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一話




《金狼》と呼ばれる男の元に仕える。

 これはイースランド国陸軍に兵士として入った男なら必ず思うことだと思う。

 国そのものといってもおかしくないその人は、10年前の大戦を最終的に勝利に導いた戦場の英雄。

 あの大陸に名を轟かせた伝説の戦略の天才・智将アドルフの懐刀。軍神の後継者。

 俺も含めた誰もがそう信じている。





「~以上が本日のスケジュールとなります、ポートランド中佐。

 続きまして明日のスケジュールです。1000より会議室において幹部会、その後1100から転入幹部数名との個人面談、1200より転入幹部達との昼食会、1300より第二会議室にて幹部家族を含む軍慰労者との懇談会、1500より~~~」


 俺が出した今日と明日の予定表と、それを読み上げる声をジェイムズ中佐は途中で遮った。


「ヘンリー少尉、明日の15時以降の予定はすべてナシにしておいてくれ」


 これでここ半年で3度目の急な予定変更に俺は内心〈ぎょえ~!〉と叫んでいる。でもそんなのはおくびにも出さない。


「かしこまりました」

「それと明日私は1500より外出しそのまま直帰する」

「承知いたしました」

「以上だ。退室を許可する」


 そう言われたらもう俺はこの部屋にいてはいけないわけで。

 いつものように俺は表情筋を殺したまま静かにかつ完璧な動作でスマートに退室する。

 でももう気持ちは湖の上を泳ぐ白鳥。見た目は優雅でも水面下の両足は必死に水かき!

 明日の1500以降のジェイムズ中佐のスケジュール変更を今すぐ関係各所に連絡しまくりどうにかしないといけない。


 マジかよー!?

 ダッシュだ!間に合え俺!!

 なるべくスマートに!完璧に!そして美しく!

 明日のスケジュール先をうま~く後日に分散して埋めるのだ!

 ただでさえびっちびちに詰まってるスケジュールに!

 勘弁してー!




 ジェイムズ・ポートランド中佐は、国を守った英雄ということで国民に親しまれすぎて、もうポートランドという家名よりもジェイムズ中佐と呼んだ方が皆が分かりやすい。

(ここは先般亡くなられた軍神・アドルフ大将と同じ。アドルフ大将も本当はアドルフ・フォン・ミューゼスなんだけど、もうミューゼスなんて家名では誰も呼ばない)


 しかしジェイムズ中佐というお名前よりも一発で通じるのはやはり《金狼》だろう。

 でも、ジェイムズ中佐自身はその呼び名で呼ばれるのを本当はあまりお好きではないらしい。

 そんな謙遜さえもキマってしまう。それがジェイムズ中佐。

 (おとこ)の中の(おとこ)




 しかしここの所の私的な急なスケジュール変更はなぁ…。

 ジェイムズ中佐の下で秘書官として配属されて2年、こんなことはじめてだし、前任者達からも聞いたこともない。

 もちろん、急なスケジュール変更自体は珍しくない。軍上層部からの別予定ねじ込みとか、王侯貴族からのホニャララとか。

 でも他の幹部はともかく、(ぶっちゃけ他の幹部は結構やってる。上級幹部でもひどいのになると愛人との旅行で長期休暇連続申請とか)


 ジェイムズ中佐が私的理由でスケジュール変更するというのは、病欠まで含めてここ10年でおそらくはじめてなはずだ。何しろあの人、人外レベルで丈夫で健康だから。さすが《金狼》。

 やはり恩師である軍神アドルフの死が陰を落としているのだろうか……



 ある界隈で囁かれているジェイムズ中佐のもう一つの呼び名『氷狼』。

 氷のように何事にも動じない、常に冷静沈着でクールなジェイムズ中佐も、師である軍神アドルフ大将の死はさすがにショックだったんだろう………


 1度目の私的スケジュール変更は軍神の訃報からしばらく経っての、会計課の職員からの面談希望。

「マックとサミーの件で」という奇妙な用件だったので、諜報部関係の符牒かなと思いつつお伝えしたら、なんと次の日の午前中いっぱいの予定いきなり全カットという、どひゃー!なスケジュール変更になった。

