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十四話

 




 王都を出て数日、国境の小さな町にたどり着く。

 おそらく20年前よりは活気が出てきたであろう、しかし穏やかな町だった。

 あの時からここを終わりの場所にすると決めていた。


 教会の近くに出来たばかりらしい宿屋の2部屋を借りる。

 ずっとついてくれていた元部下が、従僕として私の部屋についていた。

 王都を去る前、彼とした会話を思い出す。

 身一つで去ろうとした私を彼は止めた。


「ヘンリー、今まで本当によく仕えてくれた。ありがとう」

「私を置いていくつもりですかジェイムズ様。どうか私の事を想ってくださるなら最後まで私もお側に」


 私よりも10以上も若いこの軍人時代からの元部下は、私に過分なほどの忠誠を誓い、とうとう婚姻もせず私に仕え続けてくれていた。




 近くの教会に通い始めて、気づいたことがある。

 教会の椅子に座ってただ神像を眺めていたある日、突然のことだった。

 まるで天啓のように白い光に似た何かの向こうに見えたもの。


 それは、あの御方の深い孤独。


 あの御方は本当に実の子のように私を深く深く愛してくださった。

 まるで、あのような非道なことなどはじめから無かったかのように。

 私の宝を、私の人生のすべてだった存在を、私から奪ったあの男。

 しかし、同時にその男は、ご自分の持つものの価値あるものすべてを、惜しみなく私という人間に対してのみ注いでくださった。


 なんと不器用な。

 なんと不憫な。


 軍神は、息子のように私を愛し、そして同時に、自分の分身である私に対して激しく嫉妬したのだ。


 ああ、あの御方であっても。

 いや、あの御方だからこそ。


 私を実子のように想えば想うほど、その孤独は彼の魂を灼いたのだろう。

 誰も到達できぬ所まで登った英雄の、誰よりも深い孤独。

 若き日に軍神の手のひらの上から滑り落ちたものを、若き日の軍神そのものであった私が失わずに抱きしめている。

 彼はそれが誰よりも眩しく羨ましく、そして誰よりも許せなかった。

 それを癒すのは、彼にとって若き日の彼自身の幸福そのものしかなかったのだろう。

 たとえそれが、苦しみしか生まぬ道であったとしても。




 あの墓碑の隅に小さく彫られていたという、一輪のラベンダーを思い出す。


『ジェイ、ありがとう。これ宝物にするよ』


 幼き日、誰よりも愛した人にはじめて自覚した恋心をこめて手渡した花。






 私から宝を奪った軍神は、以後私にも、誰にも、ほとんど笑わなくなった。

 人格者だった彼はそれほどに苦しんだ。

 私を自分の子のように愛でれば愛でるほど、自分が持てなかった私の宝が愛おしく手放し難く、

 私の宝が愛おしくなればなるほど、両方から愛を奪い続けている自分の罪が見える。

 おそらく、余命宣告までの間、宝をあえて自分の元に縛り付けようとせず遠方の教会にとどめおいていたのは、

 彼なりの出来るかぎりの宝への贖罪でもあったのだろうと、今になってみて分かる。


 そして、最後のあの状況。

 おそらくあの御方は、宝に殺されるつもりだったのだ。

 それが、あの御方が出来た最後の償い。

 殺されることを望んでいて、

 ご自分の罪の重さに耐えられなくなって

 それを、私の宝も分かって、

 だからこそ、あのような最期になったと、

 私の中にすとんと染みていく答えがあった。

 私の宝は、どこまでも優しい男だから。

 自分の幸福よりも、国の幸福を願った男だったから。






 彼によって壊された宝の愛。

 彼によって壊された私の愛。

 それを誰よりも自覚し、

 目を背けたくても背けることも出来ず

 狂うことも出来ず

 おのれの罪を見続けた『神の眼』。



「ヘンリー、お願いがあるんだ」





















「おや、爺さんこんにちは」

「どうも」

「あんた結構いるんだねぇ」

「はい」

「今日も神様とお話かい」

「はい、こちらの神様はお優しいので」

「そう感じるかい」

「はい。最近は特に、こちらの神様は私の罪も他の人の罪も、すべてを許してくださるような気がいたします」

「そうかいそうかい。それはよかった。あ、あとでちょっと騒がしくなるよ。ちょっと隣の子達が生誕祭の歌の練習にくるんだよ」

「そうですか。子供さん達にお会いできるのは嬉しいことですからおかまいなく」

