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おれの親衛隊

作者: 雉白書屋

 ある日突然、おれにアイドル親衛隊がついた。と聞けば意味がわからないと思うだろうが、おれにもわからない。いや、本当に。なんの気なしに受けた健康診断で病気が見つかった人は、こんな気分なのだろうか。

 ピンクの法被と鉢巻を身につけたチビニキビ、ガリ出っ歯、デブメガネ天パの三人組だ。この言い草から、おれが相当に連中を不快に思っていることが窺い知れるだろう。今日日あまり見かけない風体のその三人の男とおれが出会ったのは、朝、自宅アパートを出たときのことだった。


『キュウウゥゥト!』

『グゥゥゥゥド!』

『モォォォォォォニン!』


『アイラブアァオォォイィィィ!』『アイラブアァオォォイィィィ!』『アイラブアァオォォイィィィ!』


 アパートの敷地の外の道路に立ち、奇声を上げたその三人を見たおれは、朝から騒々しい奴らがいるなぁと思った。おれの名は確かにアオイだが、連中の言葉がうまく聴き取れず、自分とは無関係だと思ったのだ。そもそも、連中が自分の名前を口にしているなどとは思うはずもなかった。

 しかし、連中はおれの後を一定の距離を保ったまま、なんと会社の前までついてきたのだ。

 おれは道中、何が起こっているのかわからず、ただ恐怖心が募るばかりだった。だから、連中に問いただすこともできず、逃げるように会社の中に入った。さすがに不法侵入となるためなのか、連中は会社の中まで入ってこなかったが、帰ろうともせず、お手製の団扇を抱え、おれが出てくるのを待っているようだった。おれは赤の他人の振りをして(いや、もともと他人なのだが)無関係を装っていたが、結局上司に呼ばれた。


「君、外の三人組なんだが……」


「……はい」


「君の関係者なんだよね?」


「いえ、あの、全然違います。まったく知らないんです」


 否定しながら、おれはどこかホッとしていた。連中はおれにしか見えない幻覚なのではという思いがあったからだ。おれの頭は正常で、異常なのは連中の頭なのだろう。しかし、それは慰めにはならなかった。


「友達じゃないのか? 何か似ているし」


「似てませんよ! まったくの無関係です」


「しかしね、彼らが手に持っているあの団扇に君の名前があったんだが。確か君、アオイって名前だろ?」


「それは、はい……」


「女子社員が怖がるので、彼らに話を聞きに行ったんだが、彼らは君の親衛隊だと言っているんだよ」


「それが……今朝、ドアを開けたら、連中がアパートの前にいて、それで変な声を上げたと思ったら、ついてきたんですよ。電車も同じ車両で、もう息がかかりそうな距離で、とにかく自分でもわけがわからないんです。どうしてついてくるのか訊いても、なんか話があまり通じなくて……」


「えーっと、君は男だよな?」


「ええ、もちろん見てのとおり」


「何かやってるわけじゃないよな? 副業でバンドとか、ファンがつくようなことを。それこそ……ふふっ、アイドルとか」


「やってませんよ。やっているわけないじゃないですか」


「そうだよなぁ。三十代の普通の会社員で、顔もそんなにだし」


「まあ、はい……」


「そんなにどころか……いや、やめておくか。で、それの親衛隊と。まあ、そういうこともある……のか?」


「いや、自分にもちょっとわからないですけど……」


「とにかく、みんなの仕事の邪魔はさせないでくれよ」


「はあ、すみません……」


 上司に手で促され、おれは席に戻った。

 おれとしては会社に何とかしてもらいたかったが、上司はこの件に関わりたくないようだ。おれが上司の席から離れる際、上司は「多様性かぁ」とぼやいていたが、絶対に違うと思う。

 その後、この件を同僚連中に揶揄され、おれは乾いた笑いで返した。しかし、こんなことが何日も続くと気味悪がられ、おれはみんなから腫れもの扱いされるようになった。どうも親衛隊の連中の異常性をおれにまで見出しているようだ。マナーの悪いファンのせいでそのアイドルまで白い目で見られるというのはこういうことか、とおれは思った。

 しかし、なにもそうなるまで手をこまねいていたわけではなかった。

 連中に付き纏われるようになった最初の夜、仕事を終えて帰宅したおれはアパートの外に出て、連中にどういうつもりなのか訊ねた。

 

「おい」


『なあに~?』『なあに~?』『なあに~?』


「チッ……」


『リップをありがと~う! お返しにチュッ!』

『チュッ!』

『チュッ!』


「おぉ……ふっー、冷静に……」


『がんばれー!』

『アオイー!』

『ぼくたちがついてるーぞ!』


「なあ、もう何でもいいから、おれに付き纏うのはやめてくれ。迷惑なんだよ」


『ど~して~?』『ど~して~?』『ど~して~?』


「あのな、お前らのやってることはただのストーカーだからな」


『ひど~い』『ひど~い』『ひど~い』


『でも~』『でも~』『でも~』


「ん?」


『アイラブ、ア・オ・イ!』『アイラブ、ア・オ・イ!』『アイラブ、ア・オ・イ!』


「だぁぁぁ!」


 イライラしたおれは、つい連中の一人に手を出してしまった。しかし、その男は鼻血を流しているのにもかかわらず、ヘラヘラするばかりで、てんで堪えない。スクイーズのオモチャのようだった。

