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三話









 罪とは何だろう。

 罪とは。


 本当は俺はもう知っているはずだ。

 マクスウェルに何の罪があった。

 罪があるのは俺の方だ。

 俺は、自分の罪に向き合えなくて、

 自分の罪に耐えることに疲れて、

 勇にそれを押し付けた。


 今の俺はあの男と何が違うというのだ。

 マクスウェルを力づくで支配しようとしたあの男。

 俺からマックを奪い、マック自身からマックを奪い、とうとうマックを連れて逝ってしまったあの男。


 同時に、俺の生涯の恩人。

 彼がいなければ国は守れなかったし

《金狼》はいなかった。

《金狼》の功績は、すべてあの男から与えられたものか、あの男から学んだものか、あの男を超える為だけに命がけで練り上げ鍛え上げたものだ。

 あの男が憎い。何度殺しても、何度引き裂いても、永遠の業火に焼いても、この胸の憎しみの刻印は消えない。

 それでも。

 でもあの男がいなければ、俺はいなかった。

 あの御方がいなければ、

 国はなかった。

 あの御方がいなければ、

 大陸の繁栄も国家の安寧もなかった。

 マックが望んだ世界はなかった。




 マック。

 俺は。

 俺は、

 どうしたら良かったんだろう。


 マック。

 怖いんだ。

 もうお前を失いたくない。

 死んで生まれ変わって、

 やっとお前に出会えて、

 もう、お前を失いたくないんだ。


 マック。


 マック。

 俺を抱きしめて。

 俺を助けて。

 俺を許して。

 俺を責めて。

 俺を殺してくれ。

 お前の手で俺を罰してくれ。

 そして俺をお前のものにして。

 お前の手と魂を俺の証で染めて。

 あの時お前を助けられなかった俺自身を、俺はきっと永遠に許せないから。


 もうお前を失いたくない。

 もう2度と離れたくない。


 お前をもう一度失う位なら、俺を殺してくれ。

 マック。


 勇。

 勇。


 勇。


















 いつもの朝。


「先生おはよー」

「おはよう」

「おはようございます新倉先生」

「おはよう」

「勇ちゃんおはよー」

「慣れなれしいんじゃボケ」

「いさむんおはよー」

「女の子なら許す」

「それ差別じゃね?」

「ちょんぎってこい」


 やっぱり子供はいい。こいつらは大人になりかけてる子供。今日もいっぱい元気がもらえる。

 俺が前世で孤児院の院長だったって?まぁ子供は好きだぞ。

 見てみろこの子達の全身から溢れ出る『大人になりたくて背伸びしてる感』!

 これが高校生だよ。青春だね。


 今朝は松永はもう完璧普段通りで、あの八つ当たりでぶっ壊したソファテーブルを前よりいいヤツに買い替えてくると張り切っていた。

 いや別に張り切らなくても…。

 次壊してくれなければいいよ。


 結局、松永本人から前世とやらの話は聞けてないまんまだが、喋りたくないヤツから無理に聞き出そうとする徒労を惜しまないほど俺は忍耐強くない。

 それに、話されると何故か手が震えるから、ちょっとなぁ。


 しかし前世か……

 異世界転生モノとか昨今大流行りだけど、本当にあるんだなぁ。






 剣道部の顧問指導が終わり、部室にはやはり高橋と俺。

 こいつは本当に真面目なので、他の部員に注意してもサボる掃除を手抜きしたことがない。

 むしろ他の部員がしない部分までしている。

 きっと肉じゃがを美味しく作れるタイプだろう。

 大会は来週だ。高橋には是非主将として頑張って欲しい。

 こいつは強くなることをあまり望んでないけど、筋はすごくいい。

 ただし試合中たまに見せる目がちょっと怖いんだけどね。

 さすが自称前世殺し屋。


「先生、来週の地区大会の後、お時間いただけませんか?」

「今日はいいのか?」

「はい。昨日お時間いただいてしまったので」

「お前大人だねぇ。じゃあ帰るか」


 校門から別々に別れる時に、背中に高橋から声をかけられた。


「マック先生!」


 俺は振り返ってニヤリと笑う。


「また明日な」















 帰宅すると松永はすでに帰ってきていて、新しいソファテーブルは前よりさらに頑丈そうになっていた。

 いや、ちょっとこれ重すぎるんだけど。

 お前これ掃除の度に動かすの結構めんどいぞ?