 でも後で調べたらどうも諜報部関係じゃなかったっぽいし、おそらくあれは今考えるとアドルフ大将筋だったんだろうと思う。


 それからアドルフ大将の国葬のあと、本来なら1番の関係者であちこちから引っ張りだこであるはずのジェイムズ中佐が、まだ多忙オブ多忙であるはずの国葬から2週間後という軍内部バッタバタの最中に、突然3日間スケジュール空白にして休暇を取られたのは、さすがに陸軍本部職員に静かな激震が走った。



 あれは死んだね。正直思い出したくない。うぷっ…。



 たぶんジェイムズ中佐は、もう耐えられなかったんだろう。

 どこで軍神を喪った悲しみを鎮められたのか、それは誰にも分からない。

 いや諜報部なら分かるかもしれないが。

 なんてったってジェイムズ中佐は国の英雄なので、もう半分以上立場は名誉職。常時諜報部からの護衛がついてますから。


 でもさすがに、いくらなんでも、恩人を喪った悲しみに沈むジェイムズ中佐の動向を調べるほど俺はゲスではない。

 そして今回の明日の急な予定変更。

 軍神アドルフ大将亡き今、もう先の大戦の生きる伝説はジェイムズ中佐だけだ。

 ただでさえ大陸を制した軍神アドルフ死去という事実だけで、にわかに隣国との緊張関係が高まりつつある。


 こちらに智将アドルフさえいなければ100%勝てた隣国バレリア皇国など、この機に乗じてうちに何を工作してくるかも分からない。


 正直いま王城も軍上層部もかなりピリピリしてる。もちろんそれはジェイムズ中佐もご存知だ。

 ここで今ジェイムズ中佐に軍を除隊されたり消えられた日には、下手したら国が傾くどころか滅びかねないので、それ位ならバンバン休んで頂きたいとも思うし、でもそうなると俺一人じゃ無理なので、秘書官をあと3人付けて欲しいです………。














 __________













 21世紀日本。





 夜になると俺はこの男に囚われている。

 松永誠。

 俺は、ある日この男に《見つかった》。

 大物政治家・松永秀作の長男。

 日本を代表する巨大企業・株式会社マツナガの幹部。

 おそらく数年以内には父親の地盤を継ぐであろう次代の政治家。

 なのに。


 松永の剣道と格闘術で鍛えられた腕が、俺の後頭部を強く押さえる。

 体格は両方180センチの少しガッチリ型とほぼ一緒なのに、どこから出てくるのか、松永はいつも尋常じゃない馬鹿力で俺の抵抗を容易におさえこむ。

 俺はいま、松永に理不尽な虐待を受けている。


 また松永の例の謎スイッチが入った。

 こうなるともうこいつが納得するまで終わらない。

 俺に被支配を刻み込もうとする。




 何故。

 どうして。

 その問いはもう何度も繰り返した。

 しかし松永からの返事は噛み合わないものばかりだ。


「キミが僕を捨てたんだ」

「もう逃げちゃダメだ」

「キミは罪を犯した」


 それがどんな罪なのか問うても答えない。


「それを思い出すのはキミの義務なんだよ」

「僕だけに記憶を残して。ひどい人だ」


 そう言って謎のスイッチが入った松永は今夜も俺を苛む。








 松永は俺から仕事を奪うようなことはしない。

 自分がかつてその為に許されざる罪を犯したからと。

 だから、俺から仕事を奪う権利はないと。

 しかしそれ以外では俺をどこまでも縛る。


「もう僕から離れていかないで」

「もう誰にも奪われないで」

「これからは僕だけのものでいて」


 そう言って松永は俺に護衛という名の複数の監視者と複数のGPSを纏わせる。









 俺は一体何をしたのだろう。


 松永は一体何に執われているのだろう。










 松永は必ず俺を抱いて眠る。

 時々夜うなされている。

 寝ながら涙を流している時もある。

 誰かの名前を悲しそうに呼び続けている時もある。

 本人の名前に近いからこいつ自分の名前を呼んでるのか頭大丈夫なのかと思っていたが、どうやら名前が近い他人の名前らしい。

 そして時折汗ビッショリになって飛び起きる。

 俺は寝たフリをして気づかないフリをする。

 松永は俺を覗き込む動きをして、安心したようにため息を1つ吐き、それから俺の背中をさらに強く抱き込む。

 そして呟く。


「………もう、離さない………」


 何度も背中越しに聞いた言葉。

 なぁ、お前に一体過去何があったんだ?















