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復讐を誓った夕暮れ②

 フレデリックから声を掛けられ、イルアも好意を持ち、二人の交際が始まった。


 けれど、それは順調に始まったかのように見えて、実は違っていた。


 温もりと安らぎを求めたイルアに対し、フレデリックは美しい容姿を持つイルアの身体だけを求めた。


 だからこそ、フレデリックは安易に「愛してる」と口にできた。そして、気まぐれに「結婚しよう」とも言えた。


 はなからそんな気など無いから、軽々しく言えた言葉を、イルアは真剣に受け止め、悩み、泣き、何度も眠れぬ夜を過ごした。


 でも、そのすれ違いは、知らなくても良かったこと。


 フレデリックがずっと嘘を突き通せていれば、お互いが奇麗な思い出として過去にすることができた。そう。できたはず。なのに……






「─── ん?どうしたんだい?イルア。そんな思いつめた顔をして」


 首筋をボリボリかいていたフレデリックは、イルアの視線に気づいて不思議そうに首を傾げた。


 けれど、すぐに何かを察したように「ああ」と小さく呟き笑った。


「俺たちの関係は、()()終わらないよ」

「……え?」


 どんなふうにでも取れてしまう言葉に、イルアの心はざわざわと落ち着かない。


 けれど、そのざわめきは、無風の湖畔の水面のように静まった。いや、凍り付いた。


「婚約発表をするのは、三か月後。社交シーズンが始まってすぐの夜会でだ。だから、それまではこれまで通り会えるから、心配しないでくれ」


(……つまり、この人はあんなことを言ったくせに、まだ私と会う気なの?)


 イルアは自分の中で生まれた疑問をすぐさま打ち消したいと思った。


 そんな愚かで、馬鹿げたことを、仮にも心から愛している人が思っているなんて考えたくもない。そして、そんなことを思ってしまった自分にも失望したくない。


 けれどもイルアの疑問は、望んでもいないのにフレデリックが答えてしまう。


「ま、そういう訳だから。これからも、よろしく。あ……でも、一応言っておくけどさ。気を悪くしないで聞いてくれるか?」

「なんでしょう?」


 聞きたくはない。だが、聞かなければならない。


 そんな義務感で、イルアが続きを促せばフレデリックはバツが悪そうに視線をずらして口を開いた。


「君だってこれまで良い思いをしてきたんだから、もちろんわかってると思うけどさ、俺たちのこと、誰にも言わないでくれよ。婚約者になる相手が、結構、そういうこと煩い女でさぁ。それに相手はこっちより格上だし。だから、面倒事は避けたい」

「お相手は、どんな方なのですか?」


 イルアはフレデリックの言葉を遮って問いかけた。


 純粋に知りたかった。好奇心にも近い感情だった。そしてフレデリックも、当然、答えてくれると思った。それくらいの間柄であると愚かにもイルアは思い込んでいた。


 でもイルアの思いに反して、フレデリックは露骨に嫌な顔をした。


「それ、君が知る必要ある?」


 冷たく言い捨てたフレデリックは、侮蔑を込めた眼差しをイルアに向けていた。


(ああ……そっか)


 イルアは、フレデリックの表情を見てすべてを悟った。


 自分はこの先のフレデリックの未来には必要の無い人間。邪魔なだけの存在だということを。


「イルア、知ったところで君には関係ないだろ?どうせ君とは関わり合うことなんてないだろうし。それよりもさ、あと三か月しか会えないんだから、そんなしみったれた顔をしないでくれよ」


 フレデリックが取り繕うように早口で言った。


 失言したことは自覚しているようだが、それはキツイ言い方をしてしまったことだけに対してしまったと思っているようだ。


 放った言葉がどれほどイルアを傷つけたかなど、彼はこれっぽちも気づいていない。


 そして、この関係がまだ続くことを強調しておけば、イルアが機嫌を直すと思い込んでいる。


(なんて……なんて、愚かな人)


 彼も、自分も。


 未来がある恋ではないのはわかっていた。


 けれど、刻む時間は幸せそのもので、彼も終わりを迎えるまで丁寧に、大切に、慈しみながら過ごしてくれているものだと思っていた。


 けれど、そうではない。


 フレデリックにとってこの時間は、さして大事にしたいものでは無かったのだ。


 はっきり言ってしまえば、快楽を得るためだけの時間。相手が自分ではなくても、そこに男女の営みさえあれば問題ないと思えるような時間だったのだ。


 あまりに滑稽で、涙すら浮かんでこない。


「……ふふっ、あはっ」


 イルアは肩を揺らして笑った。


 可笑しくて可笑しくて、たまらなかった。 


 一方的な恋に溺れていた自分があまりに滑稽で。薄っぺらい「愛している」と言った彼の言葉を無条件に信じた自分が、あまりに惨めで。


 何より、これだけ自分の心をめった刺しにした相手が、これっぽちもそのことに気付いていないことが、不快を通り越して愉快な気持ちにすらなってくる。


 そして声を上げて笑い出したイルアの真意に気付くことも、気付こうとすら思わないフレデリックは、ただただ機嫌を直してくれたのだと思い込み安堵の息を吐いた。


「まぁ、そういうことだから。俺は、そろそろ戻るとしよう。イルア、次は4日後だから。─── じゃあ、また」


 笑いを止めないイルアに、不穏な何かを感じたのだろうか。


 フレデリックはそう言いながらそそくさと身支度を整える。そして逃げるように、イルアの家を後にした。





 そんな恋人だった男の情けない後ろ姿を見ながら、イルアは決めた。


 絶対に許さない。嘘を付き通すことすらできなかった不誠実な男には、それなりの報復をと。


 


 ただこの期に及んで、もしかして振り返ってくれるのかもと期待して、結局、そうしなかった彼に、心が軋んでしまった自分を───本当に愚かで救いようがないとイルアは自嘲した。

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