「勇は神様っていると思う?」

「突然どうした?駅前で謎の宗教にでも勧誘されたか?」

「いや、なんとなくだよ」

「うーん。いると思った方がいいよな。日本には神社があるし寺も教会もあるし。ラガーマンな元首相が言ってたじゃん。日本は神の国だって。実際こんなめでてー国ないぞ」

「そうか。そうだね。勇は神様に祈ったことはない?」

「あるけど、そういうのってあんま他人に言うもんじゃないだろ?」

「いつか聞いてみたいな、勇の願い事」

「ああ、いつかな」





 お互い無言。

 そのまま、自然の流れで俺は松永と口づける。

 しばらく唇の先を柔らかく重ねるだけの動きを、角度を変えて触れ合い、そのうちに誰からともなく深いキスになる。


 例の謎スイッチが入らない松永は、実に優しい時間を交わす。

 支配欲を感じさせない、お互いを労わり合うような時間。


 謎スイッチが入ったドSの松永と、まるで俺を大切な宝物のように愛する松永、

 どっちが本当の松永なのだろうか。


 俺は時々考える。

 でも、おそらくはどっちも松永なのだろう。

 人間は一面だけでは図れない。そんなのするだけ無駄だ。

 俺自身がそうであるように。




 謎スイッチが入ってる時には滅多にしないが、優しい普段モードの時の松永は、このお互いを大切にし合う時間、よく無意識に、俺の手を包み込むように柔らかく、しかしこちらに負担のないギリギリで強く握りこんでくる。

 謎スイッチのドSモードの時は大体遠慮なく上から押さえ込むように強く掴まれるか、手ではなく手首を掴まれている。

 優しいモードの松永に繰り返し俺の手を深く握り締められ握りこまれる時、俺の胸の中のどこかが強く反応していつも泣きそうになる。

 まるで、2度と会えない映画俳優の不朽の名作に出会えたような、そのスクリーンの向こうには亡くなった俳優が今も生きてそこに生活していて、それが奇跡のようで、でも映画のラストシーンと共に必ず別れはくるわけで、その出会えた奇跡の喜びと別れの慟哭が、同時に松永に深く握り締められた手から流れ込んでくる。


 一体この感覚はなんだろう。


 松永以外と恋人関係になった事がない俺は、他の人間ともこんな感覚になるのかが分からない。

 でも松永に

『お前に手を握られたらえらく感じるんだが他の男とラブラブな雰囲気になっても同じシチュで同じ感触になるんだろうか』

 などと無神経な事を言ってしまったら、おそらく次の日最低1日は立てないようなお仕置きを味わうことになるので、この疑問は墓まで持っていくことになる。

 何故そう言えるかというと、過去何度か俺はやらかしたからだ。あの時は体中の筋肉が死ぬかと思った。


 だからこの感覚の正体は分からないまま。

 誰にも言えない俺のどうでもいい秘密。




 しかしなんで俺はこうも松永に流されてるんだろう?

 普通なら高2で男に辱めを受けヤバいレベルのストーカーされ、既成事実作られ半ば強制的に囲われてたら、どうにかなるんじゃないか?いや、気づいてないだけで本当はもうなってるのか?

