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四話

 




 教会の隣には孤児院があった。

 大戦と飢饉によって孤児は溢れんばかりで、しかしその大量の孤児達も絶望的な栄養不足と粗悪すぎる衛生環境のせいで、軽い風邪やちょっとしたケガでも体力のない子からバタバタと死んでいく。


 戦場では雪降る中、死んだ親を泣き叫びながら呼び続け親の亡骸からいつまでも離れようとしない子供や、土砂降りの雨の中、息絶えた母親の乳を必死に探している赤子の姿を大勢見てきた。

 しかしそれは戦場においては『風景』だ。

 そんなもので胸を痛めていては戦場では持たない。

 持たない兵から心を壊して戦病兵としていつしか消えていく。


 俺達軍人はその『風景』をこれ以上増やさないように戦い続けるのが仕事。

 一刻も早く大戦を終わらせ、もう母親と子供が戦火によって引き裂かれないようにと。

 しかし、俺の存在は───



「ほら、ボーッとするんじゃない。動け。まずは子供達と畑に行く準備じゃ」

「あんなに小さな幼児が畑仕事を…!?」

「そうしないとこの子等は皆飢えて死ぬ。弱い子から死んでいく。少しでも食わせること。ここの仕事はそれが中心じゃ」

「………分かりました」

「まだ体は辛かろうが、お前さん自身の為にも、痛みを押して働いた方がいい。これはわしの経験よ」

「……はい。」


 俺は目の前の現実にたたきのめされた。

 ここには俺の持つ一切の感傷、一切の自己憐憫、一切の自己否定は通じない。軍人としての誇りも、挫折も、《必要ない》。

 俺の存在が大戦を長引かせたとかそんな事さえもどうでもいい。


 必要なのはひたすら、子供達を食べさせ、少しでも生きながらえさせることだった。

 必死で頭をめぐらし、これまでの知識と経験を総動員した。

 畑の収穫率向上、作業効率改善、衛生環境の改善、食べ物の各種保存法、保存食の確保、水のろ過装置作成、子供に必要な医薬品の調達等を立案・遂行する。それも最低限で、それ以外にもしなければいけないことや考えなければいけないことは山のようにある。


 俺一人ではとても間に合わない。


 子供達を使い、言うことを聞かなければ怒鳴ってげんこつ(もちろん手加減して)をお見舞いしてでも手伝わせる。

 改善しなければもっと子供が死ぬ。

 子供が死ぬこと自体は止められなくても、改善すればするほど死ぬ子供の数は少なくなる。

 さらにこの様々な技術を子供達が身に付け、大人がいなくてもある程度子供達で回せていけるようにしなけれならない。

 それは戦場では当然の想定。

 考えられる最悪の状況─大人達が全部死んだ状況時に子供達だけでなるべく対応できるスキルを、そうとは言わずに作りあげるのだ。





 毎日子供が死ぬ。

 昨日走り回ってた子供が朝冷たくなっていることはここではめずらしくない。

 冬はさらに増えた。

 それでも足を止めるわけにはいかない。

 俺が前に進む足を止めれば死ぬ子供の数は増える。

 毎日、教会の裏手にある墓地に子供を埋葬する。

 午前中の大人の仕事は死んだ子供達の埋葬だ。

 老神父と数人のシスター達と共に祈る。


 俺は神に祈る。

 いるかもしれないしいないかもしれない神に。

 どうか、この子達を。

 肉体はなくなったかもしれない。

 この子達の、

 せめて、

 霊を、

 魂を、

 お守りくださいと。





 毎日が戦いだった。

 いつの間にか、体のケガの痛みは気にならなくなり、そしてあの毎日つけている薬草傷薬の効果もあったのか、いつしかほとんど治癒していた。最初の治療過程でかなり無理をして動いてしまったせいで、多少の傷跡は残ったが、傷跡などは軍人なら気にもならない。