「おはようございます新倉先生」

「おはよう」


 俺が体育教師として通う公立高校はマンションから徒歩10分の所にある。

 なんと松永が俺の為にと職場に1番近くかつハイレベルセキュリティのマンションを一括で買いやがったからだ。

 あの男は本当に頭がおかしい。

 本人はその分移動が前より不便になってるのに、それは気にならないらしい。

「最近は幹部会や商談もリモートで出来るし、車で移動中でもやりとりはできるからね」

 と言ってるが、ちょっと俺に対して過保護すぎだ。夜はちょいちょいドSだが。

 それに俺に対しては基本猫撫で声で話しかけてくるが、他の人間には慇懃無礼というか、まるでその辺の石コロと同じ価値しか向けていないような気さえする。




「新倉先生、なんか今日は朝から疲れてますね」


 朝のHRのあと、クラスで1番の秀才・高橋が声をかけてくる。


「そうかな?ちょっと昨日は筋トレしすぎたかもしれないなぁ」

「無理しないでくださいね。今日の部活は自主練でもいいですからね」

「いや、そうはいかんだろう。もうすぐ地区大会だ。もう少しお前達に腕をあげてもらわないと」

「平和な日本でこれ以上強くなってどうするんですか(笑)」

「じゃあお前はそもそもなんで剣道部に入ったんだよ」

「先生がいるからです」


 ちょっとひいた。


「お前は俺のことが好きなの?」

「尊敬してます」


 食い気味に答える高橋に首をひねる。


「俺はお前と昔どこかで会ったか?」

「いえ」

「じゃあ俺のどこを尊敬してるわけ?」

「秘密です」







 帰宅すると松永が居た。


「おかえり勇」

「ああ、うん。ただいま」


 もうこのやりとりも慣れたものだ。

 何で一緒に住んでるのか、それはもう松永に囚われたからと言う他ない。


 きっかけはたしか剣道の大会だった。

 別々の高校から出た試合で、松永と当たった俺はすぐに負けた。

 試合終了後、何故か松永が猛抗議してきた。


「その人は僕より強いはずです、やり直しをさせてください」


 実は俺は、何故か松永に対してだけ本気の力が出せない。本気を出そうとしても力が抜けてしまう。

 それが何故か分からないが、だから当時もすぐに負けたし、今もドSモードの松永に対して全力での抵抗ができない為に、松永のいいようにされるのではないかと思う。


 これが松永の言う『罪』と関係があるのだろうか?

