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十話





「松永さんは、先生と同じ軍人さんでした」


 ああ。なるほど、それでか。

 俺は前に松永が言っていた言葉を思い出していた。

 たしかあのスーパー独占欲ストーカー松永が俺から仕事を奪うようなことをしない理由。

 〝自分がかつてその為に許されざる罪を犯したから〟

 〝だから勇から仕事を奪う権利はない〟

 だったかな?

 あとあの何度も何度も聞かされた言葉


『もう僕から離れていかないで』

『もう誰にも奪われないで』

『これからは僕だけのものでいて』


 ああ~!なるほど!

 つまり松永は前世で俺と同じ仕事=軍人同士でイチャイチャしてたのに、

 その俺を仕事の上司=将軍に奪われたわけか!

 でもって、仕事上の上下関係で色々あって、上司である将軍を止めることができなかったと。

 だから自分が仕事優先で前世やらかしたから、俺のことを仕事であれこれ言えないってことか。

 やっと繋がった。

 なにその純愛。

 いや、普通に引きずり過ぎだろ。


 でも、

 なんで俺は今手の震えが止まらないのか?





「なるほど~。そうだったんだな」

「はい…」

「ちょっと聞いていいか?」

「どうぞ」

「あいつの俺への執着異常だと思わないか?それって俺とアイツが軍人同士で付き合ってて、結果的に俺を上司である将軍に取られたからってこと?」

「まぁ………そうなんですけど………」


 高橋は複雑な表情を浮かべる。


「うーん、これは僕が言うべきかどうか分からないんですが…」

「いいよいいよ。どうせあいつが言うのを待ってても早くて数十年後とかだから。だからお前が知ってる事を教えてくれ」

「僕は先生………当時のマック先生から孤児院を任されたんですが」

「うん」

「松永さんは、軍人時代のマックさんをその将軍に奪われようとした時に、マックさんに一緒に逃げようと言ったのに、マックさん自身から『自分を想うなら自分よりも国を取ってくれ』って任されたんです。だからです」

「へ?」

「だから、松永さんの前世の軍人………ジェイムズさんは、」


 高橋の言葉が止まった。





『ジェイ』





 その名前を聞いた俺の目から、

 何故か涙が勝手に溢れていた。


「あれ?なんだこれ」


 思わず組んでた腕をほどいて手で頬から流れ落ちる水を拭こうとして、

 自分の手が震えているのを見てしまう。


「先生…」


 高橋の方を見たら、俺を見つめている高橋が青ざめている。


「あ、いや、ちょっと待ってくれ。は?は?おい俺どうなってるの?」


 自分の手を振りながら、なんとか震えを止めようとする。でもやはり震えは止まらない。

 涙もボタボタ流れ続けている。頭の中はめちゃくちゃ普通なのに。


「…………」

「…………」


 気まずい。

 非常に気まずい。

 何だこの時間…。





 よくドラマとかであるだろ?こういう沈黙。

 経験してみろ。ただひたすらに気まずいだけだから。

 自分の感情が微塵も乗ってないのが不幸中の幸いであるとはいえ、生徒に手を震わせて目から涙がボロボロ落ちてるを見られてる教員の俺。

 すげぇ恥ずかしい。なんなのこの羞恥プレイ。

 俺は一体前世でどんな業を作ったんだ!

 なんだかよく分からんけど前世軍人の俺許すまじ。


 とりあえず震えている手で尻ポケからハンカチを取り出して流れ落ちる涙を拭きふきしながら


「えーと、高橋、分かった。たぶんその前世は当たってる。うん。俺の体がこうやって反応してるからな。で、経験者のお前に聞きたいんだけど、これどうやったら収まるの?」

「分かりません………僕そういう事なかったので………」

「マジか」

「すみません…」

「うーん。ちょっとこういうのはじめてだから、俺もどうしたらいいか分からないんだよな。ほっとけば落ち着くかな?」

「たぶん………」


 困ったなー。良かった。人気のない公園で。

 てか俺、一体何してるんだろう?




















