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九話





 王立図書館地下。


 故人から継いだ『禁書の間の鍵』を代々そこを守る一族の門番に示し、禁書の間に入った私は、膨大な数の禁書の書棚の間に作られた故人の個室へと入った。


 故人が閲覧していた禁書の閲覧履歴を読む。

 そこに並んでいたのは基礎知識がなければそもそも読むこともできない、そしてある一定以上の知識を持つ者にとっては、まさしく人々を操ることも導くこともそして狂わすことも、国を興すことも衰退させることも滅ぼすこともできる恐ろしき禁書達。

 悪用をされない為には禁書とせざるを得なかった古代の偉人達の叡智の数々。

 それゆえに禁書の間は、その資格者以外を数百年前より厳しく制限した。


 机の上には、故人が残した決して表には出ることのない書きかけの研究書類が山と積まれていた。

 この部屋の幾多の過去使用者達から引き継いだ過去研究と共に、それらを基に故人がさらに新開拓新発見を進めていった様々なる分野の研究内容がここには眠っている。


 それらの書類に埋もれかけた大きな机の墨に、何故かそこにそぐわない古びた本が一つ。

 聖典。

 私は比較的新しい栞の挟まれたページを開く。


 おそらく故人によって引かれたものであろう罫線は

『神の孤独』について書かれた箇所だった。




















「本日より西部作戦本部に着任いたしました、ジェイムズ・ポートランド中尉及びマクスウェル・チェスター少尉であります。何卒よろしくお願い致します」


 遠目からではなくすぐ目の前にあの軍神アドルフがいる。

 アドルフ少将といえばそれと言われる、いつもその顔ばせに湛えておられる慈父のようなあたたかな微笑み。

 その微笑みが、いま今俺達に向けられている。

 その事実に俺は打ち震えた。

 大戦中期においてイースランド圧倒的劣勢の戦況から、指揮権を持つと同時に瞬く間に戦局を逆転させ続けたアドルフ少将の智略は『千里眼』と呼ばれ、敵国には未曾有の恐怖を、味方には信仰にも似た心酔をもたらした。


 それまでアドルフ少将に嫉妬しなんとかアドルフ少将失脚させようとしていた中央作戦本部や他の地方作戦本部の将軍達も、あまりのアドルフ少将の分析眼の正しさに、今や戦局が動くとすぐさまアドルフ少将に暗号通信にて知略を乞う有様だった。

 ただしその内容のほとんどはアドルフ少将の名前を消された上で遂行されるのだが。

 軍上層部は相変わらずのこの国よりも卑怯な保身と強欲と虚栄心と派閥闘争を優先している。


「よく来てくれた。ここは王都から遠かっただろう。まずは休みなさい」


 軍神アドルフ少将は、作戦本部に着いたばかりの2名の配下を労ってくださった。




 