 彼は俺の『罪』について具体的には何も教えてくれない。





 その大会の帰宅途中に、俺は後ろからつけてきていたらしい松永に、暗がりに押し込まれた。

 松永に対して不自然なほど力が出せないのを知ったのはこの時だ。

 いくら松永が小さい頃から格闘技を習ってたと言っても、この抵抗の通じなさは異常だ。

 俺の方が痛みに泣きたい状態なのに(実際痛くてちょっと泣いたが)、

 何故か松永はその時俺を暴行しながら、俺以上にずっと泣いていた。


 それから、いつの間にか松永は一方的に『友人』を名乗って俺に付きまとい、

 俺の親からの信頼を勝ち取り、

 俺の意思はおいてけぼりにして、いつしか俺と松永の関係は周りが認めるものとなっていた。

 まるでイリュージョンだ。







 いつか訊こうと思ってたことを訊いてみる事にした。


「なぁ松永」

「うん」

「お前、親父さんの後継いで政治家になるのか?」

「ならないよ」


 純粋に驚いた。


「どうしてだよ」


 松永は俺の為に準備していた夕食の準備の手を止めて言った。


「もう国とか権力とか誰かの都合に邪魔されたくないんだ」


 ああ、この目になった松永にはもう話が通じない。

 今松永は俺を通して俺じゃない誰かを見てる。


「おいで、勇」






 俺はまた松永からいいようのない虐待を受ける。

 この時間だけはいつまでたっても慣れない。というよりもはっきり言って苦手だ。できればして欲しくない。

 だが俺がこの行為が苦手なのを知っていて、謎スイッチが入った松永は好んでこの虐待行為を俺に耐える事を強いる。


 何でこうなったんだろう。

 ああ、親父さんの後を継ぐのかどうかを訊いたからか。


「キミを誰にも奪わせないッキミは僕のモノなんだからッ」


 俺の抵抗なんか無意味だ。

 俺はもうとっくに限界で、体はもうクタクタなのに、松永はそれを知っていてさらに俺の身と心を苛みながら、やはりいつもと同じ言葉を繰り返す。


「僕の勇……僕だけの勇………もう誰のものにもならないで………」

「もっと僕の名前を呼んで………もうどこにもいかないで………」


 何でこいつは俺に酷い事をする度に、こんな俺に全身全霊で縋りつくような声を出すんだろう。








 そして松永は今夜もうなされている。

 数年一緒に住んで大体分かってきた。

 俺に酷くした夜は松永はうなされるという事に。

 松永は何が原因なのかは分からないが、おそらく『また俺を失う』という強迫観念に強く取り憑かれていて、

 その元になっているトラウマ(妄想)フラッシュバックで謎スイッチがオンになると、

 俺への支配欲独占欲全開暴力になるんだろう。


 もしかしたら、『罪』という松永からの俺に対するレッテルも、

 本当は松永自身のものなのかもしれない。

 人は自分が持つ劣等感を他人にも(無理やり)共有させることで、安心を得る部分がある。

 松永の心理にもどうもそういう歪みまくりこじれまくった部分があるようだ。




 しかし松永が俺を襲撃した高校2年の夏にはすでにこうだったから、

 松永は一体いつからああなのだろう?














 剣道部の顧問指導終了後、いつものように部室でヤバい臭いを発生させている俺の胴着や篭手などの防具類に、せめてもの除菌にとファブリーズ攻撃を浴びせていると

 一人残って部室を掃除してくれてた高橋が、最後のモップ掛けをし終わったらしく話しかけてきた。


「…先生、聞いて欲しい事があるんですが」

「ん?どうした」

「実は僕には小さい頃から不思議な記憶があるんです。たぶん前世というものらしいんですが」


 なんだか香ばしい厨二のかおり。高橋ってこういう系だったのか。


「うんうん」

「どこか分からない西洋っぽい国で、国の名前まであるんです。イースランドという国です」

「ほお」

「僕はそこの国の田舎の孤児院で育ったんですが、先生はその孤児院の院長先生をしてて、マック先生という名前なんです。正確にはマクスウェル先生なんですが」


 ん?

 どこかで訊いたことがあるぞ。


「…それで?」


「先生は本当は孤児院の隣の教会の神父さんだったんですが、孤児院の院長先生も兼任されてて。

 なんというか、元々は軍人さんだったらしく、軍人さんだった時に金持ちな軍の偉い人に……

 今で言うストーカーをされて…

 その軍の偉い人から逃げてたそうなんですが…」


「………それで」


「結局先生は、その軍の偉い人から、教会と孤児院を守る為に………」


 高橋がこちらの様子を伺うような眼差しをしている。


 あ。

 松永が言っていたのはこれか?


 気づいたら指先が小刻みに震えている。

 なんだこれ。

 俺は手の震えを誤魔化す為に、抱えていた胴着の中に両手を隠した。


「うん、それで?」

「………やっぱりいいです」

「俺が気になるわッ最後まで言わんか!」

「………あまり気持ちのいい話じゃないんです」

「いいから言えよ。ファンタジーだと思うから」


 俺の『ファンタジー』という言葉に高橋は複雑そうな顔をした。

 じゃあなんて言えばいいんだよ。


「…先生は教会と孤児院を守るために、軍の偉い人…将軍だと言ってました。

 その将軍の愛人になるのを受け入れて連れて行かれて………

 1年位して、その将軍と事故死しました」

「ほお。すごいな俺。将軍クラスの愛人かよ」


 今とほぼ同じじゃないか。相手が限りなくストーカーとか。まぁ今回は相手は金持ちではあるがお偉いさんじゃないし特に俺に守るものとかないんだが。


「その将軍は、先生がもう帰れないように、孤児院と教会を潰す気でいたそうなので、たぶん先生はそうならないようにそいつを道連れにして死んだんだと思います………」

「ふうん」


 ということは、松永は、その時の俺を将軍に奪われた事がトラウマのままなのか?

 あくまでこれが事実だと仮定すれば、だけど。

 ………しかし。

 この手の震えはなんだろう。


「………先生………?」

「ん?」

「あの………顔色が………」

「ああ、ちょっとな……実は今朝から風邪っぽかったんだわ。すまないな」

「………そんな時に変なこと聞かせてしまってすみませんでした………」

「いやいいよ。面白かったし。またそういうのあったら聞かせてくれ。じゃ、今日は早めに戸締りするか」





 短い帰り道を歩きながら俺は考える。

 出会って以来、ずっと松永が言っていた事と、見事に符号する内容。

 言われていた時には意味不明だった言葉達が、パズルのピースのように繋がっていく。


 《もう僕から離れていかないで》

 《もう誰にも奪われないで》

 《これからは僕だけのものでいて》


 これをすべて高橋の妄想だと決めるには無理がある。

 そして松永の名前…《誠》によく似たあの名前。


 じゃあ………

 松永が言ってる俺の『罪』とは?













