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春野ゆきの
それが彼女の名前。春に降るこの雪は彼女のためにあるのだろうか……
「春野さん……2分だけ俺に時間を下さい!」
彼女が友だちとの最後の時間を過ごしている中、俺は彼女にそう言った。彼女の大切な時間を奪うことは忍びなかったが、大人になったら、忘れてしまうかも知れない彼女に、どうしても伝えたかった。
「春野さんは覚えてないかも知れないけど……入学式の日、目が合った春野さんは僕に微笑んでくれたんだ。あの日から、ずっと、春野さんのことが好きでした」
その微笑みが俺に向けられた物なのかは分からない。だが、その出来事がきっかけで俺は彼女のことが好きになったのだ。
「嬉しい、ありがとう……」
「でも、ごめんね。私には今、付き合っている人がいるの」
「あ、大丈夫。ただ伝えたかっただけだから。こちらこそごめんなさい」
これはただ俺の身勝手で自己満足の告白だ。OKをもらおうとは最初から思っていない。
「……」
泣かない、俺は泣かないと涙をこらえていたが、涙を流したのは意外にも彼女の方だった。
どうして泣いているのかは分からない。
俺のことを可哀想と思ってか、断ったことに責任を感じてか、単に友だちとの別れが寂しくなったのか。それとも、実は彼女も俺に好意を抱いていた時期が……いや、それはないな。
泣いている理由を聞かなかった。聞けるわけもなかった。
この時の彼女の涙顔、今でもたまに夢に見る。それ程 俺の人生の中で大事な物事なのだろう。部活の最後の試合や必死だった受験等のイベントを夢で見たことは1度もない。人生のターニングポイントなら他にもたくさんあるはずなのに。
泣いていても何もおかしい状況ではない。卒業式だから。悲しんで泣いて、別れはまた1歩成長する。
「別れがあるから最高の出会いに恵まれる」
再放送していたドラマのセリフ。彼女との別れもきっと、俺の最高の出会いのために必要なことなのだろう。