『マック、逃げよう』

『ダメだ』

『無理だ、俺には耐えられない』

『俺達は軍人だ、優先すべきものを見極めろ』

『お前は耐えられるのか』

『耐えるのが軍人の義務だ』

『お前は俺を愛していたんじゃないのか』

『馬鹿なことを言うな、俺には生涯お前だけだ』

『じゃあ何故』

『何故かをお前が俺に問うのか』

『…………』

『俺の身が、命が、この国と国民の役に立つなら、本望だ』

『………俺の気持ちは?』

『………ジェイ』

『お前をあの御方に差し出して、そんなお前をずっと見てかなければいけない俺の気持ちを、お前はどう思っているんだ』

『………耐えてくれ』

『………お前はひどい男だ………』

『分かっている。悪いのはすべてこの俺だ。すべては俺の咎だ』

『…………』

『でも…ジェイ………』

『…ああ………』

『………心は、心だけは、ずっとお前と………』





 離したくない。

 離れたくない。

 この手を。

 この存在を。

 このぬくもりを。

 でももう夜が明ける。

 俺とお前の最後の夜。


 朝になったら、マックはあの御方の元へ行く。





















 大戦の雌雄を決すると言われたバレリア皇国との戦いの舞台・イースランド西部戦線は、3年目にして劇的な展開を迎えた。


 これまで様々な小規模の作戦をことごとく成功させ、結果的にバレリア皇国はおろかカラハ共和国にさえ回復不能なまでの大きな損害を与えてきたアドルフ少将の戦局の動きが、実は用意周到な最終局面への完璧な布石だったということを多くの者達が気づいた時には、すべてが終わっていた。


 その最終局面から最後の決戦にかけての現場の陣頭指揮を任されたのは、アドルフ少将の後継とも軍神の懐刀とも呼ばれた若き猛将・ジェイムズ中尉。


 アドルフ少将からその知謀のすべてを伝授され、栄えある最後の決戦を完璧なまでの大勝利に導いた。


 その戦場での指揮官としての姿と戦場における冷徹かつ確実かつ圧倒的な攻撃戦法の数々に、いつしかバレリア皇国軍兵士から《金狼》と呼ばれる。


 バレリア皇国では《金狼》とは『戦いの支配者』『残酷なる捕食者』『死神』を意味しており、この意味が伝わるとイースランド国内でも大戦の英雄ポートランド中尉を讃え、好んでこの呼び名が使われることとなる。






大戦終結後功績により3階級昇進したポートランド中佐の名は王室からも特別視され、後に軍神アドルフと共に王より『国家英雄』としての特別名誉叙勲を受ける。これはイースランド国建国史上まだ10人に満たない稀有なものであった。ポートランド中佐の国家英雄叙勲には、軍神アドルフからの熱烈な推挙があったとも言われている。

 この特別名誉叙勲より、それまで諸事情により半ば絶縁されていたポートランド家とも親交を回復。ただしポートランド中佐はその生涯に渡りすべての婚姻を固辞した。


 ポートランド中佐は凱旋帰国後、生前親交があった嫡子死亡により家名が絶えると思われたチェスター伯爵家の存続を王に直訴。

 戦場で重症を負い戦病死した戦友の家だけでも残さんとするポートランド中佐の軍人としての同志愛を汲んだ王はこれを受け入れ、本来継承権のないチェスター伯爵家令嬢オリヴィエを特別に後継者として認め、後にオリヴィエは王命により遠縁から養子を受け入れることにより、名家チェスター伯爵家は存続されることとなる。





















