17.湯浴み
「ヨハンお前、ひどくやられたな。大丈夫か?」
グランツ騎士団長が立ち去った直後、ミゲル兄さんがヨハンに駆け寄ってそう口にする。
傷が痛むのか、ヨハンは自分の体を抱くようにしていた。
「ヨハン、ごめんな」
「……事故だったんだろ。なら、いいって」
しおらしくなっているヨハンに、俺はもう一度謝る。
その衣服は風の刃でボロボロになっていたものの、幸いなことにかすり傷で済んでいるようだ。
「よーし、謝ったんなら、これ以上はお咎めなしだ。お前ら、仲直りの印に一緒に体洗ってこい」
「え?」
俺とヨハンが声を揃えるも、ミゲル兄さんは俺たちを片手で持ち上げると、騎士団の宿舎へと向かっていく。
「え、あの、ちょっと」
ヨハンは必死に抵抗していたが、ミゲル兄さんはびくともしない。なんて力だ。
……やがて宿舎に連れてこられた俺たちは、浴室へと投げ込まれる。
「ライフも運がいいな。今日は週に一度の湯浴みの日だぜ」
石畳の床に転がる俺たちに、ミゲル兄さんはニカッと笑う。
「おーい、リンダ! この二人に湯を用意してやってくれ!」
そして奥に向かって叫ぶと、そのまま立ち去っていった。
……この街に風呂というものはないが、たらいに入れたお湯で体を洗う、湯浴みの文化がある。
大量の井戸水を必要とする上、燃料代もかかるので、週に一度が関の山だが……訓練による日々の疲れを癒やすという名目で、騎士たちもその湯浴みを利用している。
元の世界では毎日風呂に入っていた俺からすれば、風呂が週一というのはかなりきつかった。
まぁ、今はすっかり慣れたが。
「あらあら、随分汚れちゃいましたねぇ。ささ、どうぞ」
やがて世話係の女性がやってきて、俺たちを奥へと案内してくれる。
そこにはカーテンで仕切られたスペースがあり、膝ほどの深さがある大きなたらいが二つ置かれていた。どちらも半分ほどお湯が張ってある。
模擬戦をしているうちに、俺もすっかり砂埃にまみれてしまっているし、ここはお言葉に甘えることにしよう。
目隠しのカーテンを閉めると、俺はさっさと服を脱ぎ、用意されたたらいの一つに半身をつける。
お湯は少し熱めだが、これくらいが俺にはちょうどいい。
じんわりと温まりながら、体や頭についた汚れを落としていく。
「ヨハン君、新しい服、ここに置いておきますねぇー」
その時、カーテン越しにそんな声が聞こえた。ヨハンの服はボロボロになっていたし、新しい服が用意されたのだろう。
「……あれ?」
俺が湯浴みを楽しむ中、一方のヨハンは服を脱がず、その場に立ち尽くしていた。
「お前、入らないのかよ」
「お、俺はあとで入るよ」
「せっかく用意してくれたお湯が冷めるぞ」
「い、いいって!」
すぐ隣のたらいの縁を叩きながら手招きするも、彼は強情なまでに動かなかった。
……ははぁ。由緒ある騎士の家のお坊ちゃんは、俺なんかに肌を見せるのも嫌だっていうのか。
「よーし……そういうことなら、覚悟しろよっ」
ふとイタズラ心が芽生えた俺は、一度たらいから上がると、ヨハンの服を脱がしにかかる。
「ちょっ……やめろって!」
ヨハンは当然のように抵抗するが、服はボロボロになっていたこともあって、少しの力で破れるように脱げてしまった。
「おりゃー!」
「わあぁーーっ!?」
そして一糸まとわぬ姿になったヨハンを、俺はたらいの中へと放り込む。
すぐに盛大な湯しぶきが上がるが、俺はその直後に違和感を覚える。
たらいの中で半分お湯に浸かり、驚愕の表情を見せるヨハンの下半身には……男ならあるべきものがついていなかった。
「ヨ、ヨハン……お前ってまさか、女だった、のか……?」
やがて俺の口から出たのは、そんなありふれた台詞だった。
「うぅ……だ、誰にも言うなよっ」
ヨハンは真っ赤になりながら言って、布で体を隠した。
お互いに10歳だし、異性にハダカを見られた恥ずかしさより、女であることを知られたショックのほうが大きいのかもしれない。
……俺としては、どっちも同じくらいショックだったのだが。
……その後は恥ずかしさもあって、お互いに背を向けて体を洗う。
正直、めちゃくちゃ気まずいが、俺から脱がした手前、逃げだすわけにもいかない。
「……俺はバレッツ家の跡取りだから、男として振る舞えって、小さい頃から言われてたんだ」
その時、背後からそんな声が聞こえた。
「女じゃ、立派な騎士になれないって、父様の教えでさ」
わしゃわしゃと髪を洗う音が聞こえる。
それこそ、男と見違うほどの短髪だ。
家のためとはいえ、男装して騎士団に入るなんて……ヨハンも苦労してるんだな。
「ほ、本当に誰にも言うなよっ。シェリアにも、言っちゃ駄目だからなっ」
顔を赤らめる。女とわかってしまったからか、妙に色っぽささえ感じてしまった。
「わかってるよ。おと……」
男と男の約束だからな……と言いかけて、相手が女の子だったことを思い出した。
もちろん、誰にも言うつもりはないけど……今後、変に意識してしまわないか、それだけが心配だった。