表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/27

17.湯浴み


「ヨハンお前、ひどくやられたな。大丈夫か?」


 グランツ騎士団長が立ち去った直後、ミゲル兄さんがヨハンに駆け寄ってそう口にする。


 傷が痛むのか、ヨハンは自分の体を抱くようにしていた。


「ヨハン、ごめんな」

「……事故だったんだろ。なら、いいって」


 しおらしくなっているヨハンに、俺はもう一度謝る。

 その衣服は風の刃でボロボロになっていたものの、幸いなことにかすり傷で済んでいるようだ。


「よーし、謝ったんなら、これ以上はお咎めなしだ。お前ら、仲直りの印に一緒に体洗ってこい」

「え?」


 俺とヨハンが声を揃えるも、ミゲル兄さんは俺たちを片手で持ち上げると、騎士団の宿舎へと向かっていく。


「え、あの、ちょっと」


 ヨハンは必死に抵抗していたが、ミゲル兄さんはびくともしない。なんて力だ。


 ……やがて宿舎に連れてこられた俺たちは、浴室へと投げ込まれる。


「ライフも運がいいな。今日は週に一度の湯浴みの日だぜ」


 石畳の床に転がる俺たちに、ミゲル兄さんはニカッと笑う。


「おーい、リンダ! この二人に湯を用意してやってくれ!」


 そして奥に向かって叫ぶと、そのまま立ち去っていった。


 ……この街に風呂というものはないが、たらいに入れたお湯で体を洗う、湯浴みの文化がある。


 大量の井戸水を必要とする上、燃料代もかかるので、週に一度が関の山だが……訓練による日々の疲れを癒やすという名目で、騎士たちもその湯浴みを利用している。


 元の世界では毎日風呂に入っていた俺からすれば、風呂が週一というのはかなりきつかった。


 まぁ、今はすっかり慣れたが。


「あらあら、随分汚れちゃいましたねぇ。ささ、どうぞ」


 やがて世話係の女性がやってきて、俺たちを奥へと案内してくれる。


 そこにはカーテンで仕切られたスペースがあり、膝ほどの深さがある大きなたらいが二つ置かれていた。どちらも半分ほどお湯が張ってある。


 模擬戦をしているうちに、俺もすっかり砂埃にまみれてしまっているし、ここはお言葉に甘えることにしよう。


 目隠しのカーテンを閉めると、俺はさっさと服を脱ぎ、用意されたたらいの一つに半身をつける。


 お湯は少し熱めだが、これくらいが俺にはちょうどいい。

 じんわりと温まりながら、体や頭についた汚れを落としていく。


「ヨハン君、新しい服、ここに置いておきますねぇー」


 その時、カーテン越しにそんな声が聞こえた。ヨハンの服はボロボロになっていたし、新しい服が用意されたのだろう。


「……あれ?」


 俺が湯浴みを楽しむ中、一方のヨハンは服を脱がず、その場に立ち尽くしていた。


「お前、入らないのかよ」

「お、俺はあとで入るよ」


「せっかく用意してくれたお湯が冷めるぞ」

「い、いいって!」


 すぐ隣のたらいの縁を叩きながら手招きするも、彼は強情なまでに動かなかった。


 ……ははぁ。由緒ある騎士の家のお坊ちゃんは、俺なんかに肌を見せるのも嫌だっていうのか。


「よーし……そういうことなら、覚悟しろよっ」


 ふとイタズラ心が芽生えた俺は、一度たらいから上がると、ヨハンの服を脱がしにかかる。


「ちょっ……やめろって!」


 ヨハンは当然のように抵抗するが、服はボロボロになっていたこともあって、少しの力で破れるように脱げてしまった。


「おりゃー!」

「わあぁーーっ!?」


 そして一糸まとわぬ姿になったヨハンを、俺はたらいの中へと放り込む。

 すぐに盛大な湯しぶきが上がるが、俺はその直後に違和感を覚える。


 たらいの中で半分お湯に浸かり、驚愕の表情を見せるヨハンの下半身には……男ならあるべきものがついていなかった。


「ヨ、ヨハン……お前ってまさか、女だった、のか……?」


 やがて俺の口から出たのは、そんなありふれた台詞だった。


「うぅ……だ、誰にも言うなよっ」


 ヨハンは真っ赤になりながら言って、布で体を隠した。

 お互いに10歳だし、異性にハダカを見られた恥ずかしさより、女であることを知られたショックのほうが大きいのかもしれない。


 ……俺としては、どっちも同じくらいショックだったのだが。



 ……その後は恥ずかしさもあって、お互いに背を向けて体を洗う。

 正直、めちゃくちゃ気まずいが、俺から脱がした手前、逃げだすわけにもいかない。


「……俺はバレッツ家の跡取りだから、男として振る舞えって、小さい頃から言われてたんだ」


 その時、背後からそんな声が聞こえた。


「女じゃ、立派な騎士になれないって、父様の教えでさ」


 わしゃわしゃと髪を洗う音が聞こえる。


 それこそ、男と見違うほどの短髪だ。

 家のためとはいえ、男装して騎士団に入るなんて……ヨハンも苦労してるんだな。


「ほ、本当に誰にも言うなよっ。シェリアにも、言っちゃ駄目だからなっ」


 顔を赤らめる。女とわかってしまったからか、妙に色っぽささえ感じてしまった。


「わかってるよ。おと……」


 男と男の約束だからな……と言いかけて、相手が女の子だったことを思い出した。

 もちろん、誰にも言うつもりはないけど……今後、変に意識してしまわないか、それだけが心配だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