12.魔道具専門店
「……いらっしゃい」
足を踏み入れた店内は、なんとも埃っぽい感じがした。
シェリアの言うように魔道具は高いので、そうそうお客さんが来る店でもないのだろう。
それでも、掃除くらいはしてほしい……なんて思いつつ、俺は棚に並べられた商品を見て回る。
「うわ、なんだこれ」
そんな声がして振り返ると、ヨハンが店の隅に置かれた巨大な甲冑を見て驚いていた。
「魔力で動く守護騎士じゃ。玄関先に置いておくと、泥棒よけになるぞ」
つまり、警備ロボットみたいなもんか。大きな屋敷に複数配置したら頼もしそうだな。
「すっげー。こんなのあるんだな」
「欠点としては、来客も攻撃することかの」
「だめじゃん!」
続いた店主の言葉に、俺とヨハンは声をハモらせてツッコミを入れる。
とんでもない警備兵だった。
「……このランプはなんですか?」
その矢先、シェリアが金色に輝くランプを手にしていた。
なんかアラビアンナイトっぽい見た目だ。こすったら魔人でも出てくるのかな。
「そいつは護身用のランプだよ。敵に襲われた時に投げつけたら、爆発するんだ」
あまりお客さんが来ないからだろうか。店主は俺たちのような子どもに対しても、丁寧に教えてくれた。
……その後も店に並んだ物珍しい魔道具の数々を見ていると、青い石がついた髪留めが目につく。
「……これは?」
「それは守りの魔力を込めた石だよ。身の危険が迫った時、防御魔術を発動して持ち主を守るんだ」
こんな小さな石に、そんな魔術が宿してあるのか。
こっそりと値札を見てみる。俺の手持ちでも買える値段だった。
「これ、買わせてもらっていいですか?」
「ライフお前、髪留めつけるのかよ」
その髪留めを手にカウンターへ向かうと、ヨハンがいぶかしげな目で見てきた。
「違うって。シェリアにやるんだよ」
「え、わたしに?」
続けてそう言うと、シェリアはその大きな目を見開く。
「そ、そうだよ。女の子だし、お守り代わりにつけといてもいいんじゃないか?」
ここは異世界なのだし、以前のように魔物に襲われることもあるかもしれない。
こういう魔道具を身につけておいて損はないはずだ。
「ほっほっほ。護身用と言いつつ、女の子にプレゼントを贈るとは。その心意気に負けた。三割引にしてあげよう」
その時、俺たちのやり取りを見ていた店主がそう言ってくれる。
「え、いいんですか」
「ああ、もう長いこと店にある品だからね。それにその道具は、使いっきりだ」
……なるほど、一度使ったら効果がなくなってしまうのか。
「というわけだからさ、シェリア、受け取ってくれよ」
「……うん。ありがとう!」
丁寧に梱包された箱をシェリアに手渡すと、彼女は喜びのあまり抱きついてきた。
過去にも何度か抱きつかれたことがあるけど、シェリアには抱きつきぐせがあるようだ。色々と柔らかい。
……まぁ、これで一応男を上げることはできた……のかな。
◇
魔道具専門店をあとにして、俺たちは商店街の中を散策する。
隣を歩くシェリアは鼻歌まじりで、明らかに機嫌がよかった。
「……あれ?」
この先のカフェで何か飲もうか……なんて話をしていた時、ヨハンが突然足を止める。
「ヨハン、どうしたんだよ」
俺が声をかけるも、彼は険しい表情のまま一点を見つめている。
その視線を追うと、小さな男の子がガラの悪そうな男に絡まれていた。
「おいこら、この服、どうしてくれるんだよ」
声を荒らげる男性の服には、べっとりとハチミツがついている。
近くに割れた瓶が落ちているところからして、この子とぶつかってしまったのだろう。
「ご、ごめんなさい……僕、お使いの途中で……」
男性から睨みつけられた男の子は、恐怖からか大きな瞳いっぱいに涙を溜めて震えていた。
「ちょっと待てよ! 相手は子どもだぞ!」
その時、ヨハンは止める間もなく駆けていき、二人の間に割って入る。
「あ? なんでテメェは」
元々機嫌が悪そうだった男性は、さらに声を低くしながらヨハンを睨みつける。
こうなると、そのまま見過ごすわけにもいかず……俺はヨハンの隣に並び立つ。
目の前の男性は貧相な鎧を身に着けてはいたものの、冒険者という感じではない。どう見てもゴロツキだった。
