魔女が授ける、復讐方法②
薬膳茶を飲み切ったイルアは居ずまいを正し、向かいの席に座る叔母に深く頭を下げた。
「叔母様、これまでの身勝手をどうかお許しください。そして……どうか私の力になってください」
「ああ、いいさ」
素っ気なく答えた叔母は、手にしていたティーカップを口元に運んだ。一口飲んだ途端、まずそうに顔をしかめる。
そしてすぐに、ティーカップをソーサーに戻した。全てを飲み切るのを諦めたようだ。
「……で、何をすれば良いんだい?誰かを呪う?それとも殺す?もしくは、誰かを惚れさせたいのかい?」
一気に質問を投げた叔母だが、最後の問いの時には意地悪く微笑んでいだ。それだけは絶対に無いだろうと言いたげに。
(さすが魔女。先見の明がある)
かつての夫が部族抗争の戦場に出稼ぎに行く際にも、叔母が強く止めたことをイルアは思い出す。
結果として亡き夫は、魔女の助言に耳を貸すことなく命を落とすことになった。そんな過去を思い出し、チクリと胸が痛んだ。
けれど、イルアはそれを無理矢理、記憶の底に沈めて、口を開く。
「……ある男性に復讐をしたいんです。でも、どれが一番良い方法なのかわからなくて……」
「そうかい。なら、もう少し詳しく聞こうかね」
「はい。実は……私、誰かに聞いて欲しかったんです」
口に出して初めてそうだったのかとイルアは気付いた。
それからイルアは静かに、ゆっくりとフレデリックとの関係を叔母に語った。出会いから昨日まで、詳細に、丁寧に。
一年以上の月日を言葉にして伝えれれば、相当な時間を必要とする。
東の空にあった太陽は、いつの間にか真上より少し西側に傾いてた。
「───……そうかい。そんなことがあったんだね」
ずっと口を挟むことなく聞き役に徹していた叔母は、イルアが語り終えた後、ため息を吐きながらそう言った。
だが、すぐにふっと笑って口を開く。
「ま、あんたがあの男と心中する前に、ここに来てくれて助かったよ」
「心中するつもりなんて……」
「あんたは復讐する気だったのかもしれないが、傍から見れば心中としか見られないよ。きっとあんたが死んだあと”一方的に熱を上げていた未亡人が、次期領主と無理心中をした”って街中が噂するさ」
「……そんな、酷い」
「酷い?んなもん、今更じゃないか」
鼻を鳴らして、吐き捨てた叔母は一旦席を立つ。すぐに戻ってきたその手には、ポットが握られていた。
「あんたは、死んじゃいけないさ」
コポポッ……と空になったティーカップに、叔母がポットからお茶を注ぐ。今度は薬膳茶ではなく、馴染みのあるお茶の香りが漂う。
「……私が死んだら、叔母様が悲しんでくれるから?」
「まぁ、そうだね。それもあるけれど」
「けれど?」
「あんたが死ねば、悲しむ人がいる。でも、あんたの死を笑う奴もいる。だから、死んじゃいけないのさ」
ティーカップに並々と注がれたお茶を見つめながら、イルアはそっかと小さく呟いた。
そして、勇気を出して叔母を───魔女の元を訪ねて良かったと心から思った。
「叔母様、私……どんな復讐をしたら良いかわからないの」
イルアは叔母が淹れてくれたお茶を一口飲んでから、そう切り出した。
「彼……フレデリックが一番困るのって何だと思います?一番辛いのはどんなことなのかしら?……私、一年以上、彼と関係を続けてたけれど、あの人のこと何もわかっていなかったの」
─── 馬鹿みたい。
一気に言い終えたイルアは、心の中で吐き捨てた。
フレデリックが自分が住まう領地の次期領主であること。そして彼が自分より少し年上で、会えば性急に身体を重ねようとしていたこと。
現役の父親が厳しく、自由になるお金が無いからという理由で、贈り物をもらうことも、菓子といった手土産すら一度ももらったことがないこと。
どんな幼少時代を過ごしていたのか、何が好きで何が嫌いなのか、自分と会えない時はどんなことを学んでいるのか。そんなことを何気なく尋ねれば、途端に不機嫌になること。
この程度しか、イルアはフレデリックのことを知らない。
つまりフレデリックは、イルアに自分のことを知られるのを極端に恐れていたのだ。それはきっと後々のことを考えて。
「馬鹿だわ、私」
少し考えれば、フレデリックが身体しか求めていないことはすぐにわかることだった。
でも、自分がそれを知りたくなかった。都合の悪いことは頭の中で消去して、ただただ彼の温もりを求めていただけ。
……もう少し、自分の気持ちをちゃんと彼に伝えていたら。
……不機嫌になる彼を恐れず、強く問いただしてみたら。
……もっと堂々と彼との付き合いを公言していたら。
何かが、変わっていたのだろうか。
そんな詮無いことを、つい考えてしまう。
「イルア、復讐ってのはね、相手が一番辛いことを与えることなんじゃないさ。する側がやりたいことをするのが一番なのさ」
俯き深いため息を吐いたイルアに叔母は静かに言った。
「する側が一番やりたいこと?」
目から鱗が落ちるとはまさにこのこと。そんな発想などまったく持ち合わせていなかった。
「復讐を受ける側っていうのは、何をされても辛いもんさ。だって、全てが身に覚えがないのに厄災が降ってくるようなもんだからね。だから復讐をするなら、絶対に忘れちゃいけないことがある」
最後は昔話を語るような柔らかな口調から一変して、魔女の口調になった叔母はきっぱりとこう言った。
「罪悪感を持たないこと。それと、自分の思いを明確にすることだ」
「自分の思いを……明確に?」
「そうさ。復讐のやり方なんて100人いれば、100通りのやり方がある。傍から見ればそんなもんが復讐なのか?と思うものもあるだろう。でもね、する側が納得して実行すればそれは完璧な復讐になる。イルア、四角四面で考えなくて良いんだよ。あんたは今、その馬鹿男になにをしてやりたい?どうしたら胸がすく思いができる?無理なことでも言ってくれ。あたしは魔女だ。あんたの願いは、無償で叶えてやるよ」
魔女は人が不可能だと思ったことを、簡単に可能に変えてしまう不思議な呪術を使う。
ゾワリ、とイルアは怖気が立った。
今更ながら叔母が魔女だったことを実感したのだった。