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新年祭の夜に

 新年祭の夜は一年で一番のご馳走を食べるのが習わしだ。


 厳しい冬を耐えてきた喜びと、残りの冬季を凌ぐために、普段では使わないような食材をふんだんに使ったご馳走を食べる。それでようやく新年を噛み締めることが出来ると言っても過言ではない。

 昨年までのキリィの『ご馳走』と言えば、保存食にしていた野菜や果物を適当に並べ、燻製にしてあった『ぼあぼあボア』の肉をいつもより多めに盛り付け、あとは蜂蜜を舐めながら行商人ユニスから買い付けた良い酒を飲むだけであった。

 それでも十分な馳走ではあったが今年はもっともっと素晴らしい。料理上手なライラがいて、そして彼女はその腕を振るって沢山の料理を作ってくれているのだ。

 ならばと、キリィもやる気を奮発した。冬場はどうせ狩るのが面倒な獣しかいないと、例年ならば狩りをサボっていたが、今年は違う。冬眠がない『ぼあぼあビッグボア』を、寒い冬の雪山に何日も張り込んで見事に狩り、新年祭用のメインディッシュにすることが出来た。ライラと二人がかりで解体した立派な腿を、丸々じっくりローストしただけで大層な一品となった。

 二人で使うには大きめのテーブルが沢山の手料理で埋め尽くされていた。壮観だ。それこそ、食べきれないほどだ。酒を持って来るユニスも食事に招待したが、それでも全ては食べきれないだろう。キリィは童心に返ったかのような気分でご馳走を眺めた。


「……作りすぎましたかね」


 ライラの淡々とした呟きに、キリィは破顔した。


「食べきれなかったら明日も食べればいいじゃない。最高!」


 一品一品見ていく。今年のご馳走は本当に豪勢だ。ライラのお手製の料理はよく食べていたはずの保存食を使っているというのに、どれも手が込んでおり、いつもと違う姿を見せてきた。パン一つを見てもいつもと違う。香りもいつもより少しスパイシーだったりしている。きっとこの前ユニスから買ってきた見たことのない香辛料を使ったのだろう。

 なにより、特に乳製品が多いのがたまらない。チーズやミルクを使ったシチューだけでない。ライラのミルクと干し松林檎ベリーと『蜜蜂バッチィー』の蜂蜜をたっぷりケーキもあるのだ。なんて贅沢なのだろう。

 キリィが鼻いっぱいに香りを楽しんでいると、玄関のベルが聞こえた。ようやくユニスが来たようだ。


「うーー。さむいさむい。しんどかった。遠路はるばる、良い酒買ってこんな山奥まで来たんだ。それに見合ったもんがねぇと…………こりゃまた豪勢だねぇ。ばっちりだわ」


 両手で酒瓶を持ち、ぶつくさと文句を言いながら入ってきたユニスも、感心したように呆けた。キリィは鼻が高くなるようだった。胸を張る。


「当然よ。ぜーんぶ、ライラが作ったんだから。すっごい美味しいわよ……あ、『ぼあぼあビッグボア』は私が狩りました!」

「この奴隷牛がねぇ。毒でも入ってんじゃ……痛っ!」


 口を開けばすぐ失礼を言うこの男から酒を引ったくって、キリィは代わりに彼の頭を拳で小突いた。


「食べなくてもいいのよ。今すぐ玄関から出て、寒い夜の山道を下って、あたたかーい街に帰って。どうぞ」

「すみません、口が過ぎました。食べさせてください。本当に美味しそうです」


 ユニスが素直に頭を下げるのを見て、キリィは鼻息をふんと噴き出した。彼の持ってきた酒を見る。隣国のマヤニャーシ地方の葡萄酒だ。良いものを持ってきたと言う言葉に嘘偽りはないようだ。キリィは出来る限り嫌味な動作で、ユニスに椅子を指し示すことで溜飲を下げることにした。