 帰宅したら、玄関の前に松永が立っていた。

 まるで死人みたいな青ざめた無表情。いつも俺にだけは柔らかな笑みを向ける松永が。


「お前、俺の事盗聴までしてるのか?」

「………まさか前の記憶を持ってる人が僕以外にもいたなんてね…」

「じゃあ高橋が言ってたのは本当なのか?ああいいや。ちょっと待て。とりあえず水飲ませてくれ」


 俺はリビングに入り冷蔵庫からミネラルウォーターを出す。

 やはり手が小刻みに震えている。なかなか開かない。

 すると後ろから手が伸びて松永が開けてくれた。


「悪い」

「それ………」

「うん。さっき部室で高橋から話聞いてからこうなんだよ」


 俺はなんとか水を飲むと、松永が買い揃えた家具の1つの、おそらくアホみたいに高いであろう革張りのソファに座り込む。

 松永は俺の横にピタリと密着して座り、さらに俺の肩を縋るように抱き込もうとする。

 それを俺は手で制して会話を続けた。


「じゃあお前、前世で俺を無理やり愛人にした将軍なわけ?」

「なっ」


 松永は本気でショックを受けた顔をした。


「え?違うの?」

「違う!あんなのと一緒にするなんてッ!」


 はじめて松永が俺に怒鳴った。

 俺は分かっててわざと言ってみたんだが、やはり、この辺の話は松永と密接な関係を持つことが今の松永の反応で分かった。


「じゃあお前が今俺にしてることは何なの?いい加減ちゃんと説明しろよ」







 沈黙。







 いつもこうだ。

 松永は俺への執着の行動背景を俺が聞き出そうとすると、沈黙して答えないか、謎スイッチが入って俺を酷く扱って答えないかのどちらかになる。

 しばらく待った。でもまだ喋る気配はない。

 どうやらまたこれまでと同じらしい。

 俺は深くため息を吐いた。


「分かった。お前はやっぱり話してくれないんだな。

 もういいよ。あとは高橋に詳しく、」


「……キミの罪は…僕を忘れたことだ…」


「は?」


「僕は!いや俺は!!

