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静かに始まる復讐、そして餞別①

 ───3日後、フレデリックはイルアの家の門を叩いた。


 数日前にあれほど心無い言葉を放ったことなど忘れたかのように、軽い足取りで。





「イルア、会いたかったよ」

「ええ、私もです。フレデリック様とお会いできるのを心待ちにしてました」


 ふわりと笑ったイルアは、さぁお入りくださいとフレデリックに入室を促す。


「ん?今日はなんか、この部屋暖かいね」

「ええ。めっきり冷え込んできましたから。フレデリック様が風邪など召したら大変だと思って。……暑すぎますか?」

「いや、丁度良いよ。それよりも、さ」


 我が物顔で部屋に入り、そして上着を当然のようにイルアに押し付けたフレデリックはチラリと寝室に目を向ける。


「ええ、フレデリック様。まいりましょう」


 イルアは丁寧にフレデリックの上着をハンガーに掛けると、共に寝室へと向かった。









「───……素敵でした、フレデリックさま」


 情事が終わってすぐ、イルアはフレデリックの胸に顔を寄せ吐息交じりに呟いた。


「そうか。……珍しいね、君がそんなことを言うなんて」

「ええ。……でも、ずっとお伝えしたかったんです」

「へぇ。まぁ、それなりのことはしたからね、俺。それにしても今日のイルアは可愛いな。でも、はっきり口にされるとちょっと照れるよ」

「……ふふっ、私は本当のことを言っただけですわ」


 イルアから潤んだ目で見つめられたフレデリックは、まんざらでもなさそうに「ま、普通さ、普通」などと言う。


 そこでイルアはすかさず口を開く。


「ねえ、フレデリックさま。気を悪くせずに、聞いてください」

「……なんだい」


 前置きをしたというのに、フレデリックの口調は途端に固くなる。


 しかしイルアは敢えて気付かぬふりをする。


「女性は男性の強引なリードが大好きなんです。嫌、やめて、というのはあくまで建前。だって、淑女は恥じらわなければならないと教育を受けますから。でも、本音は違うのです。それは身分など関係なく、女なら」


 遠回しにこれから妻となる女性も、乱暴に抱いた方が喜ぶと伝えれば愚かにもフレデリックは「なるほど」と言って、真面目な顔で頷いた。


 イルアはそっとフレデリックの胸に顔をうずめる。噴き出すのを堪えるために。


「……俺は君に謝らないといけないな」

「あら、何をでしょう?」


 擦り寄るイルアの髪を撫でながら、フレデリックは掠れた声で続きを語る。


「俺はもしかしたら君が甚だしい勘違いをして、領主の妻になりたかったのだと思っていたんだ」

「まぁ」

「でもイルア、君はまるで熟練の娼婦のように俺に素晴らしいアドバイスをくれた。悪かった。君はちゃんと身の程を弁える人間だったんだな。ああ、つまり俺に見る目があったってことか。……ところで、イルア。君は娼館で働く気はないのか?」

「……なぜですか?」

「わからないのか?意外に君は頭が悪いな。だって関係が終わっても私は客として君に会える。君だってそのほうが割り切れて良い思いができるだろ?」


 そんな侮辱でしかない言葉を受けても、イルアは激高することはしない。 

 

 黙って受け入れ、そしてどんなふうにでも取れる笑みを浮かべた。







 その後もフレデリックは、足繫くイルアの元に通った。


 そしてイルアの虚言を真に受けたフレデリックは、女性に対して思いやりの欠片もない情事を重ね続けた。


 時には娼婦ですら拒むようなことをフレデリックはイルアに要求した。対してイルアは笑って受け入れた。そして必ず「女性は皆、こうされると喜ぶのですよ」とフレデリックに囁いた。


 また、これまでフレデリックは、イルアの家で好き勝手に飲み食いをしていたが、イルアは更に手の込んだ料理を出し、自ら酌をし、甲斐甲斐しくフレデリックに尽くした。





「フレデリック様、女性は身分の差に関係なく皆、男性に尽くすのが好きなのです。ですから身を固めた後は、もっと横柄に命じてあげてくださいませね」


「フレデリック様、女性は妻となったと同時に身を飾ることを嫌うのです。だって伴侶を得たのに着飾ったら、まるで他の殿方を意識しているように見えるでしょ?ですから、夫が先回りして慎み深い衣装を選んであげてくださいませ」


「フレデリック様はとても素晴らしいお方です。貴方はとても聡明で、語る言葉はすべて正しいと思いますわ。他の誰からの意見にも耳を貸す必要なんてないですわ」


「フレデリック様、他に何を召し上がりたいですか?御酒の銘柄も気兼ねなく仰ってくださいませ。……女性と言うのは、少し難しいことをお願いされるほうが嬉しいのです。貴方の役に立てていると思えて。さぁ、何でも仰ってくださいませ」





 イルアは会うたびに笑顔でそれらをフレデリックに言い続けた。


 内心、彼が「そんなわけないだろう」と訝しむことを不安に思っていた。しかしそれは杞憂に終わった。


 余程、イルアの語る言葉はフレデリックにとって都合がよく、理想としたものだったのだろう。彼は「確かにそうだ」と素直に受け入れ、そしてイルアの言葉通り、傍若無人な態度を取り続けた。


 それは日に日にエスカレートしていった。


 いつの間にかフレデリックはイルアに向け「愛してる」と言わなくなった。

 かいがいしく世話を焼くイルアのことを「お前」と呼ぶようになった。

 あからさまに身体だけの関係だということを口にするようになった。


 時折、婚約者になる予定の王都に住む貴族令嬢とイルアを比べ、そしてイルアを何の教養も無い田舎者だと扱き下(こきお)ろした。

 

 しかしイルアは、手が付けられなくなってしまったフレデリックがどんな言動をしても、慈愛の籠った眼差しを向け下僕のように尽くし続けた。



 どれだけ辛い言葉を放たれても、この先、フレデリックがどんな未来を歩むのかを知っているから、何一つ心に傷がつくことはなかった。



 そして一ヶ月が経過し、二ヶ月が経過し─── あと半月で社交シーズンを迎える季節となった。

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