 経験上、あの規模のケガの治癒には最低でももう1ヶ月はかかるはずだった。

 この薬草の傷薬のレシピは本当に惜しい。これがあれば戦場の兵がどれ位救えるだろうか。

 しかし老神父の言う通り、公開したが最後、あっという間に貴族達の権益として独占され、平民はすぐにその恩恵を奪われるれることもまた目に見えていた。


 目の前に妙薬があっても圧倒的な貧富の差によって使うことを罰せられるよりは、はじめからないと思った方が救われることもある。


 この国の歪みは外の敵だけではない。











 ある日老神父が俺の部屋に来た。

 老神父はその場で神官服を脱ぎ、俺に投げた。


「わしにはブカブカだったがお前なら少し狭い位でギリギリ大丈夫だろう」

「…これは?」

「もう神官ごっこは飽きた。今度はお前が神父になれ」

「でも私は…」

「いいんじゃよ適当で。わしもここに来るまでは聖典解説なんかしたこともない」

「え?!」

「当たり前だろう。ここら辺のどこに神学校がある」

「………」

「わしもお前と同じ。ここにいた神父からこれを託された。

 その神父は本物の神父じゃったがな。私が殺した最後の男じゃった。ここにある水平の縫い跡は、その時神父を刺した傷の上の穴よ」


 この老人は、一体どれほどのことを背負ってきたのだろうか。


「…分かりました。明日からこれを着けさせていただきます」

「その神官服を着けるということは、聖典の内容をこれからわしの代わりにお前が子供達に説くということでもある。これから葬儀や婚姻式や祈りの儀式の導師もお前がしろ。なに、今までわしがしてたことの真似事をすればいい。そのためにも今までよりもっと聖典の勉強を自分なりにしておけ。お前のそのアクセントは王都の貴族階級出身か?」

「はい」

「ならその時にあちこちで見てきた神官達の姿勢や説教の内容でも思い出して真似るといい。わしもそうしたからな」

「あなたも王都だったんですか」

「ああ、『赤い鷲事件』まではな」


『赤い鷲事件』…約50年前に起きた社交界内での大疑獄事件だ。士官学校で授業で出てきた内容だった。しかし内実は社交界での既得権益の争奪戦の末に少数派貴族が無実の罪で陥れられたという噂があった。たしかその中でもっとも大きな家の名は…


「ガルシア家…」

「ああ、もうその名前は捨てた。今はただの爺だ。でも爺でも困るな。ヒューイとでも名乗っておくか。わしの家を潰してくれた大貴族の長男の名前だ。その子もわしの手で殺した。いつの間にかその家ではそんな子は元から存在しなかった事になったがな」

「………あなたは……」

「わしは地獄に落ちるよ。わしはわしのしてきた事を許していない。許すなんて簡単にできるもんではない。いや、簡単にすべきではない。だからこそ神がいる。自分自身を許せない人間を神だけは許してくださる。」

「…………」





 老神父は神官服を俺に託した次の日からヒューイと名乗り、表向き孤児院院長と名乗り教会から孤児院に居を移し、孤児院運営に回ることになった。

 しかし孤児院はそもそも教会が運営している。

 それは事実上、ヒューイが教会と孤児院を俺に託したということだった。

















 松永とのお互いを労わり合うようなあたたかい時間の後、

 明かりを落とした部屋のベッドの中で、いつものように松永は俺を後ろから抱きしめている。

 いつから、この背中のぬくもりがないことを寒いと思い始めたのだろう。

 とろとろとした心地よい疲労感とまどろみ。でも眠るにはもう少し足りない。


「………なぁ松永」

「うん」

「前世でさぁ、お前と俺は離れ離れになったのか?」

「…………」

「答えたくなかったら答える必要はない。独り言として言わせてくれ。

 お前、前から俺に言ってたよな?

 もう離れるなとか、もう奪われるなとか。

 お前は高橋と同じ俺がいた孤児院の関係者だったのかなって思ってるんだけど」

「………ちがうよ」

「そうか。教えてくれてありがとう」


 何故か礼の言葉がさらりと出た。

 普段の俺にはあまりないことだ。松永に対して素直に礼を言えるなんて。


 松永の俺に対する尋常ではない執着と、松永に対してだけ何故か本気の力が出せない俺。

 俺を奪われることや俺が離れていくことを異常に恐れる松永の態度と、優しい時間の時に松永から手を握られた時の俺のあのなんともいえない、懐かしいような悲しいような胸に迫る感覚。


 おそらく、松永と高橋は前世で『俺を失った』(将軍から守れなかった?)トラウマに今も執われている。


 そしてその傷は、これもおそらくだが、高橋よりも松永の方が、ずっとずっと深い。











「う~ん」

「先生、何読んでるの?」

「これ」

「え?先生、スピ系に目覚めちゃった~?」

「いい占いサイト紹介しようか~?」

「すんごい当たる電話占いあるよ!1分300円だけど」

「いや占いはまだいいや」


 昼食時間。

 やはり生徒の前でこの本を持ってきたのは失敗だった。

 俺の手には『前世を記憶する子どもたち』という本。

 図書室の返却コーナーで見つけて持ってきた本だ。

 しかしさすがスピ系、女子生徒の食いつきがよすぎる。

 そうすると男子生徒もくるわけで。


「お、新倉先生とうとうソッチの世界に行くのか~?」

「先生悩みがあるなら聴くよー!」

「悩みはな、給料が少ないことなんだ」

「よし、俺新倉先生の為に今から校長室行くわ」

「俺が悪かった。ごめんなさい」


 ここはもうあの最終究極秘奥義を使うしかないか…。


「いやな、俺の友達が、自分の前世の事知りたがっててさぁ」


『友達が◎◎』大作戦!きたねぇ俺!汚れた大人になっちまったな!