 ずっと!お前のことをッお前だけをッ…」


 なんだこれ。


 松永が俺を射殺しそうな目で見てる。

 こんな風に松永が俺を見るなんて。

 あ、一度あったな。

 高校生の時こいつに襲撃された時に、こんな目で松永は俺を見て泣いていた。


「俺が、どんな気持ちでお前を…ッ!」


「いや分からんだろ。分からないから訊いてるんじゃねぇか。

 なぁ教えてくれよ。

 俺とお前に前世とやらで何があったんだよ。

 お前は何に執われてる?俺に何があったんだ?」


 その瞬間松永が目の前のソファテーブルを思い切り殴りつけた。

 バァン!というデカい破壊音のあと、高価なものにありがち系の丈夫で重いソファテーブルは完全に折れる寸前までひしゃげてしまった。


「おい………」

「言えないよ………」


 松永はふらりと立ち上がると、そのまま出て行ってしまった。

 松永が背中の向こうで何か呟いていたが、その声が小さすぎて言葉の内容まで聞き取れなかった。




「言えるわけないじゃないか………

 国の為に死ぬほど愛してたお前を見捨てたなんて………」












 俺はまんじりともせずに夜明けの空を眺めていた。

 松永は帰ってこなかった。

 こんなことはあいつと(半強制的に)暮らし始めてから6年、初めてのことだった。















 _____________







 アドルフ大将の国葬から20年、イースランドはそれから3度の国難に見舞われた。





 1度目はその翌年の夏。危惧されていたバレリア皇国からの軍事侵攻が現実化したのだ。

 これを迎え撃ったのは大戦の英雄《金狼》ジェイムズ。王命により46歳で少将となった《金狼》は、

 軍神アドルフの後継として国内すべての王侯貴族からの期待と願いを一身に受け、

 バレリア皇国を今度こそ完膚なきまでに叩き潰すと思われた。


 しかしそこで《金狼》は思わぬ策に出る。

 なんと、かつての大戦では敵国であった、同じくバレリア皇国とも国境を接する隣国カラハ共和国と電光石火で軍事同盟を締結。

 カラハ共和国軍との連合軍総勢40万でバレリア皇国軍12万の隊列の前に両軍の軍旗を整然と並べて見せた。


 これにバレリア皇国軍側は戦意喪失。

 数日のうちにかつての激戦地でもある国境にて三国間講和条約が結ばれた。

 この条約を国境地帯の名前から後に『スニーツカ条約』と呼ばれる。


 これを機に三国間は交易をはじめとする文化経済交流を強化。

 王侯貴族間の交換留学も行われるようになり、三国間の経済発展文化交流と共に戦争の火種は急速に遠のいていった。






 2度目の国難は疫病だった。

 交易によってもたらされた激しい人的交流は疫病をも入れる機会を作った。

 アドルフ大将国葬から4年後、条約締結から3年後の初夏、カラハ共和国西南部から大規模な疫病が発生。それは瞬く間に国境を越えて大陸全土に広がる。

 疫病の時には必ず同時に流言飛語が起きる。

 三国の各地方都市で暴動や反逆行為・略奪行為が発生。


 これに対し、三国間講和条約締結の功績によりかつての軍神アドルフと同じ陸軍省名誉長官兼宰相補佐となっていた《金狼》は、

 バレリア皇国とカラハ共和国にすぐさまイースランド王立医師団と近衛軍を派遣。

 イースランド王家のすべてのこれまで門外不出とされてきた医療技術の提供と、イースランド王家の権威による治安回復を盟約する。

 この動きにカラハ共和国とバレリア皇国もすぐさま同調。


 三国の最高学府の医学的見地をすり合わせた素早い疫学的対処と、三国合同の最高権威を持つ治安部隊出動により、暴動や反逆行為は小規模のうちに鎮圧、国民の不安と共に疫病も少しずつ収束していく。

 この経験を元にして三国の国境地帯に大陸初となる医学の為の専門学術機関が作られる。


 この学術機関はのちに大学となり、大陸の救世主の姓の一部をとって『ポート医術大学』と名付けられる。


 この大学の医術研究により大陸の医療技術と平均寿命は大きく飛躍向上することになる。


 また、歴史的大発見とされるも同時にあまりの奇跡的効果により深刻な流言飛語や邪教洗脳を招く危険性ありとされ、製造法が厳しく三国間で秘匿されることになる秘薬『エクスポーション』も、ポート医術大学の研究発明だった。







 3度目の国難はアドルフ大将の国葬から17年後。反王太子派によるクーデターだった。

 この時イースランド国王族内では、

 三国間講和条約により成婚したバレリア皇国第三姫である王妃イーヴェントから生まれた王太子派と、

 側室筆頭であったイースランド建国からの名家であり歴史上イースランド王室と最も縁戚関係の深いメイシン公爵家令嬢ビアンカから生まれた第二王子派との

 派閥対立が激化。


 反王太子派はバレリア皇国内の反主流派に密使を送り、同時にカラハ共和国内の売国奴貴族に甘言を囁き、反王太子派への資金援助と武器提供を依頼。

 その見返りの覚書を交わす。

 これによって力を得た反王太子派は、王城内の王太子とその周辺を貶める流言飛語を国内全土に流すと同時に、陸海両軍の辺境部隊決起を扇動。

 その結果国内の重要都市3ヶ所から同時に内戦が勃発。


 この時宰相となっていた《金狼》はすぐにバレリア皇国とカラハ共和国に特使を派遣。内乱の状況説明と共に、即時鎮圧ののち宰相自らの謝罪来訪を盟約する。

 そして虎の子である宰相直属諜報部隊を使い即座に反王太子派内に潜入させていたスパイに指示を出し、反王太子派を内側から破壊弱体化。

 そもそも宰相はすでに直属諜報部隊から近日中に内乱の気ありとその詳細までも報告を受けていた。

 早くから反王太子派の中に直属諜報部隊からスパイを送りこみ、詳細を把握していたにも関わらず、わざと反乱を起こさせ、同時に反乱予定地には鎮圧部隊を隠しておき、結果的にそれによって反乱を火種が小さなうちに叩き潰し、さらにそれを機に内乱の背景となっていた専横大貴族粛清の足がかりとする。