「そう言ってもらえるとありがたい。所で爺さん、あんたいつまでこの町に?」

「もうこちらを終の棲家にしてもいいかなと思っているんです」

「ああ、なるほど」

「毎日来てしまってすみません」

「いやいいよ。ここは神様の場所だ。神様がいつでも来ていいと言ってるんだから毎日来たってかまいやしないさ」

「ありがとうございます」

「爺さん、あんたちょっと薄着が過ぎる。それじゃ寒いだろう」

「ああ、大丈夫です。どうかお構いなく」

「そりゃダメだ。冷えちまう。ほら、俺のでよければ羽織りな」

「ありがとうございます」

「急いで死ぬ必要はない。ここでもう少しのんびり神様と話しなよ。俺もそうしてきた」

「はい、そうですね」


















 その晩、近くの宿屋で一人の老人が死んだ。

 老人の遺体はその従僕の手によって教会に運ばれ、そのまま小さな葬儀を経て教会内の墓地にひっそりと埋葬された。

 老人の羽織っていた衣を見た一人の男が

 声をかけた。


「おつかれさん。元宰相さん。これからはそっちでのんびり神様と話しな」






















 気がついたら俺は部屋にいた。

 あの後高橋とどう別れどう帰ってきたんだっけか。

 しかしちょっと今日はヤバかった。

 なんだあの感覚。

 前世(笑)の話で手が震えるだけでもアレなのに、

 前世の松永の名前聞いて自動的に泣いてる俺。(笑)


 おおおおおおお

 恥ずいぃいいいいいい!!


 高橋もマジで困ってたもんな。すまん高橋。

 でも元を言えばお前のせいだ。お前が俺に余計な前世ネタを披露したからだ。

 あ、でも高橋がいなかったら松永のあの病的な諸々は分からないままだったもんな。

 だから結果オーライ?

 ん?この言葉って場合使い方であってるのか?

 しかしあれだ。思い出さないもんだな。

 普通泣いたり手が震えたりしたら、思い出すもんじゃないか?

 全然その素振りないんだけど。

 もしかして俺、スーパーどんくさい?


「ただいま、勇」

「おお、おかえり」

「もう手の震えは治った?」

「お前もう盗聴してるの隠さないんだな」


 松永が俺に抱きついてきた。


「おい、何でお前が震えてるんだよ」

「………僕の名前………」


 シャツの首元が冷たくなっていく。

 ああ、そうか。


「なんかごめんな」

「………許さない」




 でもお前、悲しそうだけどでもすごい嬉しそうだぞ?

 自分で思いながら微妙なニュアンスだと思った。

 悲しいと嬉しいって両立するんだな。


「おい、メシどうする?お前食ってきたか?俺は食べてるけど」

「ご飯より勇が食べたい………」


 はぁ………またこうなるんだな。

 でもまぁ、さっきああいうこともあったし。

 仕方ねぇな。

 俺は両手を広げてみせた。


「ほら、いっぱい食えよ」













 俺と松永はベッドの上にいる。

 労わりを込めてお互いの体を撫で合う。

 どこもかしこも触られた所が溶けていきそうで、でも相手の熱によってはじめて自分の存在を確認できる感覚。でもそれが同時に、自分の存在で相手を満たせるという真実を確認できることでもあるわけで。

 ああ、そうか。

 

これは『確認できる』時間なんだな。


「勇、キスしていい?」

「恥ずかしいから言うな」


 だからいちいち俺の名前を呼ぶのをやめろ。恥ずかしいから。

 本当にコイツ俺のこと好きなんだよな。


 すると。

 またあれをされる。

 松永の方はたぶん無意識にだろう、俺の両手を松永の右手がギュッと優しく握りこむ。

 ああ…







 ああ、もう、胸がいっぱいで。

 もう離れたくない。

 もう離したくない。

 もう離さないで欲しい。

 もう2度と。





「………いさむ………いさむ………大好きだよ………僕だけの…」

「…うん………」


 いつのまにか俺は、泣きながら、俺の両手を優しく握りこむ松永の右手に一生懸命頬を摺り寄せていた。

 松永が、それを見てなんか見たことがない目をしていた。

 でももうそれ以上はよく覚えていない。


 前世の松永の俺の関係は

 本当はたぶん俺の方もあいつと同じ位離れたくなかったんだと思う。

 松永にそれを伝えないと。








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