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十六話






 朝のHRの後、俺は始業時間とのわずかな隙間に声をかけた。


「おい、高橋」

「はい」

「昨日はなんつーか、恥ずい所見せたが、まぁ、教えてくれてありがとうな」

「いえ………」


 高橋はなんだか昨日までよりもだいぶスッキリした顔をしていた。


「先生、なんかいつもよりお顔が明るいです」


 あ、先越されたぞ。


「そうか?」


 たしかにそう考えると、松永も今朝から、ちょっと今まで纏ってた変な緊張感が取れた気がする。

 俺?俺のことは分からん。



「お前もかなり昨日までよりなんかスッキリしてるように見えるけどな」

「僕は大体先生に言いたいことお伝えできたので…」

「そうか。とにかく助かったわ。また何かあったら伝えるからな」

「はい………あ、先生」

「うん?」

「松永さんを、大事にしてあげてください」

「おお。気ぃ遣わせたな。ほんとありがとう」


 思わず高橋の頭に手をポンと乗せてさわさわしながら礼を言ったあと、ちょっと距離感近すぎなリアクションだったかと我に返った。


「あ、すまん」

「…………」


 高橋は俺にペコリと頭を下げて、ダッシュで走り去ってしまった。

 おおう、思春期ってやっぱりムズい。












 終業後、学校を出てマンションの出入り口まで着くと松永が待っていた。


「行こうか」


 いつもの俺に向けての標準装備な松永の微笑み。


「どこにいくんだ?」

「うーん。秘密かな」


 松永の車の助手席に乗ると、滑るように車が走り始める。

 俺は車なんか全く興味ないから分からないんだが、よくこの車見て口をポカンと開けてるヤツがいるので、高いんだろうと思う。前にこの車を見て「すげぇ…1千万クラスの車が今目の前に…」と呟いてるヤツがいた。本当だろうか?

 まぁ俺はしがない地方公務員だ。松永の稼ぎは俺には関係ない。今のマンションは松永の(俺用の)持ち家だけど。

 こいつは本当に頭がおかしい。






 どんどん風景が遠ざかる。


「相変わらず乗り心地いいなお前の車は」

「そう?ありがとう。勇にそう言ってもらえると嬉しいよ」


 あ、もうこの辺だな、と思った。


「なぁ松永。お前聞いてただろ?あのやりとり」

「うん」

「なんかごめんな。前世の俺の小悪魔っぷり。やべぇなあれ」

「ふふ、そうだよ。本当にやばいよ前世の勇は」

「お前が言う通りだったわ。俺が悪かった。俺の罪だったんだな」


 前を向いて運転している松永の顔から微笑みが消えた。


「………何それ」

「だって、お前言ってたじゃねぇか。お前のことを忘れたのが俺の罪だって。だから俺が悪かったんだろ?えーと、将軍?に俺とられそうになって、一緒に逃げようとお前は言ってくれたのに、俺が『俺のことを思うなら国を取れ、将軍についていけ』って言ったんだろ?普通に鬼畜じゃないか俺」


「違うッ!」


 松永が声を荒らげた。

 ああ、今のこいつは、あの夜のこいつだ。

 高橋からはじめて話を聞いた夜の。


「あ、ごめんね勇………」


 おお、まだ理性が残ってるらしい。お前成長したな。


「いやいいよ。でも、じゃあ何が違うんだ?お前の罪だってお前がずっと俺に言ってたじゃないか」

「うん………」

「前世の事覚えてないけど、どうやら、俺がお前にお前の気持ちを考えずに頼んだことで、お前にずいぶん辛い思いをさせたのは分かった。だからその時のこと謝る。謝って済むことじゃないけど。ごめんな」

「………僕は、勇に謝って欲しいわけじゃないよ………」

「うん。分かってる。お前はそういう人間じゃない。だからこれは俺のわがままだ。それで聞きたいんだよ。お前、俺にどうして欲しい?今度はお前のわがまま、なんでも聞いてやるよ」

「……………」


 あ、また沈黙きた。

 でも、今になったらようやく分かる。

 この沈黙は、松永が前世からの『抱えてきた思いの重さ』だ。

 語るには辛すぎる内容が多すぎて、語れないのだ。

 だからこいつは前世の事を聞かれても黙るしかないんだと。ようやく気づいた。

 俺、やっぱマジどんくせぇな。


「………勇は悪くなかったよ」

「は?」

「勇は、覚えててくれてたんだ」

「ああ、前世のお前の名前だろ?あれスゲェ破壊力だったな。自動的に涙が出てくるからびっくりしたわ。高橋ドン引きしてたし」

「うん。それもあるけど」

「まだあるわけ?あ、手の震え?」

「あとで教えてあげるね」

「おお」

「あれで、僕、救われたんだ」

「そうか。じゃあお前俺に聞いて欲しいわがままないのか?聞かなくていいか?」

「それもあとで言うね」

「分かった」















 たどり着いた場所を見て、俺はマジで驚いた。

 なんでここに?