 あの御方の事実上の慰み者となり、それと引換にもたらされる多額の寄付金によって、孤児院の子供達の栄養状況は劇的に改善された。

 しかしその寄付金を使うのは最低限。子供達には変わらず畑仕事をさせ、年長者には下の子達の世話と教育をさせ、自分達で賄えることは自分達でさせる。

 なるべく非常時に耐えうるスキルを身に付けさせる。これは必須だ。

 甘い環境で育ったら冷たい風に吹かれれば萎む。

 厳しい環境の中で耐えられるように。しかしギリギリの部分で、彼らを守ってやらねばならない。

 それが、やがてまだ幼いままでここを巣立って行かなければならない子供達への俺なりの最大限の愛だった。


 余る多額の寄付金は教会内のあちこちと一部は森に移し、分散してすべて貯蓄し、非常時に備える。

 俺になにかあった時の為、貯まり続ける寄付金の隠し場所を書いた紙は古びた院長室の机の隠し引き出しに入れている。

 シスター達には、俺か教会に何かあった時にはこの机を壊して中身を暴けと伝えている。


 俺には神の家の中で軍神の慰み者となった自分への自己憐憫に浸る前にすることがあった。







「…アドルフ様、お願いがございます」

「なんだいマック、話してごらん」


 現在のアドルフ様は機嫌が良いご様子だ。

 俺は先ほどまで軍神の相手をしていた。体中に少しの痛みと重だるさを感じたまま、ベッドから身を起こす。


「この教会には、独自技術で加工した非常に効果の高い傷薬がありまして」

「うん。知っているよ。よくあんな良いものを作ったね」

「はい。前任者の老神父が作ったレシピです」

「…それで?」

「あの傷薬で多くの大戦時の後遺症に苦しむ負傷兵達が、また戦闘の巻き添えになった民間人の負傷者達が、苦痛から開放されます」

「ふむ」

「どうか、アドルフ様のお力で、あの傷薬を国内に広めてはいただけませんでしょうか」


 その瞬間、俺の体に寒気が走る。

 目の前の男の機嫌が急降下しているのだ。


 何故。

 何故。


「…マック、お前は優しい」


 アドルフ様が飲んでいたワイングラスを置いて、俺のすぐそばに掛けると、俺の顎を優しく掴んでそっと上向かせる。

 ああ、彼の目が、目が()()()の目に。


「でも、私はいつもお前に言っているだろう?私以外を見てはいけないと」


 アドルフ様は立ち上がると、ベッド横のナイトチェストの1段目以外の引き出しを開けた。

 そこに手を伸ばす時は『仕置き』の時。





「んん!!!………ングッ!!グうぅ………ッ!!」

「全くお前は、いつになれば私の言うことを理解するのか。お前は私の忍耐心を試しているのか?」


 何度も首を横に振る。しかし彼は俺の反応などそもそも見ていない。

 俺は口に猿轡を噛まされ、両手を縛り上げられ、天井近くの飾り梁のフックに膝立ちの高さで縛められていた。


 こうなれば、彼は俺の言うことなど聞こうとはされない。

 そもそも、私の意見を聴くつもりがあれば俺の口にこの言葉を塞ぐ道具を噛ませる必要はないのだ。


「マック、それは浮気なんだ。裏切りなんだよ。分かるか?お前が私以外を見るのは私への裏切りなんだ。お前は何度私を裏切る?何度私を悲しませる?」


 彼の手には、前回の仕置きの時にも使われたものが握られている。

 俺の体はいつのまにか小刻みに震えていた。

 ああ、やめてください。それだけは。どうか。


「お前はどうもこれが好きなようだ」


 俺は首を激しく横に振る。それしか意志表示はできないのだから。


 こわい。こわい。こわい。

 でも、もう逃げられない。



「ン゛ーーーーーッ!!!!!」



 強烈な電撃が体を支配し、そのまま気が遠くなる。

 しかし私に気絶は許されていない。

 すぐに頬を殴られ覚醒させられる。

 体を床に倒したくとも両手を吊り下げられているロープが俺を中途半端な高さで保たせている。

 俺の体を釣り上げるロープがギシギシと軋む音が響く。


「マック、何故私にこんな事をさせる。私にこんな事をさせているのはお前だ。私はお前を大事にしたいのに」


 そう言いながら、軍神はさらに苛烈に仕置きを加えていく。


「んんッ!!んぅッー!ぐぅぅうううううッ!!!ッッ!!」

「ああ、つらいな。でもダメだ。私から離れようとするお前には罰を与えねばならない。これはお前への罰なんだ」





 痛い。辛い。苦しい。

 何故。どうして。





「んぐっ!!んんん!!んんーッ!ぐううううッ!!!!!」

「お前は元軍人だろうが!少しは耐えて見せろ!」


 俺はこんな非道なことをされるだけの何をしたのだろう。

 彼は敵国将兵への尋問経験もあるので拷問の加減もよく分かっている。だから俺に仕置きという名の拷問を施す時、いつも俺が正気を失うギリギリの加減を計算して与えている。


 俺はこんな非道なことをされるだけの何をしたのだろう。


「私以外を見るな!私以外に思いを向けるな!私以外をその口に乗せるなッ!!」

「んぐううッ!!ん゛ッ!!んんんッーーーー!!!」


 たすけて

 たすけて

 たすけて

 もうやめて


 俺は泣きながら彼に目と首の動きだけで許しを乞う。

 それが彼に届くわけがないと分かってはいるけれども。

 

 何度目なるか分からない気絶の時、体の大きな痙攣と共にやっと俺は小さな闇に落ちることができた。いや、小さな闇に落ちることを許された。










「マック…すまない…」


 遠のく意識の直前、ロープが切られ、どこかで俺を抱きしめる腕と胸のぬくもりと、軍神の絞り出すような悲痛な声が聞こえた気がした。








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