「君達は戦争をすぐに終わらせるべきだと思うかもしれない。しかし私はそうは思わない」


 アドルフ少将は第一回作戦会議にてまずそう言われた。


「まず先入観を捨てて聞いて欲しい。

 戦争とは大きな変革の機会となる。

 平和の時代には膿んで腐敗している過去の遺物を除去することもできずそれら腐毒の跋扈を許すばかりであるが、戦時や非常時においてはそれらの外科手術的除去が可能となる。

 我々が見るべきは目先の勝利ではなく、この戦争によって何を壊し、何を作るかであると考えて欲しい。

 国家を立て直し、大陸の常識を塗り替え、新しい未来を作る為に。それが今は苦しくとも、未来においてより多くの国家国民の幸福と繁栄と安寧を作ることになると私は思う。

 私の思いに賛同する者は私にどうか力を貸して欲しい。

 私に賛同できぬ者は申し出よ。私の責任において問題のない形で本部に帰任させよう」


 アドルフ少将の訓示に俺は棍棒で頭を殴られるような衝撃を受けた。

 アドルフ少将はすでに大戦の勝利ではなく、『第二の建国』とでも言うべき国と大陸全体の大きな改革を見据えていた。


「私はこの戦争を2年後には終わらせたいと考えている。

 すぐに終わらせることは可能だ。しかし性急すぎる動きは必ず綻びを生む。

 2年の中でそれぞれの戦地にとって今を勝てる判断ではなくより幸福なる未来から見た判断を与えようと思う。

 それは今助けられる命を見捨てることをも同時に意味する。

 それでも私は私の判断を信じている。

 数万数十万の命を見殺しにして、未来の数千万の国家国民の幸福を作る。

 私を狂人だと思う者もあるだろう。

 しかし私の目にはそれははっきりと見えている。

 私の目を信じる者は私と共に」


 隣の肩がわずかに揺れている。視線を向けるとマックは目を赤くしていた。

 俺の視線に気づいたマックは、俺に微笑んで強くひとつ頷いた。

 マック、分かるよ。

 俺達はこの御方のお役に立つ為に生まれてきた。

 この御方についていこう。















「ジェイ、俺ははじめて軍人になって心から良かったと思ったんだ」

「ああ、分かる。アドルフ少将こそ、この国の希望そのものだ」


 作戦本部の外の小さなベンチで、俺とマックは人生ではじめて経験する体の奥から震えるような感動を語り合った。

「まさかあれほどの御方だったとは」

「おそらく今の上層部にアドルフ少将のあのお志を分かる人間はいないだろう。むしろ下手をすれば危険思想として諜報部経由で粛清されかねない」

「だからこれまでアドルフ少将は表に出てこられなかったんだろうな」

「獅子身中の虫共め」

「でもこれからだ。これから、この国の、いや、もしかしたら、この大陸の夜明けがはじまるぞ、ジェイ」

「ああ」

「最後まで見てみたいな。出来ればだが」

「……………」

「俺が死ねばチェスター家は終わる。でもそれでもいい。国が亡くなれば家なんか関係ないんだから。だから俺の命がこの国と国民の為になれば。その思いで俺はここまで来た。でも天は俺達を見放しておられなかったんだな」

「お前は立派だよマック。名門チェスター家の唯一の男子であるお前が、軍人となったばかりか進んで戦地転属を希望する。この事実だけでどれだけ各戦地の軍人達が勇気づけられたか」

「軍人は国の為に死ねれば本懐だからな」

「ああ、でも生き延びよう。生きて、生涯を共に歩いてくれ」

「ありがとうジェイ。『軍人は死を恐れてはいけないが、生を簡単に捨ててもいけない』。何千回陸軍学校でカシー教官から聞かされたことか」

「お前は無鉄砲だから、すぐカシー教官に説教されてたもんな」

「懐かしいな」


 俺はそっとマックの背中を抱きしめた。


「マックありがとう…俺を選んでくれて」


 マックは俺の腕を優しく撫で続けてくれた。


「それは俺のセリフだ。お前こそ、ポートランド家を捨てて俺を選んでくれてありがとう。ささやかな御礼と言ってはなんだが一生付きまとってやるよ」

「ああ、楽しみだ。ジジイになるまでしがみついててくれ」

「ふふ、サミーに嫉妬されるかもな」

「…大戦が終わったら、お前と養子縁組したいと思ってる」

「……ジェイ……」



 俺はマックの顎にそっと触れてこちらに振り向かせ、深く口づけた。

 マックが俺の腕に強くしがみつく。

 俺はマックを強く抱きしめる。

 今はこの世界に二人きり。





















 それからしばらく過ぎたある夜。

 俺は夜半にアドルフ少将の私室に呼び出された。

 通常は司令長官室に呼び出されるものなので、個人的指導と思われる。


「失礼いたします。ジェイムズ・ポートランド中尉であります」

「ああ、よく来てくれた。遅くにすまない。そこに掛けなさい」


 アドルフ少将は微笑みをさらに深くして言われた。


「ポートランド中尉、率直に話そう。私はお前を実の息子のように思っている」

「は…!」

「お前には天賦の才がある。まだ眠っているが私には見える。お前は過去の私自身だ」


 動悸が止まらない。胸が熱く燃え上がる。

 俺は………軍神に選ばれた!


「………ありがとうございます………!あまりにもったいなきお言葉です…!」

「私は嘘は言わない。ポートランド、これからお前に私が持つすべての技術と経験と知識を教えていく。お前にのみだ。他の者はとてもついてこれぬだろうからな。覚悟はあるか?」

「は………!!光栄であります!!」

「私を決して裏切るな。裏切ることは許さない。私の言葉を受け入れるならここで師弟の誓いを」



 俺に迷いはなかった。

 帯剣でお互いに心臓に近い左手首を切り、そこから流れる血を入れた酒をお互いに飲み干す。これは『命ある限りこの誓いを守り通す』ことを意味する。そして同時に『この誓いを破る事は死と同義』でもある。

 師弟の絆は絶対であり、師の言葉は上官命令よりもはるかに重い。俺は軍神アドルフ少将に選ばれた唯一の弟子となったのだ。




「では、ジェイムズ。お前にお前の師父である私からの最初の言葉を与える」

「はい!」


「お前の宝を私に捧げよ」







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