鏡の世界
「今回はですね、鏡の世界というね、迷路に入ってみたいと思います。ここの噂といえば、鏡の世界の住人と入れ替わってしまい、現実世界に帰れなくなってしまうと言うものですね」
男は喋りながら歩み続ける。ひどく汚れが目立つものの園内を示すには可能なレベルのマップの前で、一度立ち止まりながら男は話し続ける。
そう、鏡の世界といわれる迷路には様々な角度で鏡が設置されており、自分の姿がたくさん映りこんだり反射したりする仕組みになっている。道こそ一方通行で迷子になることはないのだが、鏡の影響で迷いそうになるスリルが味わえる特に小さな子供に大人気のアトラクションであった。
今で言うなら肝試しにはうってつけの場所となっている。人ならざるものが映りこむなどは容易に考えられるだろう。しかし……
「鏡の世界の住人と入れ替わってしまうというのはなんとも信じがたいですが、まぁあちら側の存在であれば、入れ替わった事実は黙秘する方が都合がいいですからね。この噂は憶測に過ぎないわけなんですが……」
今回は実際に鏡の世界へ足を運び、現状を見てみようという企画になっている。
迷うことなくこの男は目的地に到着していた。わかっていたことだが照明などはついていないためライト付きヘルメットをかぶり、さらにドローンのようなものもライトアップさせている。光がなければいくら鏡であろうとも映らないはずだから。
「しつれいしまーす」
男は一歩踏み込んだ。そこには誰もいないはずなのに何処からか、視線を感じる恐怖に身震いをした。
「怖い、助けて、お母さん」「この場所は嫌だ、帰りたい」「からだがほしい、肉体がほしい、器がほしい」「早く生け贄が来ないものかしら、もう飢えて飢えて仕方がないわ」「次こそは必ずしくじらない」
明かりがないため鏡の様子を確認する術はないのだが、あちらこちらで各々がぶつぶつと何かを発している。その声に男はまだ気づいていなかった。