 チラッと高橋を見たら、俺をジッと見つめていたらしい高橋と目が合った。









 そしていつもの日常。

 部活顧問として剣道部の生徒達を来週日曜の大会に向けて指導して、

 高橋は今日は特に何も言わず、20時過ぎに家に帰る。

 今日は松永は仕事が押していて遅くなるらしい。SNS通信が入っていた。

 仕事頑張れ。お前の(一族の)労働は日本を支えているぞ。

 今日はもうシャワーじゃ疲れが取れない。湯船だ。湯船が俺を呼んでいる。


 風呂場には俺に対してスーパー過保護な松永が、俺の為だけに12種類のバスソルトを揃えて置いている。

 そこから好きなのを選べということだ。

 俺は湯船に本日の香り《クナイプ~ネロリの香り~》をちょっぴり贅沢にぶちこむ。

 あ~、しみる~~~~!!!

 しかし松永のあの細やかさは本当すごいよな。俺が寝てる間に掃除してたりするんだぞ。巨大企業の幹部とかしてる男が。しがないヒラ地方公務員の俺のために。あいつ女子になったら絶対モテると思う。いや男子のままでもモテモテだとは思うが。ただ松永本人が俺以外の人類をゴミだと思ってそうなだけで。

 そういえば松永がいる時にのんびり風呂に入ってると、いきなりアイツも入ってきて、そのまま風呂場でセックスされたりするので少し落ち着かないのよね。

 頼む松永、あとせめて1時間は帰ってこないでくれ。




 前世かぁ………前世ねぇ………

 高橋と松永の人生に影響を与えたらしい前世の俺。

 厨二女子ならここでどっかの国の姫☆()とか、どっかの騎士団の女騎士☆()とか出てくるんだろうけどなぁ………。

 てか、なんで俺はこんな不毛なことを考えているんだ。



 今日は久々にすこーしだけ本気で生徒達と稽古したから、疲れた。

 やっぱり高橋は剣さばきといい足さばきといい、反射神経といい、ぶつかってくる時の押しといい気迫といい、間合いの取り方詰め方といい、あいつの剣道の腕はハッキリ言って群を抜いている。

 あいつもっと真剣に取り組めばマジで化けると思うんだけどな。

 わざと剣道に対して距離を空けてる雰囲気さえする。あえて腕を落としたままでいるというか。本当の腕を見せるのを嫌がってるというか。

 じゃああいつなんで剣道してるんだ?


 あ、

 俺だったわ。


 たしか俺を尊敬してるとか言ってたな。

 尊敬?

 もしかして、それ前世がらみか?

 うん?たしか前世の俺は元軍人で神父してたけど、教会と孤児院を守る為に軍人時代に俺をストーカーしてた男色将軍の元に行ったらしかったな?

 もしかしてそれ?それを尊敬してるの?

 俺が孤児院を守ったから?

 え?それ前世の話であってもう今関係なくないか?


 いや………もういい。この系は一旦やめ。脳がだりぃ。

 明日が休みで良かった。それでも大会に向けて練習あるから朝練付き合わないといかんのだが。

 寝たい………

 あ、いま寝たら俺は溺れて死ぬかもしれない。






「ただいま、勇」


 帰ってきちまった………

 お前遅くなるんじゃなかったのかよ………

 どうか入ってきませんように………


「勇、僕も一緒に入っていいかな?」


 秒かよ!

 はぁー……。


「ダメっつっても入ってくるんだろ………」

「うん」

「俺、もう出ようと思ってるんだけど………」

「急いで入るから大丈夫だよ」


 何が大丈夫なんだ。そこはお前が大丈夫と言っていい場面じゃない。

 扉の向こうで松永が急いでるのを急いでるように見せない流麗なハイスピード動作でスーツその他を脱ぎ捨てる衣擦れの音がする。


「おい、今日はしないからな?昨日しただろ」

「うん、だからくっつくだけだよ」


 お前が今まで『くっつくだけ』という言葉を出して、その通りになったためしがないから言ってるんだよ!

 俺は天井を仰いで重いため息を吐いた。

 俺、早死にしたら死因は高確率で腎虚だと思う………。


 腎虚ってなにかって?ヤリすぎで衰弱ってことだよ………。








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