 連中は凄まじいバイタリティの持ち主で、朝から晩までおれがどこへ行こうとも付き纏ってきた。連中の資金源やどこで寝泊まりしているのかは、わからないし、わかりたくもない。

 一度警察を呼んだが、不法侵入されているわけではないし、一応注意はしてくれたものの、逮捕とまでいかなかった。おれはその警官に抗議したが、「男なんだから」と、どこか封建的な考えの持ち主らしく取りあってもらえなかった。もっとも、おれも殴ってしまった手前、もしそこを引き合いに出されたら立場が悪くなるので、引き下がるしかなかった。


『アアアアアアイ!』

『ラァァヴ!』

『アァオイィィィ!』


『サーティィィィィフォオオオオォォォ!』『サーティィィィィフォオオオオォォォ!』『サーティィィィィフォオオオオォォォ!』


「年齢を言うな。いや、別に気にしてないが、なんでおれが三十四歳だって知っているんだ」


 おれは連中を妖怪のようなものだと思うことにした。 だが、福の神はもちろんのこと、疫病神と思うことにしたわけじゃなく、存在しないものとして考えることにしたのだ。連中の声援に、活力が湧いたり運気が上がるなどといった効果はないことはわかっている。せいぜいおれを苛立たせるだけの味のないガムだと思い、気にしないようにした。すると、不思議なことに周りの人間たちも徐々に気にしなくなり、おれはまるで胸ポケットや腰にアニメキャラクターのぬいぐるみをつけて常に持ち歩いている変わった人程度に扱われるようになった。変な目で見られることには変わりないが、マシにはなったというわけだ。

 やがて、おれに好きな人ができた。当然、連中を引き連れているという汚点はあったのだが、おれは負けてなるものかとめげずに彼女にアプローチし続けた。そして……


「おれと……おれと……」


『なあに~?』『なあに~?』『なあに~?』


「その……」


『L! E! T! S! レッツゥゥゥゥゥ……ゴー! アオイィ!』『L! E! T! S! レッツゥゥゥゥゥ……ゴー! アオイィ!』『L! E! T! S! レッツゥゥゥゥゥ……ゴー! アオイィ!』


「おれと結婚しよう」


「……はい!」


『オオォォイエエエェェ!』

『アオイ! アオイ!』

『青春! 青春! アオイ街道一直線!』


 彼女と結婚が決まり、やがて……。


「あなた……女の子ですって」


「おおぉ、ありがとう、ありがとなぁ……」


『アオイ! アオイ!』

『ゴッドファーザー! アオイ!』

『父親ナンバーワン!』


 子供を授かり、また時が流れ……。


「話があるんだ……」


『え~?』『え~?』『え~?』


「えー、なに? どうしたの? あの子が家を出たから寂しいんでしょー」


『う~ん』『う~ん』『う~ん』


「その、会社の検診で……癌が見つかったんだ」


「え……」


『アオイ! アオイ!』

『負けるなアオイ!』

『無限の可能性! アオイ!』


 癌が発覚してから長い月日が経った。そして、病室で……。


「失礼しますよ。どうも、最近は体の調子がよさそうですね」


「ええ、先生。おかげさまで、でもまあ、あれですよ」


「あれ?」


「蝋燭の最後の輝きってやつです」


「そんなそんな……。あ、この花、ご家族がお見舞いに来られたんですか?」


「ええ、娘夫婦がね、孫を連れて。妻はほら、認知症なんで……」


「ああ、そうなんですか」


「……もう、長くないでしょうね」


「いえいえ、ですからそんなことは……」


「ははは、でも思ったよりもずっと長生きできましたよ。手術を何度もしたのはしんどかったですけど、もうそれもないと思うと気が楽ですね」


「まだまだ、これからですよ」


「ははは、どうでしょうかねぇ……ちょっと、一人にしてもらえますか?」


「ええ、わかりました……」


「ふぅー……なあ」


『な~に?』『な~に?』『な~に?』


「いつからか、誰もお前たちのことを気にしなくなったな」


『そーだね!』『そーだね!』『そーだね!』


「いつか消えると思ったけど、ずっと一緒だったな」


『ずっと応援しているよ!』『ずっと応援しているよ!』『ずっと応援しているよ!』


「おれは、お前たちのことを疫病神か何かだと思ってたけど」


『えー!』『えー!』『えー!』


「本当は違ったんだな、と」


『つまり~?』『つまり~?』『つまり~?』


「揃いも揃ってブサイクだし、気持ち悪いなとも思ったが』


『ちょっとちょっとー!』『ちょっとちょっとー!』『ちょっとちょっとー!』


「まあ……ありがとな……」


『フゥゥゥ! アオイ! アオイ!』

『ゴートゥーヘヴン!』

『おれたちのアイドルアオイ!』


「ああ……もう行くよ……」


『L! O! V! E!』『L! O! V! E!』『L! O! V! E!』


『子孫! 子孫! おれたちの子孫!』

『紡いでくれてありがとう!』

『孤独死回避おめでとう!』


『アイラブアオイ! 人生卒業おめでとう!』 『アイラブアオイ! 人生卒業おめでとう!』『アイラブアオイ! 人生卒業おめでとう!』

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