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1.前世の記憶


 ―― 辺境貴族の三男 ライフ・グランフォード 7歳。


 俺の前世は、作家志望の中年男だった。

 その記憶が蘇ったきっかけは、友人たちとの川遊び中に溺れたこと。


 俺は必死の思いで川から上がり、水面に映る自分の姿を見て……あ然となった。

 金髪碧眼(きんぱつへきがん)で、一昔前のファンタジー小説に出てくる主人公のテンプレのような見た目。誰だコイツは。


 驚きのあまり、がっくりと膝をつく。

 かつての俺はブラック企業で働きながら大好きな小説を書き続け、ついに小さな出版社のコンテストで受賞。書籍化が決まった矢先に、職場で倒れた。


 あの胸の痛みは、おそらく心筋梗塞だったのだろう。間違いなく過労死だ。

 ……そして何の因果か、異世界に転生してしまったらしい。


「ライフー、大丈夫ー?」


 ずぶ濡れの体を草の上に投げ出すと、声が聞こえた。

 次の瞬間、赤い髪を大きな三つ編みに結った少女が視界に飛び込んできた。


 年齢は今の俺と同じくらいで、白のチュニックを身にまとっている。

 少女はかがみ込みながら、藍色の瞳で心配そうに俺を見てきた。


「えっと……誰だっけ?」


 すごく可愛い子だったけど、その名前が出てこなかった。


「ええっ、頭でも打った? シェリアだよ。ライフ、しっかりして」


 言いながら、シェリアと名乗った少女は俺の肩をゆする。

 それと同時に、この体 ―― ライフの記憶が俺の中に流れ込んできた。


 シェリア・ヴォハール。同じ街の商家の娘で、俺の幼馴染。そして許嫁(いいなずけ)だった。


 どうして許嫁なのか、その理由はよくわからないが……この世界ではそんな風習でもあるのかもしれない。


「ぼーっとしてるから川に落ちるんだぜー。もっと体を鍛えろよ」


 その時、別の声が聞こえた。

 体を起こすと、俺の前に茶髪の少年が仁王立ちしていた。


 ……ライフの記憶によると、こいつはヨハン。シェリアと同じく、俺の幼馴染だ。


 騎士の家の子で腕っぷしが強く、いつもいじめられていた記憶しかない。


「ヨハン、そんな言い方しないの。痛いところはない?」

「えっと、大丈夫」


 ライフの口調は記憶にないので、なるべく自然体で友人たちと話す。


「あ、膝、擦りむいてる」


 その矢先、シェリアが俺の右膝を指差す。ズボンが破れて、血が滲んでいた。


「うー、回復魔術をかけてあげたいけど、まだルミア先生に止められてるの。ごめんね」


「……回復魔術? この世界、魔法があるのか?」


 思わずそう口にすると、シェリアとヨハンは顔を見合わせた。


「なぁ、やっぱりライフ、頭でも打ったんじゃないか?」

「そうかも。早くお家につれて帰ってあげなきゃ!」


 言うが早いか、シェリアは俺の手を掴んで走り出す。

 その力は予想外に強く、俺は半ば引きずられながら彼女についていく羽目になった。


 ◇


 シェリアに引っ張られながら、街の中を進む。


 目の前に広がるのは、まさに中世ヨーロッパの街並みそのもの。人々の服装も、ゲーム世界から飛び出してきたようだ。


 馬車も走っているし、地面は石畳。道行く人の身なりは綺麗で、それなりに豊かな国のようだ。


 そんな光景に目を奪われていると、丘の上に大きな屋敷が見えてくる。

 その広い庭で、一人の女性が洗濯物を干していた。


「カミラさーん!」

「あら、三人ともおかえりなさい。今日は早かったのね」


「ライフが川に落ちたの! 変なこと言ってたし、頭とか打ってないか心配で!」


 言いながら、シェリアは俺を女性に引き渡す。記憶によると、この人は俺の母親だ。


「二人とも、わざわざありがとうね。まったく、ライフはいつも迷惑かけて」


「いえいえ。ゆっくり休ませてあげてください! それじゃあ!」


 シェリアは笑顔で言うと、ヨハンをともに去っていった。


「……さて」


 二人の背が見えなくなったあと、カミラ母さんが振り返る。その顔は鬼の形相をしていた。


 人様の前では人格が変わる。どの世界でも、母親は同じらしかった。


 ……その後、ご立腹のお母様に持ち上げられ、俺は風呂場へと運び込まれる。


 誰が用意してくれたのか、そこには湯気の立ち昇る大きなたらいがあった。


「全身ずぶ濡れじゃない。ほらほら、さっさと脱いで」


 カミラ母さんはため息まじりに言うと、俺の服を掴み、無理やり脱がしていく。


 い、いけません。前世の記憶が戻った俺は、精神は立派な大人なんだ。たとえ体は子どもでも、ご婦人の前で裸を晒すわけには……あーれー!


 必死の抵抗むなしく、俺は生まれたままの姿にされて、お湯が張ったたらいに投げ込まれた。


 ……くそ、体格差がありすぎだ。



 巨大なたらいの中で全身めちゃくちゃに洗われたあと、俺は新しい服を着せられて自室のベッドへ放り込まれる。


「頭打ったとか言ってたし、夕飯まで休んでなさい」


 その言葉を最後に、勢いよく扉が閉められた。

 周囲が静かになったのを確認して、俺はベッドから抜け出す。


 前世の記憶が戻った俺には、やりたいことがあった。


 ―― この世界でも、小説が書きたい。


 それこそ、前世では寝る間も惜しんで小説を書いていたんだ。その情熱は、世界が変わったくらいでなくなりはしない。それくらい、俺は小説が好きだった。


 ……まずは、この世界ではどんな物語が流行っているのか知りたい。下調べは大事だ。

 俺は室内を見渡す。小さな机はあるが、本棚らしきものはない。


 机の引き出しを開けるも、中身は空っぽだった。


 この年齢なら、そろそろ読み書きくらい習っていそうなものだが……教科書やノートの類も見当たらない。この家、それなりに裕福っぽいけど。


「せめて白い紙と、筆記用具を……万年筆なんて言わない。羽根ペンや鉛筆でいいから……」


 せっかく異世界に来たんだし、それこそネタの宝庫だ。忘れないうちにメモしたい。


 祈るような思いで、部屋の中を探し回るも……それらしいものは一切見つからなかった。


「くそっ……この部屋には何もないのか」


 やがて探し疲れた俺は、ベッドに寝っ転がる。

 ……もしあるとすれば、部屋の外か。


 ライフの記憶によれば、この家には書斎がある。そこに、何冊か本があった。


 父親が書斎で手紙を書いていた覚えもあるし、筆記用具や紙もあるだろう。


「……よし。向かうは父親の書斎だ」


 次なる目標を定めた俺は、意気揚々と廊下に出る。さぁ、冒険の始まりだ!


「こらライフ! 寝てなさいって言ったでしょ!」

「ごめんなさい!」


 扉を開けた直後、カミラ母さんの怒りの声が飛んできた。俺は全力で謝りながら、部屋へ逃げ帰る。

 どうやら、この体には母親の怖さが刻み込まれているらしい。


 これは、しばらく部屋から出るのは無理そうだ。


 ……仕方ない。夕食の時にでも、両親に訊いてみることにしよう。


 俺はそう心に決めて、ベッドへと潜り込んだのだった。



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