着実に増えているようだ。


「ねぇねぇ、今日、お弁当作ってきたんだけど。皆で食べない?」


 そのまま帰宅しようとしていると、シェリアが笑顔で大きなバスケットを掲げた。

 ヨハンが現れた時は不思議に思ったけど、あらかじめ話を通していたのかもしれない。


「先生も一緒に食べませんか?」

「私もいいんですか?」


「もちろんです。いつもお世話になっている、お礼ということで」


 お礼はしっかり授業料としてもらっているんですが……なんてつぶやいて、ルミア先生は適当な切り株に腰を落ち着ける。


「早起きして、お母様と頑張って作ったの。食べて食べて」


 言いながら、シェリアはバスケットを差し出してくる。

 その中身は厚切りのハムを挟んだサンドイッチで、デザートを意識したのかジャムを挟んだものもある。どれもおいしそうだった。


「じゃあ、ハムのやつもらうよ。肉を食ったら体力つくし」

「お、俺も!」


 ジャムのサンドイッチに手を伸ばしかけていたヨハンが、慌ててハム入りのサンドイッチを手に取った。

 パンの耳を切り落としてくれているあたり、シェリアの気配りが伝わってきた。


「聞きましたよ。ライフ君、剣術の才能もあったらしいですね」


 ジャムの挟まれたサンドイッチを食べながら、ルミア先生が訊いてくる。


「え? いやー、まぁ……」

「すごいよね。ヨハンも頑張らないと」

「わ、わかってるよ」


 ヨハンは苛立ちを隠すことなく言い、サンドイッチにかぶりついた。


「……しっかり食ってるのに、なかなか筋肉つかないんだよ」


 その直後、なんかボヤいていた。

 女の子だし、体質的にしょうがないよな……なんて考えつつ、俺は無言でハムのサンドイッチをもう一つ勧めてやった。


「……それこそ、魔術剣を扱うには無詠唱での魔術発動が必須となります。ライフ君はどちらの才能もあるのですから、絶対に魔術剣士になるべきです」


 しばらく食事を続けていると、ルミア先生が不意にそう口にした。


「そうだぜー。ライフ、絶対魔術剣士になれって。金になるし、かっこいいしさ」


 そんなルミア先生に便乗するように、ヨハンが言う。


「いっそ、小説は趣味でいいんじゃないか?」

「……いや、趣味じゃ駄目なんだ。仕事にしないと」


 軽い口調のヨハンに対し、俺は真剣な声で答える。


 ……前の世界でも、何度同じことを言われたことか。

 何度、真っ当な職につけと言われたことか。


 ―― 無責任に夢を諦めさせようとする人間の、なんと多いことか。


 ……おっと、思い出したくもない記憶が蘇りそうになった。やばいやばい。


「あー……冗談だって。ごめん」


 静かになった俺を見て怒っていると思ったのか、ヨハンが謝ってきた。


「いや、別に怒ってないからさ」


 俺も表情を崩し、努めて明るい口調で言う。

 やはり先日の一件以後、ヨハンとの距離が近くなった気がする。


 それこそ、裸の付き合いという言葉が一瞬頭に浮かんだが、すぐに打ち消した。


「とにかく、俺は魔術剣士にはなりませんよ。魔術剣士が主人公の小説は、ゆくゆく書くかもしれませんが」


「残念ですねぇ……私と騎士団長が推薦状を書けば、今からでも試験免除で王都の学校に入学できるというのに」


 俺の言葉を聞いたルミア先生は、ため息まじりに言う。

 以前から思っていたけど、ルミア先生ってそんなにすごい人なのか。


「……まぁ、小説の才能も十分にあると思いますから。頑張ってください」


 先生は最後にそう付け加えて、サンドイッチのかけらを口に放り込んだ。

 ……その時、どこからともなく数匹の犬が現れた。


「犬? なんでこんなところに?」

「食べ物の匂いにつられてきたのか?」


 ヨハンとそんな言葉をかわしたあと、俺は前方の犬たちに視線を送る。


 元の世界で言うなら、大型犬の部類になるだろうか。茶色い毛並みで、立派な体躯をしている。


「……いえ、あれはただの犬ではありません」


 そう言うが早いか、ルミア先生は自分の杖を手に立ち上がる。

 シェリアとヨハンは困惑顔で固まっていたが、俺は近くの杖に手を伸ばす。


 ……その時、犬たちの体を真っ黒い霧が包みこんでいく。


「ナイトメア……動物に憑依するタイプの魔物です。下がっていてください」


 ルミア先生が真剣な表情でそう口にした直後、すっかり闇のオーラに包まれた犬の一体から、強烈な衝撃波が放たれた。


 俺たちはまとめて吹き飛ばされ、地面を転がる。

 そんな中、一人立ち上がっていたルミア先生はその衝撃波をまともに浴びてしまい、俺たち以上に大きく吹き飛ばされた。


「あぐっ……!」


 そして地面に激しく頭をぶつけたらしく、ぐったりして動かなくなった。

「……ルミア先生!」


 俺とシェリアが叫ぶも、先生からの反応はない。

 ……これは非常にまずい状況だ。


「あの魔物たちは俺が引きつける。シェリアは先生に回復魔術を!」

「う、うん!」


「ヨハンはシェリアを守ってやってくれ! 回復魔術を使う間、無防備になるからな!」

「わ、わかった!」


 俺は必死に冷静さを保ちつつ、二人にそう指示を出す。

 ヨハンも丸腰だし、まずは三人を危険から遠ざけることが先決だ。


「ほら! お前らの相手はこっちだ!」


 二人が離れたことを確認すると、俺は魔物と化した犬たちの前に飛び出し、わざと大きな音を出す。


 ……その殺気だった目が、一斉に俺を捉えた。


 さすがに背中に冷たいものが流れたが、皆を守れるのは俺しかいない。やってやるぞ。


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