「うん、ここがいいかなと思って」


 いとしごの家。

 俺の育った場所。


「おい、松永…」

「入ろうか」


 すっかり元の微笑みに戻った松永に引っ張られるがまま入ると、安西先生がニコニコして迎えてくれた。

 もう19時近くなのに。安西先生すみません………

 松永が連絡してくれていたらしく、そこで俺と松永は安西先生と一緒に夕食をご馳走になった。

 ああ、ここの飯の味は変わらないなぁ。俺がいた頃よりはちょっとメニューがゴージャスになってるけど。

 安西先生から俺の小さい頃の話を熱心に聞き出す松永。それに対してノリノリでアルバムまで出してきてしまう安西先生。


 結構恥ずい………。


「勇が言ってた南先生てどなたですか?」

「ええ、この方よ。ほら、1番後ろの列のこの人」

「ああ、この人のおかげで、僕の勇がいるんですね」


 思わずテーブルの下の松永の足を蹴る。

 松永は涼しい顔。
















「そうなの。南先生は本当に子供好きな方でねぇ」

「そうそう、よく他の先生方に内緒で飴もらいました」

「あれ、本当は知ってて黙認してたのよ」

「あ、やっぱりそうだったんですか」

「だから私達、しつこくハミガキしなさいって言ってたでしょ?」

「なるー」

「本当はうちはあの時危なかったんだけど、南先生のおかげで維持できたの」

「え!そうだったんですか?!」

「そうよ。南先生に泣いてる所見られちゃってね。訊かれたから恥ずかしいけど事情を説明したのよね。そしたら次の日、それまで取り立てに来てた銀行さんの担当の人が真っ青な顔になってうちに来てね。計算しなおしたらミスが見つかったから急に返済してもらう必要はなくなりましたって。すごく謝られてね。南先生その横で普通にしてたんだけどね」

「あー」

「そうなの。南先生が何かしてくださったのよね」

「絶対そうですよね」

「そしてね、そのあと匿名ですごい額の寄付金をいただいたって、銀行さんから連絡があってね。南先生に伝えたら、ただ『良かったですね、神様はおられるんですね』って。神様はおじいちゃん先生だったのね」

「ははは、南先生らしい」

「本当に素晴らしい方だったんですね」

「お前にも会って欲しかったな、南先生に」

「ええ。でも、あそこにいけばいつでも会えるわよ」

「そうですね」


 勇が嬉しそうに微笑む。

















 あなたはここにいらしたんですね。

 かつての我が師。




















 私の人生とはなんだったのだろう。

 いつもその問いが心のどこかにあった。

 人は私のことを天才と呼び神の申し子と呼ぶ。

 幼い頃から両親は私を社交界での虚栄心の道具にした。

 さまざまなものが見えれば見えるほど、

 この世界は欲に満ちている。

 それでも人を信じたくて、

 それでも人を愛したかった。




 家同士の政略結婚で13の時に婚約し、18の時に一緒になった妻。

 私は妻を精一杯に愛した。

 22の時に、待望の男子が生まれた。

 男子の髪色と目の色は、私のものとも妻のものとも違っていた。



 妻は泣きながら私に詫びる。そして乞い願う。

 どうかお許しください。

 どうか、私を殺していただいても、この子の命だけは。

 妻は子の父について語らず、私もその事を問わなかった。

 しかし、子の髪色瞳の色と、手指と耳元の特徴から分かった。

 あれはこの家の執事長。

 幼い頃より兄のように父のように慕い信頼していた男だった。



 五歳の時、息子のエリックは庭の池に落ちて死んだ。

 その身体的特徴がハッキリと出てきはじめる位の歳だった。

 その死因には不自然な所も多かったが、私は追求をしなかった。

 妻は正気を失くしていった。


「エリック、美味しい?」

「まぁエリック、またそんなに濡れて。さあ体を拭きましょうね、メリダ!サマンサ!」

「かわいいエリック、今夜はお母様と一緒に寝んねしましょうね」


 妻はどこを見ても息子の姿をそこに見た。

 そして時折、もういない息子を半狂乱になって捜す。


「エリック!エリックがいないわっ!あなた、エリックがッッ!!お前達!エリックを探して!ああ、エリック!エリック!私の命!!」


 これ以上息子と共にいたこの空間で妻が苦しむのを見るにしのびなく、妻の立場が悪くならないよう、丁重な説明の元、多くの財産を添えて実家に戻してあげた。

 それから私は愛を諦めた。









 西部作戦本部で、2人の若き尉官が微笑みあっていた。

 私の心に、大きな痛みが走った。

 そこにいるのは若き日の私の分身で

 そこにいるのは、若き日に私が手にするはずだった幸福。


 愛が、

 愛が私を壊していく。




















 最後の日。


 私は愛するマクスウェルに告げた。

 私を殺せと。

 部下にはマクスウェルが私を殺しても見逃すようにと告げてある。

 最後の寄付金を添えて、マクスウェルを無事教会まで送り届けるようにと。


 無理やり養子縁組を結び、あの馬鹿げた遺言を追記しても、私の心は満たされはしない。


 彼の人生を壊し、彼を彼の唯一から引き離した私の罪。

 愛する息子同然の男、かつての私の分身そのものである男から、その宝を奪い続けた私の罪。

 私は私だけのものである彼に殺されたかった。

 しかしそこに、私自身の歪んだ願望も見える。

 マクスウェルに殺されることで、マクスウェルの中に私は残り続けると。

 ああ、どれほどに、

 人間は、私は、

 欲深いのか。








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