 それにしては普通に仕事も行けるし、特に松永との生活にストレスはない。


 強いていえば、松永との暮らしでの1番のストレスは、あいつが俺の大嫌いなトマトをたまにわざとサラダに万遍なく刻んで入れやがること位だ。

『好き嫌いはダメだよ勇』って大きなお世話だ。トマトの生食反対。煮込んでるヤツはOKだ。


 ああ、今夜も長くなりそうだ。
























 そこは大戦初期の激戦地であり、大戦終盤の現在、完全にイースランドの制圧地帯となっていて、現在では重要性なしと判断され半ばどの勢力から打ち捨てられた地域だった。


 俺はあてどもなく彷徨っていた。


 まだ体にキツく巻かれている包帯のあちこちからは血が滲み出し、本来はまだ加療が必要な体だと分かっていた。

 しかし俺があそこにいることは、もはや国にとって許されざることだった。


 俺一人が慰み者となるなら、それで済むなら、それでこの大戦が終わるなら、新しい国が作れるなら、そう思って耐えた3年だった。

 その為なら悪魔、淫夫、男娼と罵られても全く構わなかった。

 国に忠誠を誓った時点で、俺達軍人に自分のことで傷つく権限はない。

 俺達軍人の血と涙は国家と国民の為にある。

 俺達の傷は、王族も含めた多くの母と子達の明日の為にある。

 だから、俺は耐えることができた。

 耐えるのは当たり前だ。それが軍人だから。




 そして2週間前に王の直轄暗部を通して下された王からの密命。


 《マクスウェル少尉は早急に戦場から負傷を装い王都に帰投しそのまま出奔せよ》


 この密命の背後にあったのは、驚くべき事実。


 《軍神アドルフ少将は約1年前から

『大戦が終結すれば作戦終了後と共に溺愛する2人の部下が手元から離れる』

 という妄想に取り付かれており、2名の部下を手放さぬ為に意図的に戦局を膠着化させている》


 そのうちの1名は俺。

 もう1名は………


 この事実は最高機密になるだろう。

 暗部が掴んだ情報に偽りはない。


 王の直轄暗部が持ってきたその密書の中に、もちろん俺の未来を保証する文言はどこにもない。

 しかし俺は知っている。

 妹オリヴィエが、これによって王に終生保護されるであろうことを。

 軍人に上官命令への拒否権はない。それが国そのものである王からのものであるなら尚更。

 むしろオリヴィエを守っていただけることに感謝しかない。


 俺は国を恨まない。国は父であり母だ。

 俺の血も涙も、国が育て支えるたくさんの子供達の為にある。

 ただ、

 思う。

 俺の命は、俺の人生は、俺の道は、

 なんだったのかと。

 ああ、それでも。

 俺は国を愛している。

 大好きなイースランド。

 大好きな故郷。

 国の為なら、この地の土くれになってなんら惜しくはない。

 ただ、

 ただ、

 一つだけ残る未練。


 ジェイ。





















「気がついたかね」

「………ッ」


 目の前には古びて黒ずんだ漆喰壁。

 声の方向に目を向けると、擦り切れ陽に焼けている、年季の入ったややぶかぶかの神官服をつけた老人。


「ここは教会だよ。イースランド国内だがド田舎の小さな教会だ」

「……そうなんですか」


 自分の声がかすれてほとんど出ないことに気づいた。


「お前さん、街道の外れで倒れとってな。馬がお前さんの顔を舐めとった。馬に感謝しなさい。馬がいなかったらお前さんの姿は遠くからは襤褸(ボロ)切れにしか見えなかった」

「…………」

「すごいケガじゃが、しかし相当体を鍛えておるな。安心しなさい。この辺にはいい薬草がある。まだ王侯貴族も知らん薬草よ。貴族連中に知られたらあっという間に値段を釣り上げられ秘匿されるからレシピは門外不出にしとるがな。ケガには抜群に効く。すぐよくなる」

「……すみません」

「何故謝る。もちろんただとは言わん。その後ここで治療費の分働け。どうせ帰る場所もなかろう。神の下僕になれ。格好だけでも構わん」

「……私は…」

「わしは元貴族で元傭兵じゃ。数え切れん人間を殺してきた。罪がない者も。この手は血に塗れておる。でも神はわしを許された。その意味が分かるか?」

「………いえ」

「神はいつでも許してくださっている。許さないのは人じゃよ」

「…………」

「それをお前さんが掴むまでここにおればいい。まぁ格好つけてみたが、正直な話人手が足りん。はよ元気になって働いてくれ。頼むぞ」

「……はい」


 老神父は頬の傷を歪めてニヤリと笑った。







 俺は国境の小さな教会の老神父に救われた。








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