魔女が授ける、復讐方法①
翌日、イルアは街の外れにある叔母の元に向かった。
(……叔母様、私に会ってくれるかしら)
叔母の家に足を向けるのは、本当に久しぶりだった。
未亡人になってから、叔母はまるで母親のように自分に向けて優しい言葉と、生活に必要な品を惜しげもなく与えてくれた。
そんな叔母から距離を置いたのは、他ならぬ自分。最初は、街の人々の誹謗中傷が耐えられなくなって。その後はフレデリックとの関係を知られたくなくて。
今となっては、自分がどれほど叔母に対して礼儀知らずな態度を取っていたのかわかる。本当に申し訳ないことをした。恩知らずと門前払いを受けても仕方がない。
そうとわかっていても、イルアは足を止めることはしない。
玄関扉を叩いた途端、帰れと怒鳴られても、摘まみだされても、イルアは土下座をしてでも叔母の力がどうしても必要なのだ。
フレデリックに復讐をするために。
イルアは通い慣れた道を黙々と歩きながら、胸に手を当て眉間に皺を寄せる。
昨日の出来事で受けた心の傷は、一晩経っても癒えるどころか、更にじくじくと熱を帯び痛みを与え続けている。
ただ実のところイルアは寝る前に、復讐なんかやめて割り切ろうと自分に言い聞かせた。
そんな男を選んだ自分が悪いのだと。もしくは男運が無かっただけ、と。でも、それに反してもう一人の自分が辛いと叫んでいる。痛い、許せない、と。
どちらも自分の心から出た言葉で、イルアはどちらの気持ちも否定することができなかった。
そして一睡も出来ぬまま夜が明け、心の天秤は復讐する方へと傾いていた。
復讐すると決め、でも迷って、そして結局復讐すること選んだイルアの決心は固い。しかしながら、実際に復讐する方法はと聞かれたら、何と答えて良いかわからない。
(……フレデリックにとって一番辛いことは何なのだろう)
彼を殺して、自分も死ぬ。
最初はそう思った。彼は3日後にやってくる。そして無防備に衣類を脱ぎ捨て急所をさらけ出してくれるだろう。
そこであらかじめ隠しておいた凶器を取り出し心臓を一突きすれば、彼は簡単に絶命する。そうすれば、彼はこれから得られるであろう全てを失うことになる。
殺した側の自分はどうせ極刑となるのだから、さっさと首を括るなり、彼を殺した凶器で喉をえぐって死ねばいい。街の人々からの冷たい視線を受けて、何度も死にたいと思った身だ。今世に執着は無い。
……そう、思った。でも、すぐに何かに引っ掛かりを覚えた。
はたしてそれが最善の復讐なのだろうか。そんな疑問が湧き上がった。
けれど、その答えをどれだけ考えても、イルアは己の力では見つけることができなかった。だから、叔母を頼ることにした。
つらつらと考え事をしていても足は止まらない。そして左右の足を交互に動かしていれば、必然的に目的地にたどり着く。
大きな樫の木の下にある、レンガ造りの小さな家。
これが叔母の住処。別名、魔女の賤家。
イルアの叔母は訳アリ人。街の人々から忌み嫌われる存在───怪しげな呪術を生業とする魔女だった。
イルアが叔母の家の敷地に足を踏み入れた瞬間、玄関扉が開いた。
次いで真っ黒なフード付きのローブをまとった女性がしっかりとした足取りで、こちらに向かってくる。それは、間違いなく叔母だった。
(どうしよう……帰れと怒鳴られるのだろうか)
といっても、どうしようも、こうしようもない。帰れと怒鳴られたなら、地面に跪いて謝るだけ。
そうとわかっていても、身体が強張り、足がピタリと止まる。
しかし、叔母はイルアが足を止めようとも、まっすぐ歩いてくる。フードを目深に被っているせいで、その表情はわからない。
叔母の家は小さく、敷地も狭い。
だから、あっという間に叔母は距離を詰め、イルアと向き合う。
「……叔母様、どうかこれまでのことをお許しください。私……どうしても叔母様に」
「イルア、待ってたよ。私の力を求めているんだね。いいよ、あんたの力になってやるよ」
叔母はイルアの言葉を遮りニヤリと笑った。
魔女と言う名に恥じない全てを見透かしているような、それでいて底意地の悪そうな笑みだった。
室内に入った途端、叔母はフードを取った。今はその表情が良く見える。
「改めて、久しぶりだね。最近めっきり寒くなったけれど、元気していたかい?……って、その顔で元気と言われても、信じないけどね」
くすっと笑いながら叔母こと魔女は、イルアの前にお茶を出す。
対してイルアは、何と答えていいのかわからず曖昧に頷きながら、ティーカップを手に取った。
場所は変わって、ここは叔母の家。
狭い家には客間などないから、イルアはキッチンのダイニングテーブルに着席して叔母と向き合っている。
つまりイルアは、門前払いされることなく、無事叔母の家に招き入れてもらえることができた。しかも叔母は無条件に力を貸すと言ってくれた。
それはとても有難いし、心強い。しかし、これまでしてきた叔母への仕打ちを考えると、虫が良すぎるのではないかと罪悪感を覚えてしまう。
「叔母様……本当に良いのですか?」
「は?何がだい?それより冷めないうちに早くお茶をお飲み。冷めたらもっと苦くなるよ」
一睡もしていない自分はひどい顔をしていたのだろう。
叔母は自分の体調を気遣って、薬膳茶を出してくれた。その心遣いは素直に嬉しい。だが、叔母が淹れる薬膳茶は、世界で一番苦いお茶でもある。
だからイルアは一先ずお茶を飲み切ることに専念する。叔母の目が、残すなんて論外だと強く訴えているからというのもあるが、とんとん拍子進んでしまい混乱する気持ちを落ちつかせるために。