アナタノカラダガホシイ
男はずんずんと進んでいく。たくさんの鏡に自分がたくさん映ろうとも、気にもとめず。配信者としての喋りは止まず。プロ意識が高いのだろうか、単に怖いもの知らずなのだろうか。
「ここまで歩いてきたけれど、いやぁなんと言うか汚いですね。それはまぁ手付かずだから掃除なんてしてるわけもなくですよ。ただね、ひとつ安心したのがですね、自分、めっちゃ虫苦手なんですよね~」
静かすぎる空間で男の笑い声だけが響き渡る。それもまた、不気味に見えてしまうのだが、男にとっては気にならないらしい。
「こういう場所には絶対いるじゃないですか、幽霊よりもまず虫が!蜘蛛とかゴキブリとか!あ~自分で言って鳥肌たってきた。見えます?皆様」
カメラに向かって鳥肌がたっている腕を見せつけてくる。一人しかいないというのにこのくだりで尺をとりすぎなのでは?と疑いたくなる感じで男は続けた。
ようやく一区切りがついたのか、男は改めて鏡の世界に向き直る。迷路の中にいることを思い出す。男の目の前にはドアがある。これは次の部屋、あるいはステップに移行するということだろうか。この先にいったい何が待っているのだろうか。ドアを開けると……
「アナタノ、カラダ……ホシイ。ズットマッテタ……」「ちょっと、だめよ!この人は私のよ、引っ込んでなさい!」
姿を確認するまでもなく男の近くで声が聞こえる。少なくとも二人はいるであろう。瞬間にただ事ではないと男は悟り部屋の中心まで移動する。どうやらこの部屋は広いらしく鏡が細々と床にも天井にも張り巡らされている。ひとまず鏡から離れたい。そう思っての判断であったが。
「フフフフフ、ニゲラレナイワヨ。コノクウカンハワタシタチノモノ…コンナセカイイラナイ、アナタガホシイ……」
片言な喋り方をする声の者は鏡の中を自由に行き来し男の足元までじわじわと近づいてきた。と思ったが……
「抜け駆けは許さないわよ、あなたね、私よりも先にこの世界にいたからってそれだけ器を取り損なってるんだから調子に乗んないでちょうだい」
喧嘩が勃発した。ある意味拍子抜けしてしまった男は配信者であるプロ意識を思い出し、この展開を好機と捉えインタビューの体制を作り始めた。