十七話
もうすぐ終わる。もうすぐ夢が叶う。
私の心は穏やかな歓喜と安らぎを湛えていた。
私は私の愛する者によって、この苦しかっただけの生を終えることができる。
なのに。
「アドルフ様、せめてお供させてください」
私がこれまで信じていた私の世界が、人生への悲観と失望に支配された世界が、壊れた瞬間だった。
《千里眼》を持ってしても、読めなかった未来。
私があまりに多くのものを奪ってきた男からの、自己犠牲の愛。
ああ
ああ
ああ
私は
なんと愚かだったのか
マクスウェルに抱きしめられ、抱えられ、
私は人生で初めて、心が満たされた。
私が本当に欲しかったもの。
無償の愛。
マクスウェル
ジェイムズ
すまなかった
マクスウェル
ありがとう
私と出会ってくれて
お前だけが、私の花だった
松永が「勇がよく行くあそこに行きたい」というので
安西先生から許可をいただいて(というか、いつも開いてるんだけど)
いつも安西先生との面会の後に立ち寄る隣の教会に連れていく。
松永は黙って周りを見回していた。
あちこち結構年季が入ってるのが分かる。
補修したのかところどころが不自然に真新しく、そのアンバランスさが逆に年月を際立たせている。
小さい頃はあんなに大きく見えてた礼拝堂も、大人になればこじんまりとしてたんだなと分かる。
夜に教会に入るのは本当に久々なのでちょっとワクワクしていた。
そういえばあそこの壁の角の傷は俺がつけたっけな。
「この礼拝堂、いつも南先生がいてさぁ
いつもここで、何かあると神様神様ってな。
でも南先生、何も用事がない時でもよくここにいてさ。
だから、南先生になんか聞いてほしい時には、よく子供達はここに来るような感じで。
だから、ここに来ても他の子が南先生となんか話してたら、悔しいけど外で待ってやったりとかさ。
南先生、話が終わると必ず飴くれるんだよ。あの飴美味かったんだよ。
だからここに来たらさ、今もそこに南先生がいる気がするんだよ。」
2人で椅子に座って神像を見つめる。
「で、話の続きだけど、なんでお前ここなの?」
「うん。勇にとってとっても大切な場所で話したかったんだ。僕にとっても大切な話だから」
「なるほどな」
松永さんは本当は、マック先生の生涯の伴侶だったジェイで、
ジェイさんは、あの金狼宰相ジェイムズ・ポートランドで、
あの大戦の《軍神》アドルフ大将の後継者で、
アドルフ大将に、マック先生………マクスウェルさんを奪われて。
ジェイムズさんは、マクスウェルさんに「一緒に逃げよう」と言ったけど、
マクスウェルさんが「自分の事を思うなら国を選べ、アドルフ様に従え」って言ったから、
マクスウェルさんの為に、目の前で軍神に弄ばれるマクスウェルさんの姿を見ることに3年耐え続けて、
マクスウェルさんは3年目に王様の命令でアドルフ大将の元から逃げて、
逃げた先でうちの教会に来て、そこでマック先生になって、
でもそのあとやっぱりアドルフ大将に見つかって、
とうとうアドルフ大将に教会と孤児院を弱みにされて脅されて、マック先生はアドルフ大将に無理やり囲われて、
1年後にアドルフ大将とマック先生…マクスウェルさんが一緒に事故死するまで、
計13年間、ずっとジェイムズさんは、
マクスウェルさんが望んだからと、アドルフ大将の後継者として、恋人を奪ったアドルフ大将に仕え続けて、
マクスウェルさんがアドルフ大将と死んだ後も、
マクスウェルさんが望んだからと、
その後も国の為に生き続けて。
最期は、マクスウェルさんが守った教会で死ぬ為に来てて。
なんだよ。
こんなの。
勝てるわけないじゃないか。
こんなの勝てるわけないじゃないか。
「松永さん。俺はマック先生のことが大好きでした」
俺は松永さんに僕自身のことを話した。
俺自身は当時ローという名前の孤児で、いつのまにか口うるさい神父見習いがいて、大人しかできない仕事の合間に数人のシスターと共にいつも孤児院の子供達を捕まえては説教していたこと。
俺が11の時に老院長先生が亡くなり、口うるさい神父がそのまま孤児院の院長先生になったこと。
俺が13歳位の時に現れ始めた、教会に度々来ては寄付金を置いていく金持ち。
あの夜見た光景。
その後ご飯の量が増えて、孤児院の子供達が死ぬ数が大幅に減ったこと。
俺は、あいつからマック先生を守りたかったこと。
そのために14になって孤児院を退所してから黙って姿を消して、隣町で冒険者という名の便利屋になり、裏仕事で金を貯めていたこと。
「お前、どこで裏の仕事を覚えた」
「その前の人生です」
「ほお」
ある程度金が貯まったら、マック先生を支えようと、あの金持ちから開放してあげようと、それだけを考えてた5年間だったこと。
ある日裏仕事系の連中から、『隣町の教会の軍人あがりのマクスウェルという神父を拉致するという仕事』の襲撃拉致依頼を聞きつけて、すぐに教会に手紙を飛ばして、とりあえず俺が組んでた連中は消して教会に戻ったこと。
そしたらマック先生は先に襲撃にきていたもう半分のグループをすでに全員生け捕りにしていたこと。
ああいう兵士崩れや傭兵崩れの連中から集団で襲撃を受けて、生け捕りにすることは殺すよりもはるかに難しいことだから驚いたこと。
「ああ、そうだろうな。あいつは俺より強かったからな。おそらく剣術と体術であの当時西部作戦本部でマックに並ぶヤツは5人もいなかったはずだ」
そして、かけつけた俺にマック先生から
『これは将軍からの軽いデモンストレーションで、次から本気で襲撃が来るだろうから
その前に、自分はこの教会と孤児院を守る為に、将軍の元にいくから、ここを頼んだぞ』
と言われたこと。
その為に、
マック先生が行ってしまった後、そして逝ってしまった後も、
マック先生が望んだから
孤児院の院長として、時折教会や孤児院を狙う連中を裏で消しながら、死ぬまで教会と孤児院を守っていたこと。
松永さんは、はじめて愉快そうな表情を浮かべた。
「なんだ。お前も俺と同じクチか」
「あなたと一緒にしないでください。俺の方が子供心に純粋でした」
「なぁ。あいつは厄介なヤツだろう」
「ええ。とても」
「生まれ変わっても忘れられないような思いを2人の人間に刻みつけやがった。タチが悪い男だよ」
でもその松永さんの声は、とても愛おしそうに響いていた。
そして、松永さんは突然居住まいを正して、なんと、俺に向かって深く頭を下げた。
「ロー院長。マックの代わりにマックの大切な教会と孤児院を生涯かけて守り通してくれた事、感謝する」
ああ、
俺は、
松永さんには勝てない。
光の玉よ。
神様。
俺にとっての、最良の選択とは。
俺は松永さんにゆっくり頭を下げた。
「どうか、マック先生を、今世であなたが幸せにしてあげてください」
松永さんはニヤリと笑って答えた。
「言われなくてもそのつもりだ」
思わず俺も憎まれ口を叩く。
「あなたがマック先生を、新倉先生を不幸にしたら、すぐに攫いますから」
「ああ、楽しみにしてるよ」
神様、神様、
ありがとう。
俺、やり直せて本当に良かった。




