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十五話





 新しい朝が来た~希望の朝だ~


 ここのマンションはほんと日当たりが最高なので、こういう事を言うのはわがままでしかないのは自分でもよく分かってるんだが、

 朝が眩しいのよ………

 眩しすぎる………

 あ、そうだ。昨日あのまま寝たからカーテン………

 ……………

 眩しいわけだよ…

 まあいいや、ここ最上階だし。


 いつものように俺を背中側からがっちりホールドして寝てる松永に呼びかけて起こす。

「おい、朝だぞ」

「ん、おはよう勇」

「うん。おはよう。腹へった」


「分かった。ちょっと待っててね」


 松永はいつものようにさらりと起き上がると、俺にキスをしてペットボトルの水を渡すと、朝食の支度に立った。

 あいつマジで体力オバケだよな…俺かなりしんどいんだけど………

 てかあいつ俺と違って晩飯食ってなかったんじゃなかったか?

 まぁ受身の方がしんどいらしいんだけどね………

 大丈夫、いざとなったら俺にはあの人類の大救世主・栄養ドリンク様がいらっしゃる。





 シャワーを浴びて身支度を整え、松永が用意してくれた朝食をかじる。

 俺の王道朝食、食パンにバターにサラダにコーンスープだ。

 今日はサラダにあの地獄メニュー・刻みトマトを入れていない。

 松永えらい。今後もその調子で頼むぞ。


「勇、今日の夜空けといて欲しいんだ」

「うん?ああ、もう大会終わったから今日から早く帰れるぞ」

「ありがとう。ちょっと勇とドライブしたいんだ。じゃあ学校に迎えにいくね」


 来んでいいわ!

 お前が学校の正門前に来たら俺が大変なことになるわ!

 女子生徒に見られてみろ!腐女子という名のハイエナ共に生肉を与えることになるぞ!


「あー、大丈夫。じゃあ、うちの前で17時半時頃待っててくれ」

「うん。分かった」





 そういえば、高橋が言ってたな。

 えーと、光の玉だっけ?

『お前が選択するべき道を今度は間違うな』

 か。

 前世の俺がしたことは松永と高橋に生まれ変わっても消えない程の傷を残した。

 善意で相手を信じて、信じたからこそ俺の代わりにと託した。

 でも残された側の悲しみ。悔しさ。

 そして残されたからこそ深く刻印されてしまった思慕。

 じゃあ、今度俺はどんな選択をすればいい?






















「ちがうよ。いや、同じか」


 松永さんは俺にこう言った。


「俺もあの御方と同じだ。たぶん」


 俺はその言葉に訝しむ。


「どういうことですか?」



「簡単なことだ。俺は大戦の時に、あの男の唯一の弟子として認められ、あの男が乞うままマックを譲り渡した」

「すいません、話が見えないです」

「そうか。そこからか。大戦中マックに懸想したのはあの大戦の英雄《軍神》アドルフ大将で、マックの恋人だった俺はその軍神アドルフの後継者ジェイムズって言えば分かるか?一応俺も英雄になったがな」


 あ………ああ………

 つまり……

 この人は…………


「大戦の英雄から、俺の唯一を差し出すように言われた。

 結果的に俺はその通りにしたわけだ」


 なんだそれ……

 そんなの……

 逃げるしかないじゃないか……


「俺はアドルフ様に後継者として認められ、アドルフ様に言われるがまま、マックを差し出した。

 それから3年、俺はアドルフ様の元で千里眼のすべてを叩き込まれながら、その横でアドルフ様の傍に昼も夜も侍るマックを見続けた。最終的には3年後王命でマックは逃げたがな。

