10.無詠唱魔術
昼食を済ませた俺は、意気揚々と街外れの空き地へとやってきた。
そこにはルミア先生の他に、シェリアとヨハンの姿もあった。
俺と同じくルミア先生に師事しているシェリアはともかく、ヨハンがここにいるのは珍しい。
所属している少年騎士団の訓練はもう終わったのだろうか。
「……いきなり無詠唱魔術を教えろだなんて、何を言い出すかと思いました」
「そうだよライフ、あれってすごく難しいんだよ」
そんなことを考えていると、ルミア先生とシェリアが呆れ顔で俺を見てくる。
「そうなんですか? 使いこなして、小説のネタに使いたいんですが」
「……無詠唱魔術は、基礎的な呪文を何ヶ月もかけて体に覚え込ませ、その上で魔術の完成形を頭の中でしっかりと想像する必要があります。一朝一夕で使えるようになるものではないのですよ」
ルミア先生はそう続ける。
呪文がいわゆる難解な公式だとしたら、それを覚えた上で、暗算する……そんな感じなのだろうか。
「小説書いてるぶん、想像力には自信あるんで。やらせてください」
「はぁ……まだ魔術の勉強を始めて一週間そこらの子に、無詠唱魔術が扱えるとも思えませんが。意欲があるのか、無謀なのか」
「俺は無謀だと思うけどなぁ」
先生がため息まじりに言う中、ヨハンはニヤニヤと笑いながらそう口にした。
くっそう。異世界小説家の想像力、舐めるなよ。
「まずは、ウィンドカッターを無詠唱で発動してみましょう。すでに形となった風の刃を頭の中に想像しながら、杖の先に魔力を集中させるんです。その際、名前を叫ぶと比較的発動させやすくなります」
「ウィンドカッター!」
これまで何度も放ってきた風の初級魔術をイメージし、俺は高らかに叫ぶ。
直後、巨大な風の刃が出現し、前方の草を薙ぎ払っていった。
「よっし!」
「……」
嬉しさのあまり拳を握りしめるも、俺以外の三人は口を開けたまま固まっていた。
「……マジかよ」
「う、うそぉ……ライフ、なんでできるの?」
ややあって、ヨハンとシェリアが信じられないといった様子で言う。
「……さすが、私が見込んだだけのことはあります。ライフ君、やはり宮廷魔術師になりましょう」
続いて、ルミア先生が見事に手のひらを返してきた。だから、俺は小説家になるんだってば!
……その後、ストーンブラストやホーリーアローでも無詠唱魔術を試してみる。どちらも一発で成功した。
何度か繰り返し発動しているうちに、それこそストーンブラストは出現させる石のサイズさえ自由にコントロールできるようになった。
石を飛ばす単純な魔術だし、イメージしやすいのだと思う。
「これは、じきに補助用の杖すらいらなくなるかもしれませんね……」
そんな俺を見て、ルミア先生は驚きを通り越して呆れ顔をしていた。
というか、この杖にはそんな効果もあったのか。
「魔力量といい、扱える属性といい……ライフ君はまるで、別の世界からやってきたようですね」
「ははは……」
冗談と思われる先生の言葉に、俺は乾いた笑いを返すしかなかった。
……まぁ、中身は実際に別の世界からやってきてるんだけど。
◇
俺の授業が終わり、続いてシェリアの授業が行われる。
「……光の粒子よ、我が前に集い盾となれ。ルミナス・シールド!」
ルミア先生の指示のもと、シェリアは必死に呪文詠唱をしていた。
どうやら光属性の防御魔術らしいが、発動したのはなんとも弱々しい光を放つ盾で、すぐに霧散してしまった。
「はぁっ……はぁっ……」
「わずかな時間ですが、ようやく具現化できましたね。今日はここまでにしましょう」
「はい……ありがとう、ございました」
先生はそう言って、杖をしまう。シェリアはお礼を言うとすぐ、地面に座り込んでしまった。
シェリアは魔力量がそこまで多くないらしく、かなり疲れるのだろう。
ちなみに俺たちが授業を受けている間、ヨハンは少し離れた場所に座り込んでいた。
こいつはいったい、何しに来たんだ?
「二人とも、お疲れさまでした。明日と明後日は授業もお休みなので、ゆっくり休んでください」
やがて今日の授業が終わり、ルミア先生は去っていった。
「ねぇねぇ、明日、三人で買い物にいかない?」
そして先生が帰った直後、シェリアが声を弾ませる。
「昼からなら構わないぜ。明日は朝練だけだし」
それまで蚊帳の外だったヨハンが会話に入ってくる。
もしかすると、シェリアはヨハンに授業の後に話があるとでも伝えていたのかもしれない。
「ライフはどう? 時間ある?」
「こいつはショウセツで忙しいんじゃないのか」
「もう、そんなふうに言わないの。ライフの小説、面白いんだよ」
ヨハンが嫌味っぽく言うも、シェリアはそう言葉を返す。その一言だけで、執筆のモチベーションは爆上がりだ。
「俺も昼からなら大丈夫だよ。楽しみにしてる」
休みの日こそ、がっつり執筆したい……なんて考えも少しはあるが、なにせここは異世界だ。
作品のネタになるものはそこら中に転がっているわけだし、可能な限り触れておきたい。
「じゃあ、明日のお昼すぎ、商店街の入口に集合ね」
シェリアは最後にそう言うと、小走りで去っていった。
このままヨハンと二人でいる理由も特にないので、俺も適当に挨拶を交わすと、空き地をあとにした。
「……おっ、帰ってきたか。ライフ、今日もやるぞ」
自宅に戻ると、庭先でベールが待っていた。
どこか嬉しそうな顔をする彼の手には、二本の木剣がある。
実はここ最近、俺は元騎士団の父から剣術を教えてもらっている。
小説描写の参考になるというのもあるが、一番の理由は彼の機嫌取りだ。
結局、俺が宮廷魔術師になることを拒否したことで、ベールは明らかに気落ちしていた。
そんな父を励ますため、二人の母さんと相談して決めたのが……この剣術訓練だった。
俺が習っているのは基礎中の基礎だが、母さんたちの思惑通り、父さんは速攻で元気を取り戻した。
……さすがあの二人、父さんを知り尽くしている。
「明日、シェリアたちと街に買い物に行ってくるよ」
木剣を手に、何度も構えと素振りを繰り返しながら、俺はそう口にする。
「おっ、ついにデートか?」
「……ヨハンも一緒だからさ」
「それなら尚更だ。いいかライフ、明日は絶対にシェリアちゃんにプレゼントをしろ。そして男を上げるんだ」
……この人は10歳の息子に何を熱弁しているんだ。
まぁ、好感度を上げておくことに越したことはないし、プレゼント作戦はありかもしれないが。
そこまで考えた時、ある疑問が浮かび、俺は手が止まる。
「お、どうした?」
「……父さん、シェリアって何もらったら喜ぶと思う?」
俺は父の前に向き直り、そう話を切り出す。
なんだかんだで、ベールは妻が二人もいるわけだし。乙女心を掴むのは得意なはずだ。
「そうだなぁ……定番は小物や髪飾りだな。いや、思い切って靴を贈る手もある」
「え、靴とかもらって喜ぶのか?」
「女性は男の何倍も足元を気にするんだぞ? シェリアちゃんもそろそろ年頃だから……」
「うんうん」
……それからカミラ母さんが様子を見に来るまで、男同士の密談は続いたのだった。