「……キミ、どうして泣いてるの?」
そこへシェリアも同じように駆けてきて、男の子に優しく問いかける。
「お母さんに頼まれて、ハチミツを買いに来たんだ。その帰り道、おじさんがぶつかってきて」
「あ? ぶつかってきたのはお前だろうが」
男性が再び声を荒らげると、男の子はびくりと身を震わせた。
……どちらの言い分が正しいのか、現状ではわからないな。ここは下手に出ておくべきか。
「まぁまぁ、子どものしたことですし。ほら、君も一緒に謝って」
俺は相手を刺激しないように言葉を選び、男の子と一緒に頭を下げる。
普通の大人なら、子どもが素直に謝っているのだから穏便に済ませてくれるものだ。
「謝って済む問題じゃねぇんだよ」
……ダメだった。こいつ、普通の大人じゃなかった。
「見ろよ。俺の大事なズボンが汚れちまったじゃねぇか。これは弁償してもらわねぇとな」
彼は大げさなため息をついて、自身のズボンを指し示す。
確かに汚れてはいるが、今更ハチミツの汚れなど気にならないくらいにボロボロのズボンだった。
「ほ、本当にごめんなさい……」
男の子はもう一度頭を下げるも、男が納得する様子はない。どうしたものか。
「なんなら、お前らがこのガキの代わりに弁償してくれてもいいんだぜ?」
続けて、男はそんなことを言う。
あー……これはダメだ。下手に出れば出るほど、調子に乗るタイプだ。
「そこのお嬢ちゃんとか身なりもいいし、親は金持ってそうだな」
……その時、ゴロツキがシェリアに目をつけた。
「え、あの、その……」
彼はうろたえる彼女に近づくと、その右手を掴む。
……その光景を見た瞬間、俺の中に強烈な怒りの感情が湧き上がった。
「……汚い手でシェリアに触るな」
「どわぁ!?」
そう口にすると同時に、ゴロツキの足元から突風が巻き起こる。その体は軽く数メートル浮き上がった。
そのまま数秒間宙に浮いたあと、彼は背中から地面に落下する。
……どうやら無詠唱魔術の練習をしまくったせいで、無意識に風魔術が発動してしまったらしい。
「な、何だこのガキ。今、何をしやがった?」
ゴロツキは地面に座り込んだまま、しばらく驚愕の表情で俺を見ていたが……やがて怒りの感情をあらわにすると、ナイフを抜いて飛びかかってきた。
「……皆、危ないから下がってて」
武器を持った危険人物が目の前にいるというのに、俺はなぜか冷静だった。
背後の友人たちに忠告したあと、俺は手のひらにソフトボール大の石をイメージする。
……相手はナイフを持っているし、正当防衛が成立するよな。
「……ストーンブラスト!」
叫びながら右手を前に振りかざすと、その動きに合わせるように石の塊が飛び出す。
普段練習しているものの半分ほどの大きさだが、これなら魔力もそこまで使わないし、杖すら不要だった。
「ぎゃあぁ!?」
その石はゴロツキの顔面を直撃し、彼は鼻血を吹き出しながら仰向けにひっくり返った。
その後はピクリとも動かない。完全に気絶したようだ。
「……ほら、今のうちに逃げろって」
「う、うん……お兄ちゃんたち、ありがとう」
その様子を横目に、俺は男の子を逃がしてやる。彼はお礼を言ったあと、商店街の奥へと消えていった。
「……ヨハン、なんでわざわざあの子を助けようとしたんだよ」
その背を見送ったあと、俺は語気を強めてヨハンに問いかける。
危うくシェリアに危険が及ぶところだったし、ゴロツキに向かっていくなんて、いくらなんでも無謀だ。
「……困ってるやつを助けるのは、騎士の務めだからだよ。見過ごせなかった」
俺の声から怒りの感情を感じ取ったのか、ヨハンは気まずそうに言った。
彼は騎士の家の子だし、そう言われてしまうと……俺は何も言い返せなかった。
「どうした、何事だ!?」
その時、背後から整然とした足音が近づいてきた。
「……やべ、騎士団だ」
そんなヨハンの声とともに振り返ると、数人の騎士がこちらにやってきていた。
俺やシェリアはともかく、ヨハンが関わっていることがバレたら色々と面倒だ。
「二人とも、逃げよう!」
そう判断した俺は、二人の手を取って駆け出したのだった。