 なんで俺はマックを連れて逃げなかったと思う?」


 松永さんは笑っていたが、その笑顔はどこまでも絶望的な自嘲に満ちていた。




「マックがそれを望んだからだ」




 先生。

 あなたは。

 なんて残酷なことを。























 西部作戦本部の悪魔。

 軍神アドルフを狂わせた淫夫。

 敵国のスパイ。

 色狂いの男妾。

 何十回、何百回舌打ちと共に兵士達が語るのを聞いただろう。


 夜毎、アドルフ少将の私室から漏れ聞こえる声。

 始めの頃は秘書官としてマックをただ傍に置いていた軍神が、やがてマックに夢中になるのに、それほどの時間は掛からなかった。

 日中も秘書官としての距離を越えてマックを自らの傍に縛り、そして夜になれば。


 俺は目の前の扉をノックする。


「失礼致します。ジェイムズ・ポートランド中尉であります。中央本部からの緊急伝達が入りましたのでご報告にまいりました」


 寝室の向こうに息を飲む気配が一つ。


「ああ、入りなさい」

「失礼致します」

「そこでしばらく待て」


 しばらくすると、寝室からナイトガウンを身につけたアドルフ様が出てくる。

 その向こうを俺は見ない。


「こちらが先ほど暗号通信で送られてまいりました中央作戦本部からの緊急支援要請であります。北部作戦本部が現在カラハ共和国軍からの大規模奇襲攻撃を受け、本部機能壊滅が時間の問題であるとのこと。最後の中央本部と北部本部とのやりとりの確認は20分前。以後は通信途絶とのことであります」

「ふむ。ジェイムズ。お前はどう見る?」

「はい。あまりに敵の動きが短時間かつ無駄のないものでありますので、おそらくは内通者がいたものと」

「そう。ただそれだけではないな。この北部作戦本部がある地域は今は雪に閉ざされているはずだ。敵に北部出身の地の利のある優れた将校が今回作戦指揮をとったものと思う。またおそらくだが先に通信網に攻撃があった可能性も極めて高い。他にも色々と考えられる所はあるが、ただ、今我々が支援に行って、着くのは10日後。すべては終わっているだろう」

「はい。本部からの支援要請はいかがいたしましょう」

「受理せねばなるまいが、さて、どの程度の人数を割くべきか…」


 俺は喉元まで出掛かった言葉をかろうじて抑える。

 アドルフ様は、この敵方の動きを知っていたのではありませんかと。


 3年目の今年、軍神の《千里眼》に、わずかに精彩を欠く部分が出てきていた。

 以前のアドルフ様ならすぐに予測できたものを、まるで………

 あえて………

 しかもそれは………以前アドルフ様が言われていたものとは違って、ただただ意図的な戦局の停滞でしかない………

 それは一見、『突発的な、仕方のない状況』という印象を与えられ、疑う者はいない。

 しかし俺は。


「閣下、ここは北部支援部隊にぜひ私も参加させてください」

「ダメだ」

「必ずや北部奪還のご期待に応えてみせます」

「いや、今は北部方面奪還の必要はない」

「それは…」

「お前は私を疑うのかジェイムズ」

「いえ。大変失礼いたしました」

「中央にはこのように伝えておけ。『支援要請受理。ただし現在当地にても交戦中。時間を乞う』こう言っておけば通じるだろう」

「は………」


 俺の胸に苦々しいものが広がる。

 これは本部電信担当とそれ以上の者ならすぐに分かる。事実上見捨てたということだ。


「ジェイムズ、私を疑うな。私についてくればいい。分かるな」

「はい。アドルフ様」

「この前お前に貸したソミンの『歴史的戦争における戦略論の背景と推移』どうだったか」

「はい、歴史的戦争における戦略の背景に軍部全体や上層部個人の先入観とも言える思想信条が強く影響していることの実態と危険性を改めて学ばせていただきました」

「人間などその程度だ。多くの人員の命と国の未来に大きく関わる判断であっても、そこに容易に自己の願望や欲望、偏狭な信条を入れようとする。負け戦ならまだしも、勝てばなおのことその重大であるはずの問題点の検証を拒む。しかし我々が目指すべきはそうではない。あくまで事実を事実のままに見、先入観を入れることなく冷徹に正確に判断していくことの大切さだ」