 この《金狼》の冷徹すぎる手腕にイースランド社交界は戦慄した。


 《金狼》はすぐに大規模な粛清に着手。反王太子派に名を連ねていた多くのイースランド建国からの重鎮をはじめとする貴族官僚が公開処刑もしくは辺境地追放となり、同時にイースランド反王太子派に協力した外国貴族官僚の名簿と密約の覚書控え等は即時にバレリア皇国とカラハ共和国にも情報共有され、それらの国々でも多くの貴族官僚が粛清・追放されることとなる。


 内乱即時鎮圧の功績により《金狼》は救国の英雄としてイースランド国最高名誉職としての『王室最高顧問』となる。








 内乱収束後、《金狼》は正しい情報分析と教育の重要性を説き、国の各地に学校を作る。

 それまで教育は貴族のものであり、平民は最低限の文字さえ読めればよかったが、《金狼》はそれを抜本から見直し、すべての平民に教育の義務を課すと同時に平民の知的レベルの向上により、国民を愚かな流言飛語から解放すると共に、学問による平民から官僚商人等への立身出世の道を作り上げた。


 同時にそれまで日陰的存在であった各諜報部をまとめて『監理庁』として正式に昇格させ、あらゆる組織部門の腐敗摘発に力を注いだ。これにより多くの省や地方都市が大きな運営改善を余儀なくされた。




 イースランドにおいて《金狼》の名はもはや戦場の英雄ではなく、救国の英雄であった。







 それから3年後。《金狼》65歳の年、《金狼》はすべての公的立場からの正式な引退を発表する。

 王侯貴族含むあらゆる関係者からの慰留嘆願をすべて固辞し、

 《金狼》は明言した通り、その3ヶ月後には自分の後継となる宰相にチェスター伯爵家嫡男で若き神童と呼ばれたエドワードを推挙。

 当時まだ27歳の最年少宰相誕生の衝撃で国中が混乱している最中に、《金狼》は姿を消した。


















「おや、爺さんまたいらしてたのかい。熱心だねぇ」

「ええ、こちらの教会はとても静かでいい空間ですから」

「そうだろう。隣に孤児院があるからガキんちょ共がちょいと騒がしいけれども、扉が締まれば静けさが痛い位だ」

「そうですね」

「ところでおたくはどちらから?」

「はい、王都から」

「また随分遠いところから来たんだねぇ」

「ええ。今は気楽な旅暮らしですよ」

「どうだいここの町は」

「活気があって、でもすれてなくて、住んでる人達のぬくもりがとてもいいですね」

「そうだろう」

「あなたもいつもこちらでお見かけしますが」

「ああ、俺は隣の孤児院の責任者だ」

「そうでしたか」

「俺は信心深くはないが神様に祈ることが多すぎてねぇ」

「そうなんですか」

「ここに黙って座ってるだけで、神様に気持ちが届く気がしないかい?」

「そうですね」

「おたくは?」

「ええ、あなたと同じです」

「そうかい。好きなだけいるといい。ここは神様の縄張りだから細かい事はなしだ」

「はい。あの」

「うん?」

「神様はいるんでしょうか」

「いるに決まってるだろ」

「そうですか」

「おたくは信じてないのかい」

「うーん…目に見えないものですから」

「じゃああんたは愛だの信義だのが目に見えるのかい」

「表現すれば」

「神様だって同じだろうが。表現すればそこの神像だろ。いるしあるから表現するんだよ」

「そうですか…」

「まぁ、俺には難しいことは分からんけどね。でもおたくを見てて分かることが一つある」

「なんですか」

「おたくは神様を信じたいか神様に何かを伝えたいかのどっちかだ」

「………」

「だからわざわざ王都から旅に出てる人間がこんな辺境地の小さなボロい教会に毎日通ってるのさ」

「…そうですね」

「神様に何でも祈ればいいよ。神様は聞いていてくださる。叶えてくださるかは別だがな」

「はい」

「じゃあ爺さん、のんびりしていってくれ」

「もういかれるのですか」

「ああ、俺は暇なように見えて暇じゃないからな」

「子供達が待ってるんでしょうね」

「ガキ共は少し目を離せばろくでもねぇイタズラ考えつくかサボるかのどっちかしかねぇからな」

「そうですね」

「じゃ、神様によろしく」

「はい、ありがとうございました」



















「マック、キミに会いたいよ」







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