「けっ。姐さんが作ったわけでもねぇのに、なんでそんな偉そうなんだか……」

「なんか言った?」

「いいえなにも。本当に大層な料理だよ。俺は良い買い物をしたんじゃないかい?」

「それは毎日そう思うわ」


 口の減らないユニスに、キリィは肩をすくめた。

 何も言わなくてもわかっているライラはすでに飲み物用のサービスワゴンを用意していた。グラスだけでなく、湯気たつポットも置かれ、早速来客用カップに温かい茶が注がれていた。こんな男にも熱い茶を用意するなんて優しい同居人なのだろうとキリィは胸が熱くなった。

 茶を受け取ったユニスはそれを少し啜り、ほっと息をついた。


「…………美味いねぇ。本当に感心するわ。これ全部ミノタウロスメイドが作ったんなら本当に大したもんだよ。実際、街の富豪のご馳走にも勝るんじゃないかい?」


 ユニスは両手でカップを持ちながら、テーブルを眺めていた。

 ライラは巨躯に似合わないような小さな動作で頭を下げた。


「……人間のする新年祭はよくわからなかったので、この家にあった新年祭の絵本に描かれていたご馳走を作ってみました」


 ライラの感情の薄い声色で明かされる真実にキリィは料理を今一度見た。


「あー!」


 よくよく見てみれば、昔見た絵本にそっくりだった。『ぼあぼあビッグボア』のもも肉ローストの場所にはカッチッキンのローストがあったかも知れないが、それ以外はよく似ている。通りで妙に子供心を擽られたわけだ、とキリィは目を丸めて何度も頷いた。

 ユニスは呆れたように肩をすくめた。


「何もわからんのにこれだけ作ったのか。料理人も顔負けだな。ってことは、俺が良いタイミングで来たってより、ミノタウロスメイドの手際がいいんだな。常温のものもあれば、温かいもんはどれもまだしっかりあったかそうだし。……おまけに立派なケーキもあるときた…………ん? ケーキ?」


 料理の一つ一つを見ていたユニスが固まった。いくつかの料理を確認するように目だけで見ると、キリィの方をぎこちなく向いた。


「……もしかしますと、こちらのケーキ、いやケーキだけじゃなくてチーズやら乳製品はそちらの……」

「ライラのお乳よ」

「マジかよ……姐さん、流石にそれは……」


 言い淀むユニスをキリィはムッとした。ユニスの胸ぐらを掴んで顔を引き寄せた。


「なによ! すっごく美味しいのよ? そんな嫌な顔するなら食べなくてもいいんですからね!」

「いや、そうじゃなくて……」


 ユニスは言いにくそうに顔を背けた。


「……姐さん。いくら奴隷メイド相手だからって、本人の体液を料理させてんの、中々に引くよ……?」

「……えっ」


 ユニスに言われた言葉に、キリィはポカンとした。その意味を咀嚼し、それでも上手くいかずにライラを見た。彼女は彼女でいつも通り、顔色一つ変えずにユニスを見ていた。


「お分かりいただけますか、ユニスさん」

「……ここまで届けた俺が言うのもなんだけど、悪いね。多分姐さんは全く悪気はないと思うんだわ。ただこうやって人里離れて世捨て人やってるから普通の感覚なくなってんだろうね。なんかあんたが流石に気の毒なったわ」

「……まぁ、そこまで言うほどではありません。労働環境としては最高ですし、何も不満はありませんよ」


 淡々としたライラの声に嫌悪感は感じられないが、ユニスの胸ぐらを引っ張っていたキリィの手は緩んでいった。

 それに気付いたのか、ライラは小さく首を振った。


「言葉通りですよ、キリィ。もう慣れました」

「わ、私……」


 口から上擦った焦り声が出る。キリィはそれを自覚しながらも止めることなく、ライラにすがり付くように大きなその手を掴んだ。


「もしかして、めちゃくちゃ変態プレイさせてたってこと……?」

「……そういう趣向の人間もいると聞いています」

「ちがう! ちがうのよ! 断じて違うわ!」


 キリィは自分の首が外れるのではと思うほどに首を横に振り続けた。

 キリィはただライラの乳が美味しくて大好きなだけだった。甘いのにさっぱりとした飲み口。活力も与えてくれる滋味。朝の紅茶に淹れるとそれがスッと意識を冴え渡らせてくれる。彼女の乳で作ったチーズは独特ながらもマイルドで濃厚な味が溜まらなく好きで。それや、同じく彼女のお乳から作ったクリーム、そして夏に採れた『蜜蜂バッチィー』の蜂蜜をたっぷり使ったチーズケーキを味見させて貰ったが、蕩ける美味さだった。