「はい」

「その本をあと2度読みなさい。そしてまた感想を聞かせるように」

「かしこまりました」

「3日後に南西部国境からの客人がくる。お前も同席するように。私が5年前から小国キリガルードに送っている密偵だ」

「かしこまりました」

「以上だ。退室を許可する」


 俺は静かに軍神の私室を出た。

 寝室の向こうから聞こえてくる、軍神ともうひとりの男の声を耳に残して。





 マック。

 俺は。

 何の為に。

















 マックの判断は軍人としては正しい。

 でもそこに俺はいない。

『一緒に逃げてくれ』とあいつに言ってほしかった。

 でもマックの言葉は

『軍人としての優先すべきものを見極めろ』

 だった。


 ああ、俺のこの気持ちは。

 俺のこの思いは。

 あれからの3年。



 あの御方の元で、お前が男妾のように寵を受けるのを

 すぐ傍で見続けねばならなかった俺の心は。


 俺はお前をあの御方に3度奪われた。

 お前を差し出した時。

 お前が消えた時。

 お前があの御方を抱いて死んだ時。


 分かっている。

 彼の心はいつも俺と共にある。

 だから、彼は、

 その運命をただただ受け入れたのだ。

 俺の為に。




 でも俺はこんな運命をのぞんではいなかった。

 国よりもお前が欲しかった。

 でもお前が望んだから、

 お前だと思って、

 国を愛したんだ。






















「じゃあ、もしかして、マック先生の生涯の伴侶『ジェイ』さんは、ジェイムズさんのことだったんですか…」


「なんでお前がその事を知ってる」


「マック先生が亡くなった後、2人の男性が先生の追悼をしたいと訪ねてこられたんです。その時に黒髪の人が

『今は遠方の地を守るマックの生涯の伴侶・ジェイと、同じく遠方にてこちらまで来れないマックの唯一の肉親である妹・オリヴィエの分まで祈らせてください』

 と言われたんです。………あなたの事だったんですね」


「サミュエルか…俺とマックの共通の親友だ。そうか、来ていたのか………」


「あなたも晩年うちの教会にいらしたでしょう。金狼宰相様」


「お前………」


「ようやく何故あなたが晩年うちの教会に来られたのか分かりました。俺はあなたの最後の日にあなたに教会で寒かろうと上着を押し付けた男です。あなたが教会に来た時期、あなたの雰囲気、なによりあなたの遺体からだを教会にお持ちになった使用人の方の立ち振る舞い礼儀作法、すべてあなたが金狼宰相であることを語ってました」


「そうか。あの時は世話になったな」


「神様とゆっくり話はできましたか?」


「ああ、出来たよ。たぶんな。だから忘れさせなかったんだろう」


「それは何故?」


「お前もそうじゃないか。お前もあそこで神とたくさん語ってたんじゃないか」


「俺はあそこでマック先生のことをずっと神様に祈ってました」


「俺も同じだ。そしたら見えたよ」


「何が見えました?」


「罪の背景だよ」


「ああ、だから………」


「お前もそうだったんじゃないのか」


「……………」



 無言は肯定と同義。


 松永さんが見た『罪の背景』が何だったかは分からない。

 でも俺が見た『罪の背景』は。


 一度目の現代で、俺に暴力を使って性的虐待をした新倉先生の背景。

 先生自身が前世で将軍から性的搾取を受けていたから。

 でも、俺がローとしての前世でマック先生のその姿を見て

『今度は暴力で弱者から奪わない・暴力を使って誰かを守る』《選択》をしたら

 2度目の現代では、新倉先生は『暴力(力)を使って生徒を導く』体育教師になっていた。


 罪の背景は。

 罪を作ったのは。

 悲しみだった。


 そして松永さんが言うように、あの時神に祈り続けた事で前世を覚えられたのなら、

 おそらく神様は聞いてくれたんだろう。

 そして示してくれたのだろう。

 俺と先生、松永さんと先生がそれぞれに救われる道を。

 それは、

 俺や松永さんにとっての、マック先生との前世の悲しみを今世で取り戻すこと。



 罪は消せない。

 でも償うことはできる。


 罪は消せない。

 でもやり直すことはできる。


 再選択の機会。

 それを望む者にとっては、

 命を捨てても惜しくないほどに、欲しい機会。


 それを、できるなら、

 生きているうちに。

 今度は最良の選択を。


 それが俺が神様から、光の玉から、教えられたこと。









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