 欲望は欲望であるが、決してやましい気持ちなどない。キリィは半泣きになりそうになるのを堪えて、ライラを見つめた。


「気付かなくてごめんなさい。嫌ならやめるわ。ここの乳製品だって諦め……うううっ」

「そのような勿体ないことはしないでくださいませ」


 自分を見下ろすライラの反応は、いつもと変わらぬ様子にキリィには見えた。しかしそれが、いつも気にしなかった『冷淡さ』のようなものをキリィは感じた気がした。

 どうしよう。私、ライラに嫌われていたの?

 言葉が詰まり、固まったままでいれば、ライラはすっと身を離した。


「さぁ、冷めるべきでない料理が冷めてしまいます。客人も来たのですから、食事にしましょう」

「……う、うん」


 キリィは小さな声で頷いた。最早、ユニスの視線でさえも敏感になるようだった。


 ご馳走は大層な美味さだったが、食欲はわかなかった。ユニスの持ってきた酒をいつもよりも早いペースで胃に流し込めば、なんとか『いつも通り』を振る舞える。そう自分に言い聞かせながらキリィは美味しそうに食べて見せた。

『ブーブーベアーと蜜蜂バッチィー』


 くまのブーブーベアは蜂蜜大好き。

 特に蜜蜂バッチィーの蜂蜜がだぁい好き。

 バッチィーに頼んで分けてもらうけど、全然足りません。本当はいっぱい食べたいのに。

 こうなったらバッチィーの巣から勝手に盗っていくしかありません。

 でも巣は高い高い木の上。

「そうだ。良いこと考えた。もっと高い山から大きな布を使うんだ。ふわふわ空を飛んで木に降りよう!」

 ブーブーベアは一生懸命大きな布を作って身体につけました。

 山のてっぺんから、「えい!」と飛び降りると、布は傘のように開いて、ブーブーベアを空飛ぶ熊にしたのです。これならバッチィーの巣へひとっ飛びできます。

 巣に近付くと、バッチィーたちが飛んできました。

「あ! ブーブーベアだ!」

「蜂蜜もっとください!」

「この前分けたばかりじゃないか。蜂蜜は僕たちの大事な食べ物なんだよ」

「でもあんな量では足らないよ。だから僕が食べたいだけ食べに来たよ」

「なんて欲張りなやつだ! 豚畜生にも劣る!」

 バッチィーたちは怒りました。ブーブーベアを浮かせている布を大きな針で……。

 ぶすっ!

 ぶすっ! ぶすっ!

「あああ!」

 大変! 穴の空いた布では空を飛べません。ブーブーベアは泣きました。

「助けてください」

「嫌です」

 バッチィーに助けてもらえなかったブーブーベアは山の中に落ちていきました。

 ブーブーベアは大怪我。

「痛いよ痛いよ」

 それから三日間、ブーブーベアはおうちで泣いて過ごしました。とてもとても痛かったのです。

 怪我が治ると、ブーブーベアはバッチィーの巣がある木の下にいきました。ブーブーベアは高い高い木を見上げて言いました。

「ごめんね、バッチィー。もう君たちの大事な蜂蜜を取ろうとするのはやめるよ」

 すると、バッチィーが小さな壺を持って飛んできました。

 ブーブーベアは壺を受け取りました。

 中を覗くと、たっぷりと蜂蜜が入っていました。

「いいよ。ゆるしてあげる。また分けてあげるから、もう取ろうとしないでね」

「ありがとう、バッチィー!」

 ブーブーベアは蜜壺に手を突っ込んで、たっぷりと蜂蜜を掬うと、ぱくりっ、と一口食べました。

「おいしー